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第二十四話


 季節は梅雨に入った。


 ここ最近は雨続きで陽の目を浴びることがなかったが今日は快晴。


 最高だね。


 雲一つない青空一面の世界がどこまでも続いている。


 鳥たちも囀っている。


 こんな素敵な日には地獄の業火で……燃えることもない。


 置いてあるアロマキャンドルの香りが鼻腔をくすぐる。


 俺はカーテンを開ける。


 と同時に窓も開ける。


 そよ風が室内に優しく吹いた。


 あっ、涼しい。


 入学してから約二ヶ月ほど経ち対抗戦も少し前の出来事に感じる。


 最近は平和でいいね〜。


 俺はあのオンボロアパートには戻らず無理やり山口の家に居候させてもらっている。そのため最近は一緒に登下校もしている。


 最初はまじで嫌がってたけどこう言う時は相手に呆れさせるのが一番効果的だ。


 ここ最近では小言一つ言わなくなった。ついに折れてくれたのだろう。


 あのアパートに居たならきっと蒸し暑さで今より何時間も前に目が覚めてた。


 と言うか眠れない。


 この二ヶ月で何か部活を作ったりバンド始めたり美少女転校生が現れたり大型巨人が攻めてきたりなんて事は一切ない。


 いきなりジオンが攻めてくることもないしニュータイプに目覚める事もないし、未確認生命体が攻めてきて巨大ロボに乗れ!ロボに乗らないなら帰れ!なんて言われることもない。


 ただ学校行って適当に授業受けて家に帰ってきてゴロゴロするだけ。


 これが輝かしい青春って事だよね。


 まさに俺の望んでいたシチュエーションだね。


 とりあえず歯磨くかー。


 トイレ前の洗面所で鏡を見ると寝癖のついた自分が映っている。


 「おはようございます」


 その後ろから山口が寝ぼけ眼のまま俺の方に来る。


 「おはよ〜あれ?替えの歯磨き粉ってあるんだっけ?」


 洗面台の下にあったかな?まぁいいや。


 俺は自分の歯ブラシに歯磨き粉を付けて残り少ない歯磨き粉を無理やり絞り出しそれを山口に渡す。


 「あ、ありがとう……放課後買いに行かないとないかも」


 「そういえば石鹸もシャンプーも少なくなってる」


 俺はシャカシャカと音を立てる。


 しばらく沈黙が続く。


 一切手を動かさない山口が気になりチラッと見るとジト目でこちらを見ていた。


 「それは私一人分しか支給されてないから足りなくなるのは当たり前だよ……」


 俺は手を止め横目で山口を見る。


 山口は歯磨き粉をつけた歯ブラシを見つめてた。


 「……早く磨いて学校行こう」


 「すぐそうやって話を逸らす……」


 山口はギリギリ聞こえる声でそう言った。


 「今日はいい天気だね」


 「……知りません、それよりどうして日用品が足りないか分かります?」


 ……。


 再びシャカシャカと音を立てる。


 俺は聞こえてないふりをすることにした。


 都合の悪い事は何も聞こえない。


 ーーーー


 寝癖を治し制服の袖を通す。


 玄関を閉めてエントランスを抜けると身体に陽が当たった。


 思ったより気温は上がっていてそろそろ衣替えの季節が近いかもしれない。


 てか早く夏服になって欲しい。


 てか蒸し暑い。


 俺と山口は基本的に会話はないので無言で校舎へ向かう。


 最近は歩幅が合うようになってきた。


 なんとなく感覚が身体に染み付いてきた。


 歩幅は狭いがやや早足なのが特徴。


 欠伸をして頭の後ろで腕を組む。


 今日の夜ご飯なにかな?


 そういえば数学課題出てるんだっけ?


 やるの忘れてた。


 後で山口に見せてもらお。


 と言うかそろそろ男友達一人くらいは作らないとなぁ〜。 


 けど正直言って今更感あるし。


 この時点で作れてないって事はもうできる見込みないんだろうね。


 今日も何事もなく平和な一日だといいなぁ〜。


 「ちょっと話いいかな?」


 ……。


 俺は歩くのを辞めない。


 これはあれだね、振り返ってはいけないよってやつだね。


 あの時の千尋は振り向きたかっただろうけど俺は全くそんな事はない。


 「ねぇ?あなたたちのことなんだけれど」


 距離を作ったはずなのに何故か声が耳元からする。


 流石に肩をポンっと叩かれたので後ろを振り向いた。


 そこには赤いジャケットを羽織った黒髪の女性がいた。


 例えるならf○oの遠坂凛見たいな人だ。


 何故か黒の眼帯をしている。


 瞳の色は淡い蜂蜜色だ。


 大人の女性って感じがして声もややハスキー。


 「俺ですかね?それとも山口の方ですか?」


 「2人ともね、私は2年の山吹 香澄よ」


 彼女からシトラスのいい香りが漂ってきた。


 クール系お姉さん。


 最高だね。


 細長い足が凄く特徴的だ。


 「山吹……香澄……どこかで聞いたような……」


 山口が小さい声で呟く。


 「それで?要件とは?」


 「実は隣にあるアパートの住人を探しているのよね、全員こぞって居ないみたいだし……まぁそれはいいとしてあそこに居るはずの一年生が居ないのよね」


 あそこに居るはずの一年?


