第三十八話
とりあえず俺は米を運び先ほどの席付近に炊飯を置いた。
誰かさんのおかげで多少は軽くなってたけど。
どんだけ食べるつもりだったんですかね。
ウッドデッキ側にはもう人は少なくなっている。
「ちょマイマイーみんな審査行ってるから結構並んでるみたい。私ちょーお腹すいたんですけどー」
確かに今ここにいる生徒は少なかった。
大半は向こうでカレーの提出をしているのだろう。
山口はもう席で自分たちのカレーを食べていた。
ふと目が合った。
[まだ出来てないんですか?]
[いや、とりあえず完成はした]
[なら早く出しに行った方がいいですよ]
[俺もそうしたいんだけど色々あって]
[そうなの?]
そうなの。
柚木が何やら妙な動きをしているとかも見ちゃったしね。
あれって多分……。
俺の予想が外れてくれればいいけど。
[とりあえず早く行ってください]
[ん]
我ながらアイコンタクトでこれだけ会話出来るのも凄いと思う。
まぁ喋らない人特有のスキルだろうけど。
山口班の声が聞こえてくる。
「なんか私達のカレーめっちゃ美味しくない?」
「だよな!?実は俺たちめっちゃ料理上手いんじゃね?」
「評価も高そうだし!このメンバーでまじで良かったぜ!……まぁ山口さんも野菜切ったり食器並べてくれたしな!」
あれ?多分そのカレーが美味しいのって……いやこれ以上は言うまい。
「そ、そうね!良かったわね!山口さんもいい評価貰えるわよ!多分私の料理スキルのおかげね!あんたらも感謝しなさい!」
「いやおめーじゃねぇって!絶対俺だって!」
「いや、この米の艶を見ろよ!俺が炊いた米のおかげだろ!」
「「いや米のおかげではない」」
山口は陰で小さく縮こまっていた。
実際は山口のおかげだろうけど。
まぁいっか。
山口もあんま目立ちたくないだろうし。
てかこの状況で向こうの班に行けないしね。
舞浜と高島は相変わらずデカい声で喋ってた。
そこには柚木の姿もあって俺の姿を見ても特に襲ってはこなかった。
とりあえず顔はバレてないみたい。
「並ぶのちょー面倒くない?」
「先に食べちまうか!」
いやいや、貴方既に食べてたじゃないですか。
これ以上食べたら提出分も無くなっちゃうから。
「ゆずっちはカレーいらないでしょ?てか食うな」
「私たちのためにわざわざ用意してくれてありがとねーほらマイマイ食べよ〜」
柚木は俯いていた。
だがその奥で笑っているのが俺の目には映っていた。
すごい嫌な予感がする。
薄々は気がついている。
バスでの柚木の取った行動。
破壊衝動ともとれる。
それだけ追い込まれていた訳だ。
あれがただの予兆や前兆に過ぎないのだとしたら。
ただの余震でしかないのならこの後の展開は激震だ。
むしろこっちが震えちゃうね。
そもそもどうして柚木がここまで孤立させられてしまったのか。
普通ならクラスメイトや友達から噂話を聴いてなんとなく理由や、その背景を知っているものなんだろうけど。
俺はそれを知らないし解決もしない。
出来ないし、したくもない。
まぁありがちなみんなで無視しようとか机に落書きとか物壊したりだとかそんな感じなんだろうけど。
実際にそれらを受けていない第三者からしたら感情移入も出来ないし共感も出来ない。
この状況をどうするか。
俺の普段のスタイルなら関与しない。
何もしない。
けどそうした方が絶対めんどくさくなる。
これをこのまま放置すれば変なルートに入ってしまう気がする。
どうすればいい?
モブらしく、誰も不幸にならないようにする方法。
ことを大きくせずに。
小さな事件で収められる。
出来るだけダメージが小さくなるような。
そんな秘策は……。
「ほら、あんた早くよそってきなさいよ、ボケっと突っ立ってないでさ」
そう言って舞浜は俺に皿を渡してくる。
あ、そうだ。
これしかない。
多少の自己犠牲は仕方ない。
俺は皿を受け取る。
皿おっきいな。
ゆっくりと歩きガスコンロの前まで進む。
柚木の表情は陰で見えないけど。
さっきの感じもうどうなってもいいのかもしれない。
実際は分からないけど。
最悪の場合を想定してしまう。
入れたのが土ならまだマシだけど。
恐らくもっとヤバいものを入れてる気がする。
お手軽に今この場で手に入るものが。
わざわざ持ち込まなくても大量に。
真っ白な皿に自分の顔がやや反射して写っている。
すげ〜苦い表情をしていた。
もう本当に最悪だと思う。
あぁ……目立ちたくないのに。
だがもっと最悪の事態になるくらいなら。
仕方ないよね。
「私意外と食べるから大盛りね〜」
見たまんまじゃん。
大口開けて笑う舞浜。
柚木は今何を思っているのだろうか。
もう少しで上手くいくと思ってるのだろうか。
それとも躊躇っているのだろうか。
それはもちろん本人にしか分からない。
鍋の蓋を開ける。
お玉でカレーをぐるっと一周させる。
長めに煮込んだおかげか先ほどよりもどろっとした感じに変わっている。
スパイスのいい香りが鼻腔をくすぐる。
俺が一生懸命洗って切った野菜達。
勿体無いけど。
さよなら。
俺は皿にカレーを盛る瞬間。
厚底鍋をひっくり返した。
鍋の落ちる音が周囲に反響しカレーは勢いよく床に流れた。
それが波紋のように床へと広がっていく。
時間をかけて切った野菜たちも無駄になってしまった。
料理ってのは本当に手間暇かけて作るものなんだと改めて実感させられた。
山口に感謝感謝またいっぱい食べたいなデリシャス。
盛り上がっていた周囲は一気に静寂へと変わる。
「あ、ごめん、肘が当たっちゃって」
しばらくシンとしていた。
周囲はあ〜あと言った感じでこちらを見ている。
山口もこっちを見ていた。
俺と山口の付き合いは長い。
きっと俺の意図を汲み取ってくれているだろう。
だから俺がわざと鍋をひっくり返したことにも気がついているはず。
理解者なんて一人いれば充分だ。
山口はあたふたと周りを見てから額に手を当てる。
[やっちゃいましたね]
全然汲み取ってなかった。
すると舞浜が勢いよく立ち上がり。
「ふっざけんじゃないわよ!どーすんのよ!お腹も空いてるし何より試験は!?これじゃ私たちの成績がまた落ちるじゃない!」
「そうよ!マイマイの言う通りよ!あんた本当に最悪なんだけど!なんなのその顔!本当に反省してるの!?」
「そおぉ!!よぉぉ!!表情ひとつ変えずにそんな棒読みで謝っても感情がこもってないのよ!」
俺は二人にあーでもないこーでもないと罵声を浴びせられている。
嫌だな〜。
すっげー睨まれてる。
なんならクラス全員からの視線を浴びせられていた。
これぞまさに、とほほと言うやつだ。
俺が肩を落としていると柚木と目が合った。
その表情は驚きと怒りが混ざったような複雑な顔をしている。
やっぱ予想通りだったのかな?
それなら事を大きくせずに済んで良かったと考えよ。
 




