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第三十三話


 それから空気が悪い中ようやく現地に着いた。


 持ってきたお菓子には手をつけなかった。


 本当は食べたかったけど。


 あんな状況でムシャムシャ食べれるほど神経太く無いからね。


 ……今ちょっとだけ食べよ。


 そう思って小袋に入ったグミを口に放り込む。


 甘酸っぱいく嚙みごたえのある食感のグミだ。


 これは腹持ち良さそうだね。


 「はい!それじゃあ着きましたので皆さん素早い行動でお願いします!忘れ物はないように!降りたらすぐ整列して!」


 「ん〜!っと!やっぱ同じ体勢だとちょっと疲れるなぁ〜」


 「え〜!もう着いたの?」


 ざわざわとバスを降りていくクラスメイトたち。


 柚木も早々に降りていく中で俺と山口だけが残った。


 ……と言うか山口さんが降りてくれないと窓際の俺は降りられない。


 固まったまま山口はそれでも動かない。


 何か声をかけるべきなんだろうけど〜う〜ん。


 「着いたみたいだよ」


 「はい」


 「グミ食べる?」


 「結構です」


 俺は小袋からグミを取り出しいつぞやみたいに口元にねじ込もうとした。


 けど山口は口を開けてはくれなかった。


 ん〜これでまた上手くいくって思ったけどそんな事もなかったみたい。


 と言うか山口の唇触っちゃったけど別にいいよね?


 「私……何か間違ってたんでしょうか?」


 「ん〜どうだろ?」


 強いて言えば早く降りないと山本に文句言われそうだから早めに降りた方がいいと思う。


 俺はつまんだグミを自分の口の中に放り込んだ。


 気のせいか先ほどのグミよりやや硬い気がする。


 「言葉って相手に届かない事もあるんですね」


 「むしろ届かない事の方が多いんじゃない?」


 結局のところ自分の理想を相手に伝えてるだけなんだから。


 「私は……ただ柚木さんと仲良くしたかっただけなんです……元気になって欲しかっただけなんです」


 「柚木にはそう映ってなかったみたいだね」


 「新庄くん……私は間違ってますか?」


 「ん〜それを決めるのは俺じゃないからね」


 「なら……客観的に見てどうですか?」


 客観的……ね。


 みんなからはどう映るんだろ。


 そんなの俺には分からない。


 「山口は自分でどう思った?」


 俺がそう聞くとやや上擦った声で話す。


 「調子に乗った私が悪かったんです……」


 山口はすっかり落ち込んでいた。


 そりゃ落ち込みもするよな。


 こんな様子の山口を前に俺はなんとか聞ける言葉を探した。


 なんとか元気を出して欲しいが。


 気の利いた台詞なんかは言えない。


 所詮はモブキャラだからね。


 すると山本が顔だけバスの中に覗き込んできた。


 「コラ!二人とも素早く降りて!みんな整列してるんですよ?……山口さん?体調でも優れないのですか?」


 「大丈夫で〜す、すみません……すぐ降ります」


 適当に返事をして山口の方を見た。


 軽く頷いている。


 「ふむ……気分が悪いなら報告するように、新庄くん少し見てあげてください」


 そう言い残し騒がしい生徒たちの注意を始めた。


 「この後の自由行動俺と周る?一人で抱え込んでると悪い方へ進む一方だろうし」


 こんな時一人で抱え込めば鬱になってしまう。


 とりあえず誰かといた方がいいと俺は思ってるけど。


 しばらく返事はなかった。


 聞こえてなかったかな?


 「……うん、一緒に周る」


 聞こえてたみたい。


 ーーーー


 園内は木々に囲まれてる。


 公園ってよりはアスレチックス公園の遊具なしって感じだった。


 入り口前には園内の地図がモニターに映し出されている。


 さすが最新鋭の……ってもういいか。


 「このルート順に進む訳か……で一番奥の施設に料理器具やなんやらがあると、そこでグループごとにカレーを作りその結果で順位が変わる」


 「……うん……そうみたい」


 着いてからというもの俺の袖をずっと摘んでいる。


 まるで知らない親戚に連れて行かれる幼い子供のようだ。


 あれ嫌なんだよね挨拶とかめんどくさいし。


 けどお年玉欲しさについて行く。


 そして9割は生活費に持ってかれる。


 妹は駄々をこねて2割くらい貰ってたっけ。


 ごね得だよね。


 俯いたままの山口は震えている。

 

 怖くなってしまったのだろうか?


 人と関わること……新しく関係を築くことに。


 それなら俺から特に言うことは無い。

 

 山口の好きにしてほしい。


 「はい!皆さん!12時までには奥の施設まで集合してください!それまでは解説ボードで花の知識や写真を撮ったり、中央にある池で昔ながらのアヒルボートなどの遊具も好きに使ってもらって構いません、どれもメンテナンスが行き届いてますし最新式のものばかりです質問があれば受け付けます」


 「特にないで〜す」


 「花とかちょー興味ないんですけどー」


 「俺が一番乗りだー!」


 「いいですか?これは試験なのです!僕についてくれば高得点取れるに違いありません!」


 各々が自由に進み始める。


 「そんじゃまぁ……行きますか」


 山口は無言で頷いた。


 それぞれの花の前に小さなボタンが浮いている。


 結構花にも種類があるんだなぁ。


 全部で何種類くらいあるんだろ。


 そこを触るとスクリーンが浮かび音声付きで目の前の花について説明される。


 『こちらの花、キクは皇室の紋にも使われている日本を象徴する花のひとつです。キクは中国から奈良時代に伝わり、江戸時代に入ってから盛んに品種改良されるようになりました。こうしたキクを「古典菊」と呼び……』


