第26話「地下水路の音なき獣」
初めて訪れた街・フィローネで出会った少女リゼ。
彼女に誘われ、カイルは「音を吸う魔物」の調査依頼を受けることに。
初対面の2人が挑む、薄暗い地下水路での任務が始まる――。
地下水路――それは街の裏側に広がる迷路のような空間だった。
石造りの天井、どこまでも続く水音、時折聞こえる小さな滴の音。
苔むした壁にランタンの灯が揺れ、陰影が不気味に踊っている。
「……やけに静かだな」
カイルが呟くと、リゼがぴたりと足を止めた。
「それ。おかしいと思わない?」
「ん?」
「水音以外、何も聞こえないの。虫の羽音も、ネズミの足音も」
言われてみれば――確かに、この地下は“静かすぎる”。
「これが“音を吸う魔物”ってやつか?」
「可能性はあるけど、慎重に。まだ姿も見てないしね」
2人は歩みを再開し、古い通路をさらに奥へと進む。
やがて、開けた空間に出た。貯水槽の跡だろうか。
そこに――黒く、這いずるような影がいた。
人の背丈ほどの体躯。全身を覆うのは、ねばつくような黒布のような皮膜。
目も口もなく、ただ、じり……じり……と音もなく近づいてくる。
「……やばいな、あれ」
「しかも、私たちの足音も、消えてる」
リゼが剣を抜き、身構えた。
カイルも同時にナイフを抜き、左手で補助魔法を詠唱する。
「《フットサイレン》」
周囲に、自らの足音をわざと発生させる魔法だ。
すると――影の魔物は音の鳴る方向へ、ぬるり、と身体を向けた。
「音に反応してる……やっぱり!」
「倒せるか?」
「分かんない。でもやるしかないでしょ!」
魔物が飛びかかる。だが、狙ったのは“音の幻”だった。
カイルの魔法が囮となり、魔物の突進は空を切る。
「今よ!」
リゼが跳び、魔物の背後を斬りつける。
黒い体表が裂け、中から黒煙のようなものが漏れ出した。
しかし――
「再生してる!?」
傷は一瞬で閉じた。まるで粘土のような再生力。
「硬直時間もない……となると」
カイルが即座に判断する。
「火だ! 火の魔法はあるか?」
「ある! でも、この地下で火を使うのは――」
「一瞬で決める。後ろに回って、斬って。俺が火を叩きこむ!」
2人の息が、合った。
カイルが再び音を囮にし、魔物の注意を逸らす。
リゼが疾風のように駆け、斬りつけた瞬間――
「《フレイムバースト》!」
魔物の裂け目に、炎の矢が叩きこまれた。
ドォン――と爆ぜ、黒煙が天井にまで届く。
断末魔の音もなく、影はゆっくりと溶け、消えた。
しん――とした空気。
その静寂が、戦いの終わりを告げた。
「……やった」
「倒せた……よね?」
「多分。たぶんだけど、今回のは“まだ子供”みたいな存在だ」
「じゃあ親がいるの?」
「いるとしたら……依頼、これで終わらなさそうだな」
2人は顔を見合わせ、苦笑した。
だが確かに、何かが始まった。
“音を吸う魔物”の正体と、リゼとの共闘。
それは、少年カイルの冒険者としての成長を試す、最初の試練だった。
新たな敵、新たな仲間、そして共闘の始まり。
カイルとリゼのバディ感も出てきましたね。
この“音を吸う魔物”は、単なる異形ではなく、もっと深い謎を孕んでいる存在です。
次回、「封じられた記録と旧ギルド」
フィローネの地下に眠る過去と、冒険者たちの記憶に迫ります――!




