第19話:「雨の森と、少年の祈り」
人は過去に何を置いてきたのか。
そして、そこに置いてきた何かが、自分をどう形作っているのか。
今回は、カイルが出会う“誰かの過去”と、自らの未来を見つめる回です。
雨が降り続いていた。
静かに、しとしとと──まるで森全体が泣いているような雨だった。
依頼は「行方不明の少年の捜索」。
場所は、モルドの森。かつて“魔物の目撃情報が相次いだ”とされる旧域だ。
「大雨警報、出てるんじゃ……」
レナが呟いたが、アレックは首を振る。
「向こうに親が待ってる。こういうのは、早いほうがいい」
頷き合い、三人は森の中へ足を踏み入れる。
***
少年が最後に目撃されたのは、森の奥にある“祈りの祠”だった。
「なんでこんなところに……?」
カイルが疑問を漏らした瞬間、何かが落ち葉を踏みしめる音がした。
「だ、誰かいるの?」
レナが声を上げると、朽ちた石の影から、ひとりの少年が姿を現した。
「……来ちゃだめだ。ここ、祈ってるの」
泥だらけの顔に、まっすぐな瞳。
カイルはゆっくりと近づき、しゃがみこんだ。
「誰のために祈ってるんだ?」
「お母さん。……いなくなったけど、もしかしたら、って」
その声は、希望と諦めの狭間にあった。
カイルはふと、かつて自分が雨の中で剣を拾い上げた日を思い出す。
あの日、彼もまた、ひとりで誰かのことを想っていた。
「一緒に帰ろう。君の“祈り”は、ちゃんと届いてると思うから」
少年はしばらく黙っていたが、やがて、小さく頷いた。
***
森を出たころには、雨は止んでいた。
少年を抱きしめる母の姿を見て、レナがぽつりと呟く。
「誰かのために祈る気持ちって、あったかいね」
アレックが冗談っぽく言った。
「カイルも祈ってたか? “俺が世界一強くなりますように”って」
「……してないよ」
「じゃあ、“レナにもっと優しくされますように”?」
「それはしてないってば!」
笑い声が響く。そこには、確かに“今”があった。
カイルは静かに空を見上げた。
“祈り”は、時に誰かを導く。
そして自分もまた、誰かのために祈れるように──
少しずつ、歩き出している気がした。
今回は“人の心”に触れる回でした。
カイルたちが出会った少年の純粋な想いと、それに応えようとする姿勢。
少しずつ、彼も“誰かを守る冒険者”として成長してきています。
次回、第20話「組織の影、黒い羽根」では、少しハードな展開へ。
カイルの過去と、ある因縁が明らかになります。どうぞお楽しみに。




