表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/116

第二十一話


 2ゲーム目が始まった。


 お互いに5分ほど休憩した。


 水分補給だったり汗を拭ったり。


 おかげか先ほどの妙な感覚は薄れた。


 とりあえずいつも通りだ。


 コートチェンジして相手サーブ。


 まずは西のサーブだが、なかなか打とうとしない。


 そりゃそうだ。


 打ちづらいだろうね。


 視線の先は対戦相手の俺ではなく北さんを見ているようだった。


 そりゃまぁ俺も西がシャトルをラケットに当てられるとは思わない。


 思わずニヤけてしまう。


 まさかの自分達のボスに恥を晒すとは。


 気まずいだろうね〜。


 プライドも高そうだし。


 他人が大恥かくのを想像するだけで笑いが溢れてくるね。


 西が大きく息を吸ってシャトルから手を離す。


 俺も一応レシーブの準備に入る。


 だがやはりその必要はなかった。


 大きく振りかぶったラケットは空を切り、そのままシャトルが重力に従い落ちる。


 一緒にこの静寂も切ってくれればいいのにね。


 ……クッ。


 吹き出しそうになるがなんとか堪える。


 「新庄くん、ちゃんとやって下さい」


 「はい」


 危ない、あやうく思いっきり吹き出すところだった。


 静まり返る体育館内。


 ギャラリーの視線が一点に集中する。


 ほとんどの人が北さんを見ていた。


 何か西に言うのではないかと。


 西はただ一点。


 落ちたシャトルを見つめていた。


 と言うか睨んでた。

 

 メガネくん、シャトルは悪くないですよ。


 だが北さんは特に何も言わずにただそっと目を閉じた。


 周囲は安心するように胸を撫で下ろす。


 けどさっきより明らかに空気が悪くなってる。


 歓声みたいなものは一切なくなりただ試合の行く末を見守っていると言った感じだ。


 「あ、相手チーム大丈夫なんでしょうか?」


 山口がこっそりと声をかけてくる。まぁ元々声は小さいから本人はそのつもりないかもだけど。


 「さぁ……」


 「わ、私も全然打てないので少し感情移入してしまいます……しかも色んな人からの目線やプレッシャーもあって……私なんかより数倍悔しいんだと思います」


 そう言って山口はラケットを見つめる。


 出来ない人同士惹かれ合うって事かな?


 「うん、そっか」


 適当に返事をすると山口は一歩こちらに近づいてくる。


 「な、なにかコツとかありますか!?わ、私……少しでも足を引っ張らないよう……になりたい」


 ジッと俺の方を見つめてくる。


 視線は前髪で隠れているがきっと目をジッと合わせて離さないのだろう。


 ……俺は何を求められていてどれが答えなのかわからない。


 より多くの願いを叶えるべきなのか。


 それとも一番期待に応えたい人の願いを叶えるべきなのか。


 自身のために動くべきなのか。


 大半は相手チームに勝って欲しいと思っているはずだ。


 そんな誰もが望んでいる展開を提供するのがモブキャラの役目。


 少しギクシャクしながらもモブキャラを倒して絆を深める。


 そんな理想的な展開だ。そうすれば観客達も喜ぶ。


 けどそれじゃあモブキャラ視点ではどうだ?


 それを望んで居るのか?


 それに俺自身は……。


 本当にどうしたいと思って居るんだろうか。


 前髪を触り山口から視線を逸らす。


 いつもなら山口から視線を逸らしてくるのだが……。


 「まぁ……常に視線はシャトルを見て軌道を読むことかな……あとはラケットの感覚さえ掴めればって感じだね」


 とりあえず基本的にはこの辺りさえ押さえておけばなんとかなるだろう。知らないけど。


 「あ、ありがとうございます!やってみます!……視線はシャトルを……ラケットは友達……」


 俺から距離を置き自主練を始める山口。


 なんか独り言言ってるけどそのくらい自分の世界に入って集中してるって事なんだろうね。


 思えば長い事試合再開されてないけど……いつ始まるんだろ?


 周囲を見渡すと他の生徒達も同じようなことを考えてそうだ。


 ボソボソといろんな声も聞こえてくる。


 「南ちゃん胸デカくね?」


 「ばっかお前胸だけじゃねえだろ!お尻も見とけ!太ももだって体操着越しからでも伝わってくるだろ!あのムチムチ感が!」


 わかる。


 「対戦相手の女の子は全くないな……なんと言うかこれが格差社会なのか……」


 うんうん、超わかる。


 「……西くん頑張ってください!私クールメガネドS系男子めっちゃ好きなんです!」


 ……。


 今にもよだれ垂らしそうな勢いで荒い息遣いしているあの女子は大丈夫なんだろうか。


 「……新庄くん?さっきから頷いたら固まったり……何してるの?」


 「あ、いや……何でもないです」


 山口に睨まれた。


 気がつけばギャラリーの数は俺たちが来た時よりも増えてる気がする。


 300人くらいいるのかな?


