「井袋さん、取材を受ける」
「すみません、ちょっとお話よろしいですか?」
ラーメン屋を出たばかりの井袋直哉が振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。肩まで伸びた髪をラフにまとめ、手には小さなノートとペンを持っている。
「私、フードライターの水瀬葵といいます。井袋さんの食べ歩きについて、ぜひ取材させていただきたいのですが……」
「取材?」
井袋は少し驚いたように目を瞬かせた。
「ええ、実はさっきのカツ丼の店からずっと見ていました。あれだけ食べたのに、全然苦しそうじゃなくて……普通、あの量を食べたらしばらく動けなくなるはずです。なのに、あなたはすぐに次の店へ行って、また大盛りのラーメンを完食しました」
葵は真剣な表情で続ける。
「どうしてそんなことができるんですか?」
井袋は少し考え込み、やがて苦笑した。
「そんなに大げさなことじゃないんですけどね……」
「いいえ、これは食の不思議を探る立派な取材です!」
葵はノートを広げ、ペンを構えた。その熱意に押される形で、井袋は「まあ、いいか」と頷く。
「それじゃあ、ちょっと休める場所に行きましょうか」
二人は近くの喫茶店に入り、窓際の席に座った。
「では、さっそくですが……井袋さんは普段から、あのような食べ方をされているんですか?」
「まあ、そうですね。食べ歩きが好きで、休みの日はもちろん、出張のときも必ずその土地の名物を食べるようにしています」
「でも、食い倒れることがない……それが不思議なんです」
葵は身を乗り出した。
「特別なトレーニングとか、消化が良くなる方法を実践しているとか?」
「うーん……」
井袋はコーヒーをひと口飲み、少し考えてから答えた。
「特別なことはしてませんけど、強いて言えば食べるときのペースには気をつけています」
「ペース?」
「ええ。大食いの人って、一気に詰め込むイメージがあるでしょう? でも僕は、しっかり噛んで、味わいながら食べます。早食いはしない。胃に負担をかけないようにするためですね」
「……それだけ?」
葵は拍子抜けしたような顔をした。
「もちろん、それだけじゃないですよ。他にも**『食べる順番』や『食べた後の動き方』**なんかも気にしてます」
「なるほど……!」
葵は夢中でメモを取る。
「具体的には?」
「たとえば、揚げ物がメインの料理を食べるときは、最初に野菜やスープを口に入れて、胃の準備をしてから食べる。あと、食べ終わったあとにちょっと歩くと、消化がスムーズになるんですよ」
「へぇ……!」
葵は感心したように頷いた。
(なるほど。ただの大食いじゃなくて、ちゃんとした理論があるんだ……!)
「でも、どうしてそこまでして食べ歩きを?」
「単純に、美味しいものが好きだからですよ」
井袋は笑う。
「せっかく食べるなら、最後まで美味しく食べたい。それに、日本全国にはまだまだ知らない絶品料理がたくさんあるでしょう? それを食べ尽くすのが僕の楽しみなんです」
その言葉を聞いて、葵は少し心を動かされた。
(この人、ただの大食いじゃなくて、本当に"食べること"を大事にしてるんだ……。)
「……いいですね」
「え?」
「井袋さん、すごく面白いです! もっとお話聞かせてください!」
葵は嬉しそうにノートを抱えた。
こうして、井袋直哉の"食べ歩き哲学"を探る取材が本格的に始まるのだった——。




