第八話
夕暮れ時。
オレンジ一色に辺りは包まれ幻想的な世界を作り上げている中。
俺はポツンと突っ立っていた。
「逆恨みとは良くないね、他の人にも迷惑かけてさ……君大丈夫かい?」
肩をポンと叩かれ顔を覗き込ませてきた。
「あ、はい」
大谷と呼ばれたその男は背は高くキリッとした眉毛にシュッとした顎、同じ制服を着ているのに溢れ出る清潔感が俺にも伝わってくる。
間違いない。
彼が多分主人公だ。
理不尽な事を許さず小さな事件にも首を突っ込んでくる異常者。
そうでなくとも確実に重要人物なのは間違いない。
超関わりたくねぇ〜。
「本田君もわざわざこんな回りくどい事してるとは……先生にバレないよう取り巻きたちと一緒にこんなくだらない事して……学年二位とは聞いて呆れるよ」
この不良が学年二位なのか。
その言葉に本田は眉間に皺を寄せた。
「こうでもしねぇとてめえはデュエル受けねぇだろうが……」
「そうだね、意味のない事はしたくない……だけどそれが他人に迷惑をかけていい理由には繋がらないよ?そんな事今の小学生だって理解してるはずだ」
声までイケメンとはさすが主人公。
「てめぇ……説教垂れてんじゃねえぞ!いつからてめえの方が立場が上になったんだ!?あぁ!?」
「そうだね君と僕じゃ視野の広さが違う……僕は本田くんみたいに自分のことだけじゃ無く周囲の環境まで一緒に良くしていこうと考えてるからね……そこが君との差ってやつかな」
へ〜。
「くくくっ……たかが高校生なりたての奴がそこまで大口叩いて恥ずかしくねぇのか?アニメや漫画の見過ぎで理想ばっか語ってるただのオタクと一緒じゃねぇか……現実を見ろよ!大谷ぃ!」
うん、君もだけどね〜。
「少なくとも君よりは見えてるかな、本田くん」
本田はギロリと大谷を睨みつける。怖いね〜。
「ならこいつの財布をかけてデュエルしろ、俺が負けたら返してやる」
そう言って俺の財布を見せつけるように突き出す。
なんで俺の財布を勝手に賭けてるんだとかツッコミたいけどまぁとりあえず見守っておこう。
それをジッと見つめる大谷。
本田の取り巻きは固唾を飲みただ大谷の事を見つめる。
おぉ……完全に俺はモブキャラと化している。
学年一位と二位の争いに偶然居合わせたモブキャラA(学年499位)
そして主人公の大谷が財布を取り返してくれるパターンですね。
いい!凄くモブキャラしてるぞ俺!
「悪いが断る」
あれ?大谷さん?
「てめぇ……ひよってんのか?あぁ!?」
「本田の全ポイントと財布を賭けろ、僕も全ポイントを賭ける、それでどうだ?」
なんだそう言う事。
俺はモブキャラと同じくらいお金も大事に思ってるからね。
イケメンすぎる大谷の発言に本田も笑っている。
笑い方が完全に悪役だ。
「まじかよ!本田さんと大谷のタイマン勝負が観られるぞ!これはテイッターで呟くしかない」
「実際の所どっちが強いんだろうな?二人とも負けるとこが想像できないレベルのレジェンド対決になる訳だし」
「まぁ間違いなく粘り強さとか根性面で言ったら本田さんだろうなぁ……」
いやいやどう考えても大谷の勝ちでしょ。主人公なんだし。
「それならばこのジャッジは私がしましょう!」
空高く宙で一回転を決めてすたっと華麗に着地をしたのはうちの担任だった。
「や、山本先生!いつの間に!」
「登場の仕方がギャグ漫画並みに早いな」
本田の取り巻きの一人がそう言う。
山本は背筋を伸ばし大谷と本田が睨み合う中に立っていた。
「訳あって少し前から見ていました、お二人の勝負の公平を認めデュエルをはじめます、ある程度の怪我はメディカル班がすぐに治してくれますが骨折や脳震盪などの後遺症に残るレベルまではやらないよう注意してください」
おぉ〜まさかこんなにも早くデュエルが見れるとは……。
まさかサモン!とか言わないよね?
