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第六十九話


 「と言うか訳で小鳥遊を家に連れてきました」

 

 一連の流れを全て山口と柚木に説明した。


 ついでにハンカチとご飯の件も謝罪した。


 けどそんな事どうでもいいと言わんばかりの表情をしている。


 今は玄関で俺と小鳥遊が立っていてリビングに通じる廊下から二人がこちらを見ている状態。


 なんだろう……不倫がバレた時ってこんな気持ちなのかな?


 すごい気まずい沈黙が流れる。


 とりあえず靴を脱いでリビングに向かおうとすると小鳥遊もそれを追うように入ってくる。


 「ふ、二人とも同じクラスよね!これからよろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げる。


 「は、話は聞かせてもらいました……またちょっとだけ生活が厳しくなるかもしれないけど問題ないです」


 おっとさすが山口様、理解が早くて助かります。


 ただこの猫は餌を与えても与えなくても五月蝿いのでちゃんと取り扱い説明書を読まないと酷い目に遭います。

 

 誰か作ってくれないかな?


 小鳥遊のトリセツ……西に歌ってもらおう。


 とりあえず全員がリビングに入り扉を閉める。


 「私は絶対反対よ!!なんでこんな女を住まわせるのよ!!」


 突然叫び出す柚木に全員が驚いた。


 山口はソファーに座ったまま小鳥遊の事を一瞥する。


 「わ、私は……構いません、確かにまたライバルが増えるのは嫌ですが……小鳥遊さんは悪い人には見えません」


 山口は肯定的な意見みたいだ。


 家主がいいと言っているのだからこれは確定したようなものだろうね。


 まぁ俺としてはこれ以上人が増えると狭くなるから嫌なのだけれど。


 この流れ的に俺の票は存在しないみたいだ。


 「柚木さんはそんなにウチの事が嫌いなの?嫌われるような覚えないのだけれど?」


 いつになく萎れてる小鳥遊。


 下を向いて握り拳を作っている。


 俺の時はいつもキーキーうるさい癖に。


 「私ね昔犬を飼ってたの、親と散歩も餌も毎日やるって約束して飼い始めた、この子が家で飼われて良かったって本気で思ってもらえるように一生懸命お世話したの」

 

 柚木はゆっくりと話し始める。


 その口調は先程の響く声とは違い昔を思い出し懺悔するような朧げな低い声で語り始めた。


 「その子との毎日は本当に楽しくて凄く私に懐いてた、けど気がつけば私はその子一匹じゃ物足りなくなったの。そして新しくまた犬を飼い始めたわ、親には一匹目の子もしっかりお世話してたし大丈夫だろうって事で許してもらえたわ、私は両方とも同じくらい愛してあげると誓ったわ。でもやっぱそれは難しくて新しく来た子の子を優先的に可愛がってしまったの、一匹目の子には貴方がお兄ちゃんなんだから我慢しなさいって言い聞かせて、凄く悲しそうにこちらを見ていたわ。よく吠える子だったけど二匹目を飼い始めてからはあまり吠えなくなったの」


 ……それはきっと我慢を覚えたのだろう。


 歳上が……兄や姉が我慢するってのは犬の世界でも共通なのかもね。


 何故か柚木の声が妙に響く。


 決して大きな声で語っている訳じゃないのに。


 敦の時とはまた違ったような感覚だ。


 「二匹目の子は我儘に育っていったわ一匹目の子の餌を取ったり無理やり場所を取ったり、けどその子は小さかったから私は叱らなかった、そして数年経って二匹目の子が一匹目の子と同い年くらいになった時に私はまた新しく犬を飼ったの、人間ってどんどん欲が出るって言うけど改めて実感させられたわ、そして三匹目の子が来た時に二匹目の子はきっとこう思ったのでしょうね……」


 柚木そっと目を閉じる。


 「今度は自分の番なんだって……」


 その事を思い出したのか柚木の目には涙が溜まっていた。


 山口も小鳥遊も柚木の方を黙って見ていた。


 目と耳を傾け真剣に……その言葉の心理を探るように。


 「きっと一番愛されるのは三匹目の子で自分はもう一匹目の子と同じように我慢する立場になるんだって……だから三匹目の子を連れてきた時二匹目の子は凄く悲しそうな顔をしていたわ、あの時の一匹目の子と同じようにもっと遊んでって構ってって、あんなに吠えるのが好きだったのに何も言わずただ私の事をじっと見つめてたわ」


 確かにこの話と今の状況は似ているのかもしれない。


 柚木が加わりそして今度は小鳥遊が新しくこの家に加わろうとしている。


 小鳥遊がこの家に来れば二番目の子と自分の立場が重なって見える。


 それが怖いんだろう。


 要約すると。


 つまり俺は一匹目の犬って事か……。


 確かに柚木は今まで我儘だしよく吠えるし。


 それに耐えているし山口にもよく叱られるし。


 つまりは小鳥遊の我儘が許されて俺と柚木の融通が効かなくなるってことか……。


 我慢するのが嫌だって事だよね?


 そう言う事だよね?


 俺は悲しそうな目で山口を見つめた。


 「あの、晶くん……こんな時にふざけるのやめてください」


 クゥン……怒られてしまった。


 俺も一匹目と同じで吠える事出来ないからね。


 「あんたそんな事思ってたの?別にウチはそいつのことなんとも思ってないわよ!大体なんであんた被害者ヅラしてるわけ?その話だと全部柚木が悪いんじゃないの!」


 そう言うと柚木は涙目で小鳥遊の事を睨みつけた。


 「そんな事分かってるわよ!分かってるから言ってんのよ!平等なんて無理なんだから!みんなを幸せにするなんて無理なんだから!だから小鳥遊さん、貴方が住むのは反対なの!」


 耳がキーンとなるくらい大きな声で叫んだ。

 

 呼吸もままならないのか何度も息を吸って吐いてる。


 俺は自分の頬をかいた。


 その理屈だと二匹目の柚木さんも出ていって欲しいのですが。


 一匹目の俺が可哀想でしょ?


 山口に悲しそうな目で訴えかけたが睨まれた。


 あ、これは後で叱られるやつ。


 もう余計な事をするのはやめよ。


 「山口さんはどうなの!?この話を聞いてまだこの子を家に入れようと思う!?貴方だっ……」


 山口は叫ぶ柚木をそっと抱きしめた。


 何この急な百合展開、小鳥遊も困ってるじゃん……いや俺の方見られても困る。


 背中を摩って山口はゆっくりと話し始める。


 「私はそれでも構いません……柚木さんが怖がる気持ちも分かります……けど……私はどんなに自分より見た目も良くて運動も勉強も性格も良い子が来ても一番可愛がってもらえる自信があります、きっとその子は吠える事を諦めてしまったから……飼い主にアピールするのを諦めてしまったから……けど私は諦めません……柚木さんは違いますか?」


 甘く優しい声。


 赤子をあやすような安心感のある声で山口はそう言う。


 「けどっ!それじゃ貴方だって!……おかしいわよぉ!!」


 泣き崩れる柚木を支えてあげる山口。


 本当に山口は変わった。


 あんなに内気でシャイだったのに今は他人のことを支えてあげれるほど大きくなった。


 俺はただ優しく二人を見守る事しか出来ない。


 山口の優しさが柚木に伝わりそれがまた誰かに伝わってくれればいいのだけれど。


 きっと世の中そんなに甘くはないんだろ。


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