「井袋さん、二軒目へ」
「さて、次はどこにしようかな……」
井袋直哉はスマホを取り出し、食べ歩きマップを確認した。さっきのカツ丼は最高だったが、まだ胃には余裕がある。食べ歩きの鉄則は、**「無理をせず、美味しく食べる」**こと。次の一軒も楽しみたい。
「おっ、この近くに老舗のラーメン屋があるのか」
そうつぶやいて歩き出す井袋を、少し離れた場所から水瀬葵が観察していた。
「まさか、あれだけ食べたあとにもう次の店……?」
半信半疑で彼の後を追う。
ラーメン屋「麺処たかはし」は、創業50年の老舗だった。看板メニューは「極太味噌ラーメン」。コクのあるスープに、もっちりとした太麺が絡む、がっつり系の一杯だ。
「いらっしゃい!」
店主が元気よく迎える中、井袋は迷わず「特製味噌ラーメン大盛り」を注文した。さっきのカツ丼のことを考えれば、普通盛りで十分なはずだが、彼は迷うことなく大盛りを選ぶ。
カウンターの端から、その様子を見つめる葵。
(まさか、本当に食べるの……?)
やがて、湯気を立てる大盛りの味噌ラーメンが目の前に運ばれてきた。分厚いチャーシューに、山盛りの野菜、香ばしいニンニクの香り。見ているだけで胃がずっしりと重くなりそうな一杯だ。
「いただきます」
井袋はレンゲを取り、スープを一口。
「……これは美味い」
ほんのり甘みのある味噌の風味が広がり、深いコクが感じられる。次に、極太のちぢれ麺を豪快にすすった。スープがしっかり絡み、噛めば噛むほど味わいが増していく。
彼は無言で、しかし確実にラーメンを食べ進めた。ゆっくりと味わいながらも、無駄のない動き。気づけば、丼はほぼ空になっていた。
「ごちそうさまでした」
完食。しかも、スープまでほぼ飲み干している。それなのに、井袋は苦しそうなそぶりを一切見せない。
「お兄さん、いい食べっぷりだねぇ」
店主が感心したように声をかけると、井袋は微笑んだ。
「いやぁ、スープが絶品で……最後まで飲んじゃいました」
「うれしいねぇ! また来てくれよ」
店を出る井袋。葵は驚きを隠せなかった。
(本当に食べ終わってすぐ普通に歩いてる……!)
普通なら、あれだけ食べたら少しくらい休みたくなるはずだ。それなのに、井袋は何事もなかったように歩いている。
(これは……絶対に取材する価値がある!)
意を決した葵は、ついに井袋に話しかけることにした。
「すみません、ちょっとお話よろしいですか?」
振り返る井袋。その食べ歩きの秘密が、少しずつ明らかになっていく——。