 ……眠い。


 俺も山口も特に興味なかったのでどんどん先へ進んだ。


 会話は一向に進まず目的地まではどんどん進んだ。


 この調子だと駄目そうだ。


 きっとネガティブな感情が広がるだけ。


 考えれば考えるだけ下へ落ちる。


 気を紛らわせて後は時間に任せる。


 最終的に解決してくれるのは時間だからね。


 何かしらきっかけが必要だね。


 いつもは歩幅が同じだが今は会う気がしない。


 俺が引っ張らないと山口は進もうとしてくれなかった。


 たまに犬が飼い主よりグイグイ進んでるとこ見るけどあんな感じ。


 お年寄りのおばあちゃんみたいだ。


 ……なんか今袖を強く引っ張られた気がするけど多分気のせい。


 中央の池までついた。


 どうやら俺たちが一番のりみたいだ。


 「結構綺麗な池だね」


 天気は曇っていたがその池が青白く透けているのがよく分かる。


 晴れていればいい感じに日光が反射して光かがやくのだろう。


 「とりあえず乗ろうか」


 山口は何も言わずにずっと俺の袖を摘んでいる。


 このまま引っ張ってボートまで乗せよう。


 許可なんかなくても誘導できそうだし。


 やっぱおばあちゃんを引っ張る犬の気分だ。


 俺はボートに乗り込んだ。


 ボートはやや下へ落ちると浮力でまた上と浮く。


 中は結構狭い。


 「頭ぶつけないようにな……って遅かったか」


 山口は鳴き声を出してぶつかった箇所を摩っている。


 山口も座席に着いたのを確認して動かそうとする。


 あ、これペダル式じゃん。


 割と歩かされたのにここでも歩くなんてごめんだね。


 「俺は歩き疲れたので山口が漕いで」


 俺がそう言うと山口は俯き肩を震わせていた。


 やべ、怒ったかな?


 落ち込んでる女の子に冗談は通じないよね。


 早く謝ろ。


 「ごめん、冗談ーー」


 「……ふふっ」


 俺が慌てた様子を見せると山口は小さく笑っていた。


 「落ち込んでる女子に漕がせようとするなんて……ふふっ……新庄くんいじわるだね」


 あ、良かった、怒ってる訳じゃなさそう。


 俺はモブだからね。


 主人公みたいに気の利いた台詞なんかは言わない。


 「まぁ山口のせいで俺はダメ人間にされたからね」


 お隣の山口様にダメ人間にされた件だ。


 ちなみに俺は最近自分でも本当に駄目人間だと思っている。


 家事洗濯等全てを山口に任せてるし。


 ただ山口は何も文句を言ってこないのでそのまま甘えている。


 自分からめんどくさい事をやる自主性がない。


 「……ふふっ、……はぁ、なんか笑ったらスッキリした……」


 「よかった……あ、これ普通に自動で動くわ」


 よく見たらオートボタンが手元に付いているのに気がついた。


 俺はそれを押してボートに順路を委ねた。


 「意外と早いんですね」


 「そだね」


 モーターの音は静かで水を切る音がよく耳に入ってくる。


 微風に揺れる木々のざわつきも耳に心地良くあの五月蝿かった車内とは大違い。


 しばらくそんな時間が続いた。


 「柚木さん、あそこまでするとは思わなかった……」


 「だね、雑誌はどうしたの?」


 「……捨てました」


 だろうね、もう見たくもないと思う。


 余計な事を思い出すだろうし。


 「そっか……でもあんなに破かれたならもう見れないだろうしーー」


 「でもほとんど頭に暗記してるから問題なしです」


 そう言って俺の方を向きニコッと笑う。


 「そっか」


 「うん、そうです」


 ボートの隙間から陽射しが入り込む。


 周辺の水が陽を浴びてキラキラと輝き始めた。


 中央の池は一気に神秘的な場所へと変わる。


 青白い池が広がり。


 周囲は深緑で視界が埋められている。


 木々のざわめき。


 ゆっくりと風の流れにそって揺れ動く。


 そして隣に座ってる山口は表情が明るく。


 先程までのジメっとして空気はなくなっていた。


 「新庄くんってとっても不思議です……無理やり飴やグミ入れようとしますし全然気の利いた事言ってくれないですし」


 「なにそれ?悪口?」


 「はい、そうです」


 ですよね。


 俺も文句の一つや二つ言われてもおかしくないと思う。


 「けど……目に見えない形で優しくしてくれてます……本当に気を遣ってくれてるんだかドライなのか分かりません」


 ん〜気を遣ってるわけじゃないんだけど。


 ま、そゆことにしておこう。


 「……私、自分の容姿に自信がないんですけど……今だけは目を見て話したいです」


 そう言って山口はヘアピンを取り出し長い前髪を分けた。


 横顔からでも伝わってくる整った容姿。


 真っ白い肌が日に当てられさらに白く反射している。


 「い、一度しか言わないです!……その……いつもなんだかんだで……私の事を思ってくれてる……んだと勝手に思ってます……だから……その……あ、あり……ありがとうご」


 てか眩しい。


 俺はすぐに目を瞑り両目を擦った。


 ……。


 俺は何か重要な場面で目を閉じてしまった気がする。


 何故か俺たちは無言で見つめ合い山口の前髪がまた元に戻った。

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