第1話「朝の5マイル走」
誰もが憧れる冒険者だけど、誰もがなれるわけじゃない。
剣の技術も、魔法の素質も大事。でも何より大事なのは――「走る足」。
これは、少年カイルが“地味で泥くさい現実”に打ちのめされながら、最初の一歩を刻む朝の記録です。
「……なぁ、バルク。これ、本当に意味あんのか?」
「うるせぇ、口より足動かせ!」
朝の5時半。村の外れ、朝露に濡れた未舗装の山道を、カイルはゼェゼェと息を切らして走っていた。
バルクから告げられたメニュー、それは「5マイル走を毎朝」という狂気の提案だった。
「冒険者になるなら、基礎体力がない奴は論外だぞ? 魔法も剣も、その上で成り立つんだからな」
そう語っていたバルクの顔は真剣だった。
――だからこそ、逃げたくても逃げられなかった。
「ぜっ、ぜっ……これ……5マイルって、どんだけだよ……」
「8キロちょいだな」
「おい、軽く言うな……ッ」
道の途中でつまずき、転ぶ。膝を擦りむいても、バルクは笑って言った。
「倒れても立ち上がる。それだけできれば、十分だ」
憎らしいくらい爽やかに。
でも――カイルはちょっとだけ悔しかった。
負けたくないと、心のどこかで思ってしまったから。
走り切ったのは、1時間20分後。
全身汗と泥にまみれながらも、カイルは言った。
「明日も……やるからな」
その声は、かすれていたけど――確かに誇らしかった。
第1話は「走るカイル」です。地味。でも、ここから始まるんです。
この頃のカイルは、まだ強くもなければ特別でもない。
けれど、彼の「やる」と言ったその言葉は、すでに未来を動かす強さの芽です。
次回、第2話「初めての『依頼』」。
村にやってきた見習い冒険者が、カイルに“ある依頼”を持ちかけます。
少しずつ世界が、カイルの前に顔を出し始めます。