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第三十四話


 バスが着き多くの生徒が公園前に集まってく。


 その中には東西南北のメンバーも居た。


 東は仕方ないと言った感じで一人納得する。


 例の事件にけりをつけなくては。


 前はみんなに救ってもらったが今回は俺一人だ。


 そうじゃ無いと前に進めない。


 「北姉さんすみませんちょっと俺用事が出来て一緒に回れそうにないです」


 東は俯きながらそう言う。


 そんな様子を見た北は東の目を真っ直ぐ見つめる。


 「そう……一人で大丈夫なのよね?」


 「はい、申し訳ないです」


 「分かったわ、二人とも行くわよ」


 北は順路を進み始める。


 別に彼の行動に対してとやかく言うつもりは無いが。


 結果的にあの事件を招いてしまったのは自分だと。


 自分の責任だと北は思っている。


 だからあの事件絡みなら手を貸したいと思っていたが。


 東が一人で大丈夫と言う。


 ならそれを信じてあげようと。


 「北姉いいの〜?四人で回りたかったのに〜」


 すぐに西が反応する。


 「こら南!北姉さんが決めた事に文句言ってはいけませんよ」


 その発言にムッとする南。


 「西くんはどうせ本当はあの子と回りたかったんでしょ〜?片想い〜」


 南は西に指を刺して煽る。


 「ふふっ……そうなの西?」


 「ち、違いますって!」


 そんな背中を見守る東。


 しばらく経つと声がかかる。


 「悪いな東、本当はあいつらと回りたかっただろうに」


 背後から聞こえてくる。


 「全くだ、もう関わりたくなかったがな」


 その声の主は東山だった。


 「まぁそう言うな、はっきりしておきたい事があってな、俺らもそろそろ行こうや」


 「……あぁ」


 東は覚悟していた。


 今回に関しては一人で全て背負う事を。


 自分があのポジションに相応しくなるために。

 

 助けてくれたみんなのために。


 自分自身の成長のために。


 「にゃ〜」


 野良猫だろうか?


 その猫を見てふと東は昔の事を思い出した。


 あれは確か五歳くらいの頃まだ小学生にもなっていない。


 あの時は今とは違って活発で身体の大きさを誇っていた頃。


 俺は友達を何人も従えて天狗になっていた。


 自分に逆らう奴には容赦せずボコボコにした。


 「俺より強い奴いる?」


 それが口癖になっていた。


 両親にはよく怒られた。


 近所の人から家に押しかけられ文句を言われると。


 そして家の名前に傷がつくと。


 まだ幼かった俺は弱い奴が悪いと。


 悔しかったら喧嘩で勝ってみろと本気で思っていた。


 父親の合気道には興味はなかったが無理やり道場には連れて行かれた。


 そのおかげか地元じゃ負け知らずになっていた。


 このままてっぺんとってやるなんて思っていた。


 そんなある日。


 本当になんともない日だった。


 天気は良くも悪くもなく気温とか気ならないそんな日に。


 金髪ツインテールの女の子に出会った。


 朗らかに笑い綺麗な服、品のある仕草。


 彼女のどこを見ても褒める点しか見つからない。


 俺はボロボロのスニーカーに黒ずんだ血の跡やほつれたシャツ。


 住む世界が違うと思った。


 けど俺は負け知らず。


 あの子も俺の凄さに気がつけば話してくれるかも。


 今のままじゃ駄目だ。


 もっとビックな男にならないと。


 俺の噂が全世界に轟くくらい。


 そう思い俺はさらに隣町やもっとその先まで幅を利かせて行った。


 これで彼女に好かれる。


 女は強く勇ましい男に惚れるって親父も言ってたし。


 俺は毎日その子の家に通った。


 この柵越しにしか今は見れないが……。


 いつかは本気でここを超えてみせると誓った。


 しばらくして彼女には仲のいい男がいる事を知った。


 前髪を数ミリ単位で整えてるいかにも金持ちの坊ちゃんって感じだった。


 彼女はいけすかない野郎の前でも優しく微笑んでいた。


 納得がいかない。


 俺はあんなのに負けてるのか?


