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第九百九十九話 至る過程(二)

「な、なに?」

 ファリアは、ミリュウとレムを追いかける姿勢のまま、扉の方に目を向けた。軍事拠点ということもあってか、飾り気も何もない扉には、《獅子の尾》の隊章が飾られている。内側だけではなく、外側にも、だ。扉は、また叩かれた。激しく、強く。

「騒ぎ過ぎたのでございましょうか」

「あー、確かに」

 レムが細い目でこちらを見ると、ミリュウが半眼をこちらに向けてきた。

「なんでわたしを見るのよ。わたしのせい? わたしのせいなの?」

「まあまあ」

「といってエミルから逃げ出すルウファであった」

「先生、やめてください!」

「ルウファさん……!」

 マリアの発言に焚き付けられたのか、エミルが立ち上がってルウファに詰め寄る。ルウファはたじたじになったようだが。

「いや、だから……俺が愛してるのは君だけだよ」

「ああ、ルウファさん……わたしもです!」

「やれやれ」

 マリアの嘆息には、室内にいるだれもが同意したかもしれない。

「どちらさまでございますか?」

 と、レムが扉をそっと開くと、わずかな隙間からすっとなにかが入ってくるのがファリアの目にも見えた。緑色に光輝く奇妙な物体が、飛膜を広げ、飛び込んできたのだ。それは、淡い光を発しながら室内を大きく旋回すると、部屋の真ん中の机の上に降り立った。

「まったく、相変わらず騒がしいのう。部屋の外まで騒ぎが聞こえておったぞ」

 緑色に輝く奇妙な物体は、机に降り立つなり、そんなことをいってきた。妙に可愛らしい声と、愛嬌に満ちた外見に似合わない口調はあまりに特徴的といわざるをえない。緑柱玉のようが外皮に覆われた小さな飛竜。ラグナだ。

 ラグナシア=エルム・ドラース。

 真っ先に駆け寄ったのは、レムだ。使用人の服を閃かせながら、机の上の飛竜に飛びつかんばかりの勢いで近づく。

「後輩ドラゴン、後輩ドラゴンじゃございませんか!」

「先輩死神、先輩死神ではないか!」

「無事だったのですね!」

「無事だったのじゃ!」

 互いに目をきらきらと輝かせる死神とドラゴンに、ミリュウはあきれるばかりだった。

「なんなのよ、あんたたち」

「どういう理由で波長が合ってしまったのか、それが知りたいわ」

「あはは、いいじゃないか、元気なのは好きだよ、あたしゃ」

 マリアが上機嫌なのは、室内の空気が軽くなったからかもしれない。マリアは、話によれば重い空気というのが嫌いな質らしいのだ。それでよく軍医などやっていられるものだと思うのだが、彼女の場合、どんな重傷者が相手でも明るく振る舞い、悲観的な態度を見せなかった。たとえ死ぬほどの重傷者が相手であっても、だ。それが軍内でのマリア人気に繋がっているらしい。もちろん、マリアが美人だからというのも大きいだろうが。

「あれ? 隊長は?」

「本当だ。ラグナさんってセツナ様と一緒でしたよね?」

「そうよ、それよ! あたしが知りたいのはそれなのよ! セツナはどこ!? いまどこにいるのよ!?」

 ミリュウはラグナに詰め寄ると、その小さな体を掴み上げた。すると、

「むぐう……そう掴みかかるでないわ!」

 ラグナは叫びながらミリュウの手を振り解いて、軽く旋回した。

「あ、ああ、ご、ごめん、ね」

「うむ。素直な謝罪に免じて許してやろうではないか」

「なんで偉そうなのよ……」

「偉そう、なのではない。偉いのじゃ」

「どこが偉いのよ。セツナの下僕のくせに」

「セツナに逆らえぬものがなにをいったところで、わしには響かぬのう」

「むむ……そういわれれば、なんだかセツナの下僕という響きにも抗いがたい魅力のようなものが」

「ないわよ」

「……ファリアって結構冷めてるわよね」

 ミリュウがなにやらいいたげな目でこちらを見てきたが、彼女は黙殺した。そんなことよりも聞くべきことがある。彼女もまた、セツナの不在は気がかりだった。ラグナは、ミリュウのいった通り、セツナの下僕なのだ。どういうわけか、そうなっている。世界最強の生物であるはずのドラゴンが、人間の下についているというのは奇妙としかいいようがないのだが、ああまでセツナに懐いているところをみると、あながち不思議なことではないのかもしれないと思ったりもした。