 あのオンボロアパートに親指を指している。


 あそこに住んでいる人間……。


 ぎくっ!


 「……?新庄くん?どうかしました?」


 「いや……別に」


 俺は二人とも目を合わせないように遠くを見つめた。


 何だろう……凄く嫌な予感がする。


 「名前は覚えて居ないんだけど多分あいつらのことだからちょっとでも仲間を増やして居るんじゃないかと思って……まぁそれはいいとして、その一年生について何か知らないかなって」


 山吹先輩の視線が俺の瞳に映る。


 真っ直ぐな瞳で俺の心を探るように見ていた。


 そんな綺麗な目で見ないで欲しい。


 俺は次元とアゲハ以外にあのアパートに住んでいる人を知らないが一年で不在となると多分俺のことだろう。


 いや……待てよ?


 確かもう一部屋空いてた気がする。


 もちろん表札とかないのでそこに住人がいるのかも分からないけど。


 きっとその人の事だ。


 うん、間違いない。


 ここは惚けよう。


 「……いえ、俺たちは全く知りません、第一友達も殆どいないし知り合いですらないので申し訳ないですがお役にたてなさそうです、それでは山吹先輩失礼します」


 「あっ……え?」


 俺は山口の手を握り早足で歩き始めた。


 「待ちなさい、貴方が知り合いでないのは分かったわ……彼女の方はどうかしら?」


 まずい、山口は俺があそこに住んでいる事をもちろん知ってる。


 俺は握っている山口の手をニギニギして言わないでくれとアピールした。


 お願い!神様!仏様!山口様!


 この人たちと関われば確実に抗争やらなんやらに巻き込まれて面倒な事になる。


 俺は平和にモブらしく学園生活を送りたい。


 そんなビックイベントはラノベ主人公の大谷に頼んでくれ。


 多分あいつならなんとかしてくれる。それか情報屋の乾とか。


 山口の前髪で隠れて見えない目元がなんとなく俺と山吹先輩を交互に見てるのが想像できた。


 「……わ、私も分かりません」


 た、助かった〜。


 お礼のニギニギもしておいた。


 「そう、引き留めてごめんなさいね……もし何か分かったら教えて欲しいのだけれど……そうな連絡先でも交換しておけばこの後……」


 そう言ってポケットからスマホを取り出そうと手を突っ込み始める。


 意外としつこい先輩だ。


 「いやぁ〜ちょうどスマホ忘れてて〜それじゃ失礼します」


 「あっ!ちょっと……」


 俺は愛想笑いしながら早足で再び歩き始めた。


 山口も引っ張られるように歩き始める。


 俺はマンションが死角に入ったタイミングで足を止める。


 山口は既に息が上がってる。


 「今日の歯磨き粉と石鹸は俺が買うよ、他にも欲しいものあったら言ってね」


 「う、うん……それはありがと……新庄くんって本当分かりやすいね……と言うかなんで逃げるんですか?そんな悪そうな人には見えませんでしたしあの人の名前何処かで聞いたことが……」


 山口は考えるような仕草をしながらそう言った。


 俺は山口の肩にポンと手を置く。


 「あの人確実に面倒な事に巻き込むつもりだろうし関わりたくないね」


 「そ、そうなんですかね?」


 間違いない、俺の第六感がそう言ってるんだよね。


 次元とアゲハの名前が出た時点で抗争ルートのフラグみたいなものだし。


 「そ、それなら私はすでに巻き込まれているんですが」


 「うん?なんの話?」


 「またそうやって惚ける……本来なら部屋は」


 「山口さん……いやこれからはご主人様と呼びます」


 俺がそう言うと明らか嫌そうな顔をしていた。


 「そ、それはちょっとやめてください」


 「分かりましたご主人様、それじゃ学校行こうご主人様」


 「ほ、本当にやめてください!周りから変な目で見られますよ!あぁっ!ち、違うんです!これは彼が勝手に呼んでるだけで!」


 あたふたとする山口。


 反応が面白い。


 もうちょいこの反応を見たいね。


 その後はしばらくご主人様弄りをしながら学校へと向かった。

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