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第千二話 軍師とは(三)

「なによこれ。これじゃまるでセツナが悪者みたいじゃない」

 ミリュウが非難したのは、龍府新報の記事に対してだ。六月六日。ガンディア政府を非難し、糾弾するアバードの声明文は、新聞記事となって龍府中に知れ渡っていた。遠からずガンディア全土を震撼させることになるだろう。

 シーラが生きていたという事実もそうだが、ガンディアがシーラを匿い、セツナがシーラとともにアバード領内で事件を起こしたという報道は、驚くだけで済む話ではない。アバードは、ガンディアと友好的な国であり、同盟国のひとつであった。クルセルク戦争という地獄の戦いをともにくぐり抜けた戦友といっても言い過ぎではない。

 そんな国に対し、これまでの友好的な雰囲気が全て台無しになるようなことをしでかしたのだ。国民の多くが不安を抱いたとしてもなんら不思議ではない。クルセルク戦争の傷も癒え切っておらず、厭戦気分も残っている。そんな状況下で友好国との関係が悪化するなど、考えたくもないことだ。

「みたいじゃなくて、悪者なのよ」

 ファリアが冷ややかに告げると、ミリュウは新聞を頭上に放り投げながら悲鳴を上げた。

「えー!? なんでー!?」

「なんでもなにも、アバードからしてみれば悪者以外の何者でもないでしょ」

 ファリアは、ミリュウの投げた新聞紙が大きく弧を描いて落下するのを見やりながら、告げた。新聞記事は、セツナのことを非難してはいない。セツナやガンディアを非難しているのは、アバードの声明文であって、記者はガンディアがどう対応するのかが気になるという文言で記事を締めくくっている。また記事の文中においては、むしろアバード政府に対して批判的であった。

 いわく、アバードの英雄たるシーラ姫を蔑ろにし、王都への凱旋さえ許さなかったアバード政府にこそ非があるのではないか。

「嘘……ファリアだけはセツナの味方だって信じていたのに……」

「ちょっとそれどういうことよ……」

「ファリアまでセツナを悪者として認識しているなんて……でも、だいじょうぶ。あたしがついているわ、だからひとりじゃないわよ……!」

「ねえ、どこ見てだれに向かっていってるの? ねえ?」

 ファリアは、明後日の方向に向かってなにやら世迷言を叫んでいるミリュウに声をかけたものの、彼女は聞いてもいない様子だった。

「ああ、セツナ、あたしのセツナ、あなたはいまどこにいるの!」

「あのねえ……」

「師匠! わたしも、セツナお兄ちゃんのこと信じてます!」

 と、新聞を拾ったエリナがいうと、ミリュウが両目をきらめかせて彼女の手を取った。勢い余って新聞が床に落ちる。

「ああ、そうよ、弟子ちゃんがいたわ!」

「師匠!」

「世間の逆風にも負けず、セツナを支えていきましょうね……!」

「はいっ、師匠!」

 ふたりして目を輝かせ合う師弟を見やりながら、ファリアは頭を抱えたくなった。

「……だからなんなの、あのふたり」

「波長、合いすぎでしょ」

「ミリュウの波長に合う人間がこの世にいるなんて、不思議なこともあるもんだ」

「本当ですね。でも、エリナちゃんがいるとミリュウさんも元気で、なんだかわたしまで元気になってしまいます」

「ま、あの子の元気っぷりに感化されるっていうのは、わからなくもないけどね」

 マリアが笑いながら肯定した横で、ファリアも同意したものだ。

 エリナ=カローヌは、カランにいた昔から元気が取り柄の少女だった。カランの支局に配属されたばかりのファリアを快く迎え入れてくれたのが彼女の父親であり、彼女の父親の紹介で、ファリアはエリナと知り合った。すぐ仲良くなることができたことを覚えている。年の離れた妹のような友達。そんな彼女だが、師匠であるミリュウを心から尊敬しているらしいことは、彼女の言動からよくわかっている。髪を赤く染めたいとまで言い出しているのだ。エリナに対するミリュウの影響力は凄まじい物があるらしい。