 俺が彼女の前であいつより強いって証明できれば俺の事を見てくれるんじゃないか?


 そう思ってた矢先にチャンスが訪れた。


 またまた別の日。


 いつもの日課に向かっている途中で。


 奴が家の外から彼女の家に向かっている所で出会えた。


 一匹の猫を抱えて。


 そんな猫とかどうでも良くて。


 あのお坊ちゃまより強いって証明する絶好の機会だ。


 身体もヒョロそうだし一撃だろう。


 いつもより気合が入った。


 「おい!お前!俺と勝負しろ!」


 「ん?……僕に言ってるの?それならお断りだよ……そんな野蛮な事して何の意味があるの?」


 そいつは俺を嘲笑うように見下すようにそう言ってきた。


 この時の俺はネジが一本や二本外れていたのだろう。


 勝負なんかしなくても彼女は僕の物だ。


 相手にすらならない。


 そう聞こえた。


 血管が切れそうだった。


 喧嘩で負けなしの俺を全否定。


 今までの全てが意味のない事だと。


 不思議とそいつの言葉はよく響いた。


 もちろん悪い意味でだが。


 そんな態度を取れるのも今のうちだ。


 そいつの抱えている猫も俺に牙を立て威嚇していた。


 俺は本能のままにその男をボコボコにした。


 気持ちよかった。


 さっきまで下に見ていた人間に見下ろされる気分はどうよ?


 何度も何度も顔を殴り腹を蹴り髪の毛をむしり。


 たまらない!


 これが力なんだよ!


 こいつにどれだけ人を魅了する力があったとしても。


 そんなもの無意味だ。


 「いた!……このクソ猫!」


 右足に激痛が走った。


 俺は瞬間的にその猫を蹴り飛ばす。


 怒りで我を忘れていたんだ。


 猫を飼った瞬間血の気が引いていく。


 「……ま、満足したのかい?こんなのが通用するのは子供だけだ、それが分からない人間って嫌だよね……哀れで可哀想だ」


 その言葉に俺は再び拳を作る。


 こいつの言葉はいちいち腹が立つ。


 なんかとにかくムカついてしょうがないんだよ!


 俺は馬乗りになり胸ぐらを掴む。


 それでもこいつはゴミを見るような目でこっちを見ていた。


 こんな奴は初めてだ。


 今までなら泣き縋って許しを乞うのに。


 こいつだけは別。


 ただそんなのがいつまで待つかな!


 振り上げた拳を下ろす。


 その瞬間。


 「何やってるのよ!」


 吹き飛んだ猫の先にいたのは金髪のあの子だった。


 彼女を見た瞬間。


 嬉しかった。


 口元は緩んでいた。


 俺がこいつより強い男だって証明もできた。


 しかもこんな近くでこの子を見れる。


 いつかあの柵を越えてやると思っていたけど。


 彼女から俺に近づいてきてくれた。


 もうこの男なんてどうでもいい。


 どうしよう?なんて声かけようかな。


 緊張で手汗が止まらない。


 だが彼女は俺の予想していた反応とは全く違った。


 泣きながら猫を抱えて俺を睨みつけた。


 あれ?


 なんで?


 どうして?


 そんな顔をするんだよ?


 「酷い……何でこんな事するのよ!敦!大丈夫なの!?」


 敦と呼ばれた男は不敵に笑っていた。


 それより何か彼女が俺に対して誤解をしているみたいだ。


 彼女に質問された言葉の意味を考えた。


 「は、はぁ?何でってそりゃ……」


 構って欲しかったから。


 話してみたかったから。


 喧嘩以外でのコミュニケーションを知らない。


 それに親父も強い奴が女は惚れるって言ってたし。


 まぁちょっとムカついたってのもあるけど。


 猫に関しては正当防衛だろ?


 だからさ……。


 そんな顔をしないでくれよ!


