第10話「それぞれの道標(しるべ)」
“旅立ち”とは別れのことではなく、始まりのこと。
カイル=スローンが冒険者として生きていく覚悟を決める節目、それぞれの「道」が交差し、やがて分かれていく――そんな回です。
翌朝の空は、昨日の雨が嘘のように晴れわたっていた。
木々は露をまとい、道端に咲いた名もなき花が風に揺れている。
カイルは村の広場に立っていた。肩に背負った荷袋には、ガルドからもらった地図と簡素な装備。
その姿を見た村人たちは静かに集まり、彼の背中を見つめていた。
「……本当に行くのかい?」
年老いた鍛冶屋のタマスが言った。
「もう少し、準備してからでも――」
「準備は、もうできてます」
カイルの目は真っ直ぐだった。
「ここにいるだけじゃ、きっと何も変わらない。だから――行きます」
背後で、コツコツと足音が鳴った。
振り返ると、そこにはリーネがいた。手には小さな包みを持っている。
「……あんた、本当にバカよね」
「うん、よく言われる」
「でもまあ……無茶して死ぬんじゃないわよ」
彼女はぶっきらぼうに包みを渡してきた。中には手作りの乾燥パンと干し肉が入っていた。
「食べるの忘れて、倒れたりしないでよね」
「ありがと、リーネ」
カイルはそれを丁寧に荷袋にしまい、腰の短剣に手を添えた。
村の入口で、ガルドが待っていた。
「最後にひとつだけ言っておくぞ」
「うん?」
「どこに行っても、自分を捨てるな。戦う相手は外じゃない。お前の中だ」
カイルは黙ってうなずいた。
数か月前まで、剣をまともに振るえなかった少年は、今は確かに“何か”を背負っている。
「……ありがとう、ガルドさん」
「行け。振り返るな」
そして、カイルは歩き出した。
風が背を押すように吹き、遠くの山影がゆっくりと近づいてくる。
その姿を、リーネと村人たち、そしてガルドが、誰一人言葉を発さずに見送った。
それぞれの道は分かれていく。
だが、同じ空の下で、いつかまた交わる日が来ることを、誰もがどこかで信じていた。
この回は、カイルの“少年期の終わり”と“冒険者としての始まり”を描く大切な転換点でした。
リーネやガルドの表情や言葉の少なさには、別れの寂しさと応援の気持ちがこもっています。
次回からは、新たな土地、新たな出会いが待つ物語へと進みます。
それは彼にとって、真に「自分の名前」を得る旅の始まりです。