 そんなふたりを見ている限り、ガンディアは平穏そのものといえた。

 だが、戦の影が、龍府に迫りつつあることをファリアは知っていたし、ナーレスに戦端を開く意思があるのではないかという疑いは、日々確信に変わりつつあった。

 ナーレスは、ガンディアを糾弾するアバードの声明文に対しても、涼しい顔を崩さなかったという。


 六月八日。

 ガンディアの声明文が公表された。

 アバードの声明文が龍府に届いてから三日後のことであり、その速さから、レオンガンドや側近たちの手によって作成された声明文でないことは明らかだった。

 実際、ナーレス=ラグナホルンと参謀局の面々が作成したことが、ファリアたちに知らされている。なぜそのようなことができるのかというと、レオンガンド・レイ=ガンディアの王命によってアバードに関する全権をナーレスに与えられていたからだ。アバードに関することならば軍事も政治もすべて、ナーレスに一任したということだ。

 軍師一個の意思で龍府とマルウェールの軍備が整えられたのも、それが理由である。

 それもこれも、レオンガンドがナーレスに全幅の信頼を寄せているからだ。そして、信頼にたる実績を上げてきている。ナーレス=ラグナホルンとは、彼なくしてはガンディアの隆盛はなかったといいきれる人材のひとりなのだ。その中には当然セツナも入るだろうし、ジゼルコート伯も入るだろう。戦力としてのセツナと、政治力としてのジゼルコートは、ガンディアの両輪といってもいい。それに加え、ガンディアの頭脳としてナーレスがいる。もちろん、ガンディアという国がたった三人で回っているわけではないし、三人の活躍だけがすべてではないのは当然のことだが。

 ともかく、軍師ナーレスは、レオンガンドに任されたまま、その権力を振るった。

 アバードの糾弾に対するガンディアの声明文は、ファリアたちも戦々恐々とするほどに苛烈であり、辛辣を極めた。まず、ガンディアがアバードに非難されるいわれはないと断言している。ガンディアは天地に恥じることのないことをしていると言い切り、アバードこそ、天下に非難されるべき所業を行っていると断じた。その所業とは、アバードのために全身全霊で戦い続けてきたシーラ・レーウェ=アバードへの仕打ちである。シーラ姫が、アバードために骨を折り、身を砕き、心血を注いできたことは、だれの目にも明らかだ。クルセルク戦争では論功行賞で上位に入るほどに目覚ましい活躍を見せたのだし、シーラ姫率いるアバード軍の勇壮さは、姫あればこそのものであるということは、将兵の言動からも窺い知れるものであった。シーラ姫こそがアバードの象徴であり、戦後、彼女の活躍にアバード国民が熱狂したのも必然だった。女王擁立運動が熱気を帯び、アバード全土を席巻したのもまた道理であり、アバードはシーラの王位継承権を復活させることを考えるべきだったのだ、とまでいっている。

 そのうえで、そんなシーラ姫の王都への凱旋を拒否し、あまつさえ窮地に追いやったアバード政府を糾弾した。そして、ガンディアに落ち延びてきたシーラ姫を匿うのは、人間として当然の行動であり、なんら非難されることではないと断言、さらには、今回のセンティア闘技場襲撃事件にセツナ伯が関与しているのは事実であるが、それもこれも、アバードの暴挙と止めるためだといった。

 いくらラーンハイル伯がシーラ派の首魁であり、アバードの内乱に深く関わっていたとはいえ、その一族郎党までも処刑するというのはやりすぐ以外のなにものでもない。ましてやシーラ姫という存在を失った以上、ラーンハイル伯の処刑のみで押しとどめるべきであり、それ以上の殺戮は虐殺である、と断じた。そして、無闇に反対勢力を虐殺するアバードの現状に正義はなく、アバードを正しく導くには、シーラ姫が女王として君臨するほかないとまでいっている。

 ガンディアは国をあげてシーラ姫の女王擁立に動くと宣言したも同然なのだが、衝撃は、それだけにとどまらない。

「ガンディアは、このたび、アバードへの派兵を決定しました。《獅子の尾》の皆さんの御活躍にも、期待していますよ」

 ナーレスがなにげなくいってきた言葉に、広間に集まっていたファリアたちは唖然としたものだった

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