召喚獣バトルなんて事はないよね?
「学力勝負なんかより派手に殴り合いといこうや!大谷ぃ!」
良かった違うみたい。
今にも飛びかかりそうな本田に比べ冷静沈着な大谷……。
これはやはり勝負あったな。
お決まりの展開としてこうゆう時、冷静なキャラが勝つと相場が決まっているのだ。
ふふふ……圧倒的じゃないか我が軍は……。
「てめぇ!またニヤニヤしやがって!」
耳元で騒ぐな……。
俺の身体をブンブン揺らす取り巻きAを無視して二人の様子を見る。
「山本先生、体術でお願いします」
「分かりました……それではデュエル!かいしぃぃ!!」
「おらぁ!」
その声と同時に本田は鋭く右手の拳を大谷めがけて打つ。
体重の乗ったそのパンチからは風を切るような音と共にそのまま左足を軸に回し蹴りが放たれる。
だがそれも大谷は素早く避ける。
「はえーぞ!なんてキレのある動きなんだ!」
「大谷も数ミリ単位でかわしてやがる!」
はいはい、説明口調どうも。
側から見れば本田が攻めて攻めて攻めまくりそれを大谷が防戦一方でかわしているように見える。
それが何度も繰り返されている。
本田の取り巻きたちは固唾を飲みただその光景に釘付けになっていた。
本田の乱打に続く乱打の繰り返し。
それを華麗に避ける大谷。
二人ともボクシングやってるの?並に綺麗なフォームをしている。
外野たちはそこだーとかやっちまえ〜とかテンプレみたいなヤジを飛ばしている。俺も真似しようかな。
本田の顔に一瞬の焦りが見えた。
あのパンチのスピードを見る限り一発……一発当たれば間違いなく致命傷を与えられる。
ただの一発でいい当たってくれと言う思いがこちらまで伝わってくる。
だがそれをコンマ数ミリ単位でかわす大谷。
特にまだ反撃をしてきそうな素振りも見せていない。
それがさらに本田の癪に触るのだろう。
「惜しい!大谷のやろう!本田さんのパンチをスレスレで避けやがる!」
「ああ!だがあのパンチがヒットしちまえば流石の大谷でもダウンするのは間違いないな!」
スピードがさらに加速する。
恐らくそのままのパワーで加速するのは難しい。
ややパワーを落としスピード重視のスタイルに変えたのだろう。
「まじかよ!まだ加速してるぞ!もう肉眼で捉えていたらあっという間に顔の目の前に来てるぞ!」
……確かに大谷は半分くらい直感で避けているのに近いのかもしれない。
流石主人公。
きっと目をつぶってたって大谷は避けられるのだろう。
まるで向こうが勝手にそうしてくれているみたいに。
カラスの鳴き声と本田の荒い息遣い、そして風の切る音だけがその場から聞こえて来る。
そして一瞬の出来事だった。
あっという間に大谷は本田の手首を押さえて地面に伏せさせた。
「そこまで!勝者!大谷!」
山本先生が二人に近づき止めに入る。
本田は唖然としていた。
その表情は取り巻き達も伝染するように皆同じ顔をしていた。
「な、なにが起きたんだ?」
「お、おい……今の一瞬で一体何が!?」
お!みんなモブキャラっぽい台詞言いまくってるし俺も何か言っとくべきかな?
ただ他のモブとはちょっと違うこいつそこそこ出来るな感を出したいんだよね。
どうしようかな〜。
あ、そうだ!……まさか大谷はあれを使ったんじゃ!?にしよう。
あれとはさっぱりだがこれで行こう。
くくく……ちょい目立つモブ役いくぞ!
