第32話「忘れられた者たちの戦場」
“ゼロ・プロトコル”の追跡兵が現れた迷宮の深層。
カイル、リゼ、そして“削除された冒険者”ノアは、生き延びるための共闘を選ぶ。
だが、その兵器はただの機械ではなかった――。
「動きが……人間じゃないっ!」
リゼの言葉通り、迫り来る追跡兵たちは不気味なまでに静かだった。
その体は金属の装甲に覆われていたが、動きにはまったく無駄がない。
そしてその“目”――赤いレンズの奥には、確かに意志のような何かが宿っていた。
「これは……《コード生体》だ」
ノアが低く呟いた。
「生体パーツと魔導技術、それに“コード記述”を組み合わせて作られた半自律型の兵器。やつらは記録に残らない。殺されても、“死んだ”ことすら認識されない」
「そんな……!」
リゼが息を呑む。
「一体何のために……こんなものを」
「“記録されない正義”を執行するためだ。ギルドが公式に認めない粛清――それがゼロ・プロトコルの本質だ」
カイルは強く槍を握った。
「じゃあ……今ここで戦うしかないんだな。俺たちが、ここにいた証を残すためにも!」
迫り来る追跡兵――そのうちの一体が、右腕を巨大な刃に変形させ突進してくる。
「下がって!」
ノアが杖を振ると、足元から無数の鎖が巻き上がり、兵士の動きを一瞬止めた。
その隙に、カイルが地面を蹴り――
「せいやぁああっ!」
槍の刃が、関節部を的確に斬り裂く。だが、追跡兵はまったく声を上げることなく、さらに刃を振り上げる。
「まだだ、こいつは……!」
直撃する直前、リゼの火球が兵の頭部を焼き尽くした。
「はあ……はあっ……!」
「カイル、大丈夫っ!? 無茶しすぎ!」
「今は……戦うしかないだろ……!」
三人は必死に連携し、次々と追跡兵を倒していった。
が、次第に消耗は避けられなくなる。
リゼは魔力が尽き、カイルも動きに鈍さが出始めた。
「……あれが最後の一体だ。油断するな!」
ノアがそう言った瞬間――
残った一体の追跡兵が、突如背面の装甲を開き、そこから“黒いコードの束”のようなものを射出した。
「なに!? このコード、動いて――!」
コードは空中で収束し、まるで人型のようなシルエットを形成する。
「プロトコル・タイプβ、起動確認。対象:ノア・グラント。抹消処理を実行します」
それは機械の声でそう告げた。
「まさか……コードの中に“自我”があるのか……?」
カイルが身構える。
「これがゼロ・プロトコルの“次世代型”……!」
ノアの顔から血の気が引く。
「俺を倒すためだけに、ここまで進化させたのか……!」
次の瞬間、“黒い人影”は凄まじい速さで突進してきた。
「くっ……!」
ノアが身を呈してカイルとリゼを庇う。
「お前たちは逃げろ……これは、俺の戦いだ!」
だがカイルは踏みとどまる。
「違う! これは俺たち全員の戦いだ! ノアさん、あなたは“消された”ままじゃいけない!」
「この戦いに意味を残すために――生きて帰ろう!」
彼の声が響いたとき――
リゼの手が再び光る。
「最後の力……使うよ! カイル、今だ!」
閃光とともに、カイルの槍が暗黒の人影を貫いた。
「――――!」
無音のまま、それは霧散していく。まるで“存在しなかったもの”のように。
三人は肩で息をしながら、互いに顔を見合わせた。
「……やったのか……?」
「……わかんない。でも少なくとも今は、生きてる」
ノアがゆっくりとうなずいた。
「ありがとう。お前たちがいなければ、俺は本当に“消えていた”だろうな」
迷宮の静寂が戻る。
だが、ゼロ・プロトコルの影は――まだ終わっていなかった。
今回はゼロ・プロトコルの「追跡兵」との直接戦闘、そして“コードによる存在の抹消”の恐怖が描かれました。
ノアとの共闘を経て、カイルとリゼはさらに一歩深い“闇”に踏み込みます。
次回は 第33話「存在しない真実」。
彼らが辿り着くのは、ギルドが隠した“ある施設”の記録――そしてそこに刻まれた、ゼロ・プロトコルの「始まり」の物語。




