第三十五話
そのあと俺たちはボートを降りて目的地の施設へとたどり着いた。
それまでの間は特に何もなかった。
まぁちょっとした坂道を歩いてただけだからね。
俺と山口は基本会話はないし。
けどボートに乗る前と乗った後にはたしかな違いがあって、天気が晴れ風が心地よかった。
あと陽射しがやたら眩しいくらい。
山口は基本喋らないからね〜。
機嫌が直っても顔の角度が変わるくらい。
どっかの会長の眉毛と一緒だ。
まぁこの状況でペラペラとお喋りするのも変だけど。
多少は気を使うべきなんだろうね。
「やっぱボートで時間喰ってたんだね」
「うん……そうみたい」
既に俺らより先に多くの生徒が施設の椅子に座り談笑していた。
みんな楽しそうでいいね〜。
……。
なんか東西南北の西がこっちを睨んでる気がするが無視無視。
相手にするだけ面倒だからね。
俺達は自分のクラス付近まで近づく。
「まじ楽しみだべ?俺カレー作った事ねぇけど」
「うちはたまに手伝わされたなぁ〜お母さん鶏肉好きだからカレーの肉はいつも鶏だった〜」
「俺はスープっぽいカレーの方が好きだなぁ〜あんま煮込んでるカレーはちょっと……」
これが普通のモブ達の会話だよね〜。
集団でポイント掻っ攫おうとか。
学年トップの争いに巻き込まれるとか。
なんか友情崩壊が目の前で起こるとか。
そう言うのは勘弁して欲しいね。
山口は少し元気を取り戻したのかもう俺の袖を掴んではこなかった。
「そんじゃ俺たちも自分達の班に行きますか」
「うん……またあとでね」
俺は班の面子を思い出し身体が重くなった。
他人の心配してる場合じゃなかった。
確実に一悶着ありそうな雰囲気だがなんとか乗り越えるしかない。
山口が小声で何か言ってる気がしたが多分気のせい。
えっと確かこの辺のはず……。
「ちょ!まじマイマイその発想はやばすぎ!それならどんな男もイチコロじゃん!」
「だっしょー!馬は手綱を握るじゃん?男はチンコ握っときゃいいのよ!」
「「アヒャヒャ〜!!!!」」
班はすぐに見つかった。
なんて下品な会話をしてるんだ……。
行きたくない〜。
笑い方もゲラで汚いし。
でも舞浜のおかげですぐ場所はわかったわ……。
顔も声もでかいし。
「てかマイマイの手だとタマまで握っちゃうじゃん!」
「それ!いいすぎぃ!!」
「「ぶっっ!!!!」」
はいはい、仲良いですね。
まぁそれはいいとして。
木製で作られた雰囲気のあるデッキ。
見た目は古いと言う感想がまず出てくるが、よく見れば綺麗に形作られ丸太と角材の使い分けと色合いがなんとも言えない。
屋根に付いている蔦もおそらく敢えてそうしているのだろう。
そんな風情溢れる場所に場違いの妖怪たち。
まぁ千と千尋に出てくる妖怪かトロロだと思えば思うほど似合ってるけどね。
さてと……どうやってあの席まで行こうかな。
楽しく会話しているあの二人を横切れば確実にしらけてしまう。
かと言って席に座らない訳にもいかない。
ここはあれを使うか。
俺は特技の空気と同化して自然に身体を委ねる。
カメレオンのように背景と同化するこの技術。
風の流れ、光の屈折。
それらを駆使して人の視界に馴染む。
俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
一切の無駄なく自然な感じで自分の座席に着く。
よし、会話の邪魔する事なく席につけた。
癖になってるんだよね背景と同化するの。
任務完了だ。
ふふっ、これが真のモブキャラと言うものだ。
さらに俺はぬかりなく徹底したモブの行動をとる!
秘技!アームクロスインヘッド!
俺はそのまま寝たふりをした。
「ゲラゲラ!!!!あ〜おっかし〜……てかうちらの班来るの遅くね?……ってあれ?もういるじゃん!?」
「だね?いつの間に……てか寝てんじゃん!……まぁいっか、こいつクラスでも浮いてるし顔もあんまタイプじゃねえし話す事も無いし」
お、どうやら俺への評価は好印象みたいですね。
「美代のタイプってちょい濃い系でしょ?ソース顔ってやつ?」
「そうそう!堀があって目力は必須だよね!」
うんうん、まさに正反対だね。
いつも眠そうな目してるって言われるし。
「マイマイは?どんな男がタイプなの?」
「ん〜、あーしは顔より性格かなぁ〜やっぱ外見だけじゃその人の良さは分からないっつーか?あれ?もしかして!?今!?いいこと言ってる!?」
「「ウヒョヒョヒョ!!!!」」
台詞は凄くいいのに舞浜が言うとなんか悲しくなる。
つまり食えればなんでも良いと、そう言うことですね。
「マイマイ雑食だもんねー」
「つーか好き嫌いがないってわけ!」
ことあるごとに大爆笑する二人。
ここは居酒屋ですかね?
なんならもうハシゴして三件目のテンションだよ。
「ちなみに食べ物でも好き嫌いしないからねーって……柚木やっと来たのね」
舞浜の声が低くなる。
あ、俺は寝てますよ。
だから起こさないでね。
ちなみに特技其の2にいかにも寝ていて今起きましたってのがある。
コツは呼吸の仕方と欠伸、そして目を擦るだ。
ちゃんと頭の中でシュミレーションしておこ。
「柚木遅すぎ〜どんだけウチらを待たせんのよ〜」
今気づいたけど柚木呼びなんだね。
俺はあだ名とかで呼ばれた事ないからわからないけど。
やっぱ喧嘩したらそうなるのかな?
「あんたとだけは同じ班になりたくなかったのにね!まぁいいわ!私達の足引っ張らないでよね!」
俺は机の下から舞浜の足を覗く。
……プッ!
……引っ張るほど足ないじゃないですか。
言うならサッカーイレブンの壁山みたいなスタイルしてるし。
「おめえもさっさと起きろ!」
いて……何故か叩き起こされた。
俺の特技其の2が……。
俺は叩かれた部分を押さえ首を上げる。
正面の柚木はそれはそれは気まずそうな顔をしていた。
……二人に何があったかよく分からないけど。
おそらく対抗戦の時にペアになって。
柚木が間違えて。
それをわざとだと舞浜が言って。
そんな感じ?
まぁなんでもいっか。
俺はモブキャラなんだし。
考えるだけ無駄だよね。
「皆さんちゃんと全員居ますか?今から名前呼ぶので手を挙げるか返事をして下さいね」
俺は頭を摩りながら山本の話を聞いていた。
誰かさんに叩かれた部分がまだ痛い。
視界に山口が入った。
相変わらず肩幅を縮めて萎縮している。
さすがモブキャラ。
俺もあっちの班行きたかったな〜。
こんなキャラの濃いメンツと一緒とか勘弁して欲しい。
「それでは今から説明するからよく聞いてくださいね!」
……ん?
陰の隙間から見えた柚木の顔が少し笑っている気がした。
……ほんとこの展開やめてほしい。