「俺さ、柔道の経験あるから分かるんだけど本田は明らかにスタミナを削られていた」
あ、先越された。
俺の開きかけた口は誰にも見られる事なく閉じる。
せっかくのチャンスだったのに。
「お前は!」
「「柔道部の田中!見てたのか!」」
取り巻き達が口を揃えてそう言う。
いや、誰だよ……てかよく見ると野次馬が増えてる。
気がつけばこの場を中心に大きな円が出来上がっていた。
そして俺らに近づいてくる高校生離れしたガタイのいい男が一人話しながら近づいてくる。
「ああ、疲弊しているところにあえて隙を作る、大谷はわざと弱点を見せたんだ。もちろんそれを本田は見逃さずに稲妻のようなパンチを打った、大谷は作戦通りそれを受け流し手首を掴んで身体の重心をずらすこれらの動作を僅か4秒程度も掛からずにやってみせた……やつは本物の化け物だよ」
「す、すげぇ!何言ってるかさっぱりわかんねぇけどつまり本田さんは負けたって事だなあ!」
「あぁ!そうだ!本田さんは負けたって事だ!」
「負けたのか!そりゃ残念だなぁ!」
いや、そんな何回も負けた負けたって言わなくていいだろ、ちょっと本田が可哀想に見えてきた。
取り巻き全員馬鹿っぽいし。
「てめぇ!今、馬鹿にしたろ!」
とりあえず首を横にブンブン振っといた。
相変わらず声は裏返ってる。
「二人ともいい勝負でした、勝者の大谷君には本田君の所持している全ポイントとこの現金三万円の入った財布が渡されます」
周囲から一斉に拍手の音が反響した。
なんか目立ってて恥ずかしいんだが。
「そしてもう一つ!」
山本はノリノリで続ける。
「全てを賭けて負けた者にはペナルティーが存在する、それは一ヶ月の地下労働!」
ざわ……
ざわ……
「お、おい!なんだよ地下労働って!本田さんになにさせんだよ!」
「そ、そうだ認めねぇーぞ!ノーカン!ノーカン!はい!」
「「ノーカン!ノーカン!」」
取り巻き達だけで盛り上がっていて周囲の視線は痛かった。
なんだろう……この展開に全くついていけないんだが。
まぁ幸いただのモブAとして参加しているので別にいいんだけどね。
と言う訳で俺もこの流れにしっかりと乗っておこうと思う。
「「ノーカン!ノーカン!」」
「ほら、これ……ちゃんと中身入ってるか確認した方がいいよ、あと君までなんでノーカンコールしてるの?面白いね、思わず笑っちゃったよ」
そう言って大谷は俺に財布を渡した。
「あ、どうも」
とりあえずお礼は言っとく。
大谷は笑顔で「どういたしまして」と言ってきた。
財布も戻ったしそろそろこの場から去りたいんだけど。
大谷の活躍に周りの生徒達は大盛り上がりだった。
スマホで動画を撮っている人もいる。
中には妙な視線も感じたが気のせいでしょ。
カメラを向けられた大谷は手を振っていた……さっすが主人公。
それと同時に大谷と山本はスマホを取り出し数秒見つめていた。
同じタイミングでスマホとは……妙だね。
同時って事は一斉送信されたメールが二人に届いたってことかな?
よし、帰ろう。嫌な予感しかしない。
俺がサササと財布をカバンに入れ我が家方面に体の向きを変える。
「……なるほど、面白い事になってるね新庄くん、またどこかで会おう」
そう大谷は言って俺に近づき耳元で囁く。
「あ、はい」
「この学校を信用しない方がいい」
大谷は手を振り去って行った。
山本も唸りながら本田を連れて行った。
取り巻き達は山本の周りでノーカンコールを続けていた。
何やらまた嫌な予感。
関わりたくもないし敵に回す事だけはなんとしても避けないと。
大谷が去ると同時に野次馬も散り散りとなりすっかり辺りも暗くなってきた。
俺は財布の中身を確認してすぐに帰路へとついた。
さっきの言葉の意味を考えるべきなんだろうが。
うん、決めた。
出来る限り大谷とは距離を置く事にした。
と言うかもう会いたくない。