 「二度と私と敦の前に姿を見せないで!早く消えてよ!」


 その言葉を聞いて確信してしまった。


 俺は。


 間違ってたみたい。


 親父の言ってる事は全部嘘なんだ。


 何がてっぺんだよ。


 何が合気道だ!


 ふざけんなよ!

 

 「あぁ!!」


 俺は声にならない雄叫びをあげた。


 全部。


 全部どうでも良くなった。


 今まで頑張って来た喧嘩も。


 幅を利かせて最強の噂を広めるのも。


 それが彼女の元まで届くのも。


 柵越しでしか見られない彼女の笑顔も。


 毎日楽しみにしていた日課も。


 消えていく。

 

 この件は大人たちはただ子供が喧嘩をしただけと認知したらしいが。


 金持ちに手を出してしまったのが運の尽きだった。


 酷評はどんどん広まり道場の生徒はみんな離れていった。


 合気道を教える人間の子供が一方的に手を出したと。


 親父はブチギレると思っていた。


 でもただ歯を食いしばって何も言わなかった。


 当たり前だ。


 だって親父のせいだから。


 ただその夜はやけに静かだった気がする。


 俺は間違っていたんだ。


 喧嘩なんてろくなもんじゃない。


 全部。


 全部失った。


 二度としない。


 喧嘩なんてしてこなければ良かった。


 そしたらもっと違った彼女との出会いがあったかもしれない。


 こんな結末にならずに済んだのかも。


 親父は嘘つきだ。


 でも減らした生徒の責任は俺にもある。


 どうしていいか自分でも分からない。


 親父はただ一人俺と言う生徒だけを残し柔道を続けた。


 何もなかったように。


 それが気味悪かったし。


 重かった。


 そうして俺は今に至る。


 「俺はよ喧嘩が好きだ、頭を使わなくて良いしルールも存在しねぇ自由に出来る……おめぇはどうなんだよ?」


 「俺は……喧嘩は好きじゃない」


 「だろうな……」


 しばらく沈黙が続いた。


 この二人の付近には既に生徒が居なかった。


 「おめぇ花とか興味あんのか?」


 「まぁ多少は……」


 東山はクスクスと笑う。


 「女みてぇだな……まぁそれも構わねぇけどよ。そんなんじゃあいつらを守れねぇだろうが」


 声のトーンが下がる。


 さっきまでの緩い空気が抜けていく。


 「確かにお前の言う通りだ……今の俺じゃ皆んなを守れない、今まで逃げてばかりだったからな」


 いい終える直前に東山は胸ぐらを掴む。


 「お前本当は強えんだろ?武術習ってんのは受け身とってるのを見てすぐ分かった……けどよ喧嘩はカウンターじゃねぇ!攻めなきゃ駄目だ、それが出来るか?」


 合気道を習っていた東にとって自分から攻撃する手段が分からなかった。


 だが東は合気道を捨てた身。


 そのしがらみからは解放されている。


 昔に戻れるのか?


 間違っていたあの時に。


 それで本当にあいつらを守れるのか?


 いや。


 今度は失敗しない。


 俺にはもう信念がある。


 喧嘩をする理由がある。


 「ああ、約束する」


 東山は真っ直ぐ見つめた。


 東は目を逸らさず動揺も一切見せていない。


 手を下ろしにかっと笑う東山。


 「ふんっ!ちっとはまともになったな……よし!今から一緒にアヒルボートのるぞ!」


 「いや……それはちょっと……」


 「逃げねぇっつたろ!はよ行くぞ!」


 東山は東の肩に腕を回しアヒルボートに指を刺す。


 「いや……そう言う意味じゃないって」


 このあと二人が仲良くボートに乗ってるところを見た女子はホモだと勘違いされていた。


 「ねぇ!?あれ見てよ!」


 「ヌポォ!私のセンサーが反応してるわ!」


 「今年の文化祭に出す本はあれで決まりね!」


 ちなみにその情報は北や南の耳にも入ったらしい。

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