第9話「狩人と少年と、焚き火の夜」
死線を越えたカイルの前に現れた“狩人”の男。
その正体は、かつて名を馳せた伝説級の冒険者だった。
夜の焚き火の中、静かに語られるのは――過去の傷と、未来への導き。
焚き火の灯りが、風に揺れていた。
カイルは静かにスープの入った器を両手で抱え、隣に座る男の顔を盗み見る。
「なあ……あんた、何者なんだ?」
「名乗るほどのもんでもないが……昔は“ガルド”って呼ばれてた」
「――!」
カイルの中で、どこかで聞いたことのある名が脳裏をよぎる。
「ガルドって、あの……十年前、北の戦線で活躍してたっていう……?」
「ああ、それだ。今じゃもう引退したようなもんさ。森で獣を追いかけて、こうして焚き火してるだけ」
淡々とした語り口。だが、その目は決して死んでいなかった。
深い闇をくぐってきた者の、それでも諦めていない目だった。
「お前、名前は?」
「……カイル。カイル=スローンです」
「ふむ。良い目をしてるな。今日の立ち回り、あれは独学か?」
「はい。あとは訓練所で……でも、まだまだです」
「まだまだか。いいねぇ、そういう奴は伸びる。下手に自信持つ奴より、よっぽど強くなる」
ガルドは微笑むと、手近な枝をくべた。
「お前さん、どうしたいんだ? この先」
「……」
沈黙。カイルはしばし言葉を探し、それでも真正面から答えた。
「俺は、強くなりたい。自分の力で、誰かを守れるように」
「そうか。なら、俺の知ってる“現実”ってやつを、一つだけ教えてやる」
そう言って、ガルドは空を見上げた。
焚き火の煙が、星のない夜空に溶けていく。
「戦うだけじゃ、守れねえ。信じるだけでも、守れねえ。
でもな、諦めなかった奴だけが、何かを守り残す。たとえ、それが小さな一つでも」
カイルは、その言葉を黙って心に刻んだ。
焚き火が静かに、パチパチと鳴っていた。
やがてガルドは立ち上がると、背負っていた小さな革袋を投げて寄越した。
「これ、昔使ってた護符の欠片だ。使い道はねえが、お守りにはなる」
「……ありがとう。助けてもらった上に、すみません」
「礼なんていらねぇさ。ただ――また会う時があれば、その時は“冒険者”として会いたいな」
「はい!」
夜が明け始めていた。
“ガルド”との出会いは、カイルの心に小さな灯を灯しました。
ただ剣を振るうだけではない、“守る”という意思の重さ。
それを伝えるには、言葉よりも生き様が必要なのだと――
次回、第10話「それぞれの道標」
再び一人に戻ったカイルの背に、灯るは焚き火の残り火。
少年は歩き出す、自らの意志とともに。