 ともかく、ラグナはセツナの下僕であり、基本的にセツナの側にいた。セツナの頭頂部を定位置にしているほどだ。その彼がセツナから離れて行動するなど、余程のことだった。

「で、ラグナ、セツナはどうしたの? まだお話中?」

「ナーレスとの話は終わったぞ。じゃから、わしがここにおるのじゃ。おぬしらの居場所を探しだすのに多少手間取ったがの」

「話が終わったのに、あんただけなのはなんでなのよ?」

「セツナはシーラから離れるわけにはいかぬのでな」

「え?」

「それってどういうこと?」

「つまり、隊長、シーラさんとふたりきりってことですか?」

「そんな、そんなこと、許せないわよ? ひとがせっかく感動の再会をたっぷり味わおうと思って待ち焦がれていたのに、シーラがセツナを独り占めですって!?」

「ミリュウ、落ち着いて」

「落ち着いていられるわけないでしょ! あたしは一ヶ月以上セツナに逢えてないの! あっちは、一ヶ月以上セツナと一緒だったの! これがどういうことかわかる?」

「どういうことよ?」

 物凄まじい剣幕でまくし立てられれば、相対するファリアは冷静にならざるをえない。人間とは、そういうものだろう。一方が激すれば激するほど、一方は冷えていくものだ。そして、そういった感情の相違が人間関係に亀裂を生むことも、往々にしてある。とはいえ、今回のようなことでファリアがミリュウを嫌うことなど、ありえない。ファリアもまた、一部では同じような気持ちを抱いているからだ。

 ミリュウは、憤然と言い放ってきた。

「セツナの身も心もシーラに取られるかもしれないってこと!」

「また大袈裟な」

「大袈裟なんかじゃないわよ!」

「ふたりきりではないぞ」

 レムの頭に乗っかったラグナが、あきれたようにいった。

「え……?」

「黒獣隊とかなんとかいう連中がシーラの側におる。シーラとセツナがふたりきりになることは、そうあるものでもあるまい」

「だったら、なんでセツナはこっちにこないのよ」

 不満気に膨れるミリュウに対し、ファリアは長椅子に腰を下ろしながら告げた。

「……少し考えればわかることでしょ」

「ファリア……」

「いろいろあったもの。ありすぎて、訳がわからなくなるくらいにいろいろね」

 ファリアが目線を落としたのは、脳裏を駆け巡った事柄の数々に重圧を感じたからだ。重圧。重力の重さに押し潰されるのは、ファリアたちなどではあるまい。シーラこそ、その重さに苦しんでいる張本人であるはずだ。

 ガンディアは、彼女を利用した。

 彼女を利用して、アバードの国土を掠め取ろうとして、軍事行動を起こした。

 彼女は、最悪、外交関係が悪化し、同盟が解消される程度のことは考えていただろう。セツナを連れていったのだ。それくらいのことは、常に脳内にあったはずだ。しかし、ガンディアは――いや、ナーレス=ラグナホルンが取った行動というのは、もう少しきつく、もう少し破壊的だ。

「そっか。そうよね。うん。あたしが言い過ぎたわ。考えすぎた。そうよ。うん……」

「シーラ姫の心情を考えれば、セツナが彼女の側を離れられないのも当然なのよ」

「御主人様は、自分のことよりも別のだれかのことを優先されますものね」

 レムが実感を込めてつぶやくと、室内が静寂に包まれた。つい先程までの喧騒は消えて失せ、だれもが発する言葉を探すように、息を潜める。

《獅子の尾》は、王立親衛隊である。王宮召喚師セツナ・ゼノン=カミヤを隊長とする武装召喚師部隊としての側面を持ち、その側面の強力さ故、ガンディア最強の戦闘部隊と呼ばれることが多い。そして、それは事実だった。セツナの黒き矛のみならず、ファリアのオーロラストーム、ルウファのシルフィードフェザー、ミリュウの召喚武装――どれも強力極まりなかった。

 そんな部隊であるがゆえに、今回のアバード侵攻においては中核的な立場に位置づけられ、ナーレス=ラグナホルンやエイン=ラジャールからも、真意について知らされてもいた。

 死期を悟ったナーレスの最期の戦いだということも、知っていた。


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