 ここは早くモブAとしてさっさと負けてこの場から去りたいところなんですが。


 西は歯を食いしばっている。


 俺からしたらあれもカッコつけてる演技にしか見えない。


 メガネのせいでなんかいい感じの試合になってきてる。


 何故あんなに大口叩けたのか。


 ーーーー


 ようやく試合が続行された。


 二球目のサーブももちろん入ることはなく、ただシャトルが落ちていくのを眺めていた。


 ちょうど西がサーブの時に北さんが戻ってきてしまった。


 タイミング悪いね。


 トイレでも行っていたのだろうか。


 生徒が道を譲りそのセンターをゆっくりと静かな足音で先程のポジションに着く。


 「はぁ……がっかりだわ……東もそうは思わない?」


 落ちたシャトルを拾おうとする西の手が止まる。

 

 表情こそ見えないがその手は震えていた。


 意識が朦朧としているのか上手くシャトルを掴めずにいる。


 あ〜これはあれですね、西くんアウトですわ。


 ざわついていた周囲が静かになる。


 凍りつくような空気感が漂う。


 やや聞こえてくるざわつきと南ちゃんの乱れた呼吸の音、そしてアワアワとしている山口。


 うわぁ……なんかめっちゃ気まずい。


 なんで俺はこんな事に巻き込まれてるんだろ。


 山口もこちらをチラチラ向いている。見られても困るんだが。


 北さんが体育館シューズの踵をわざとらしく踏み込み音を立てる。


 「そろそろ行きましょう、時間の無駄だったわね……」


 その声と同時に西が顔を上げた。


 「北姉さん!僕はまだ……」


 「諦めろ西!!お前は俺ら東西南北四天王には不要だ!!」


 静寂を切り裂くように東の声が体育館に響く。


 はいはい、よくある展開ですね。


 ところで何で俺はこんな三文芝居に付き合わされてるのかな?


 てかなんだよ四天王って。


 明らかに主要キャラ達の友情崩壊編が始まってしまった。


 そんなん他所でやってほしい。


 けどまぁ周りのモブ達も空気読んでるしここは俺も流れに従うべきだよね。


 ただ東とかいう奴の声に少し違和感があるんだよね。


 まぁどうでもいいけど。


 北さんはつまらなそうに西を見つめると視線を横にずらす。


 「南はどう思う?彼が今後私たちのグループに必要だと思うかしら?」


 「南は……別にどっちでもいいかなぁ〜って感じ〜北姉に合わせる〜……やる気はあるのかなって感じもするし……」


 発言とは裏腹にその声はどこか濁ってるようにも聞こえた。


 顔を見れば分かる。


 南ちゃんの人の良さが。


 凄く辛そうだ。


 西のせいで厳しい展開まで持ってかれてるのに、それでも仲間だからってのが伝わってくる。


 北さんは面白くないのかスマホを取り出した。


 分かる分かる、特に意味もなくスマホ出しちゃうよね。


 そして北さんは深くため息を吐く。


 「そうね、残念だけど西くんはもう私たちのメンバーではないわ」


 凍りつく冷たい声が体育館に広がる。


 寒くて凍えそうなその声が心の底にまで響いたのは間違いなく彼だ。


 周囲の生徒の視線は自然と西の方へと集まった。


 なんとなく俺もそれに従って西の方を見る。興味ないけど。


 「そんな……僕は……うっっ……!うっっぁぁ!!」


 声にならないような鋭く尖った悲鳴が響く。


 決して声量があったわけじゃないけどその悲壮感がそう映し出してるのだろう。


 しかもそれはあのキザでいけすかない西から発せられているのだからそりゃもう五割り増しくらいに聞こえるね。


 周りの奴らも空気読んで見守ってるけど早くサーブ打って欲しいんだよね。


 一秒でも早くこの場から去りたいのに。


 西は膝を落とし俯いた。


 いやいや、そう言うの要らないから。


 けど見事なまでのorzのポーズ、写真撮りたい。


 隣にいる南ちゃんはラケットをクルクルと回している。


 平然を保つためにああしているのだろうか。


 視線を逸らし聴覚も閉じているのだろうか。


 多分良い子だろうから意識が少しでも持ってかれたら声をかけそうになってしまうのだろう。


 「あ、相手のチーム……大丈夫なんですかね?なんか喧嘩のレベルで済まないような話し合いしてるような」


 耳打ちしてくる山口に俺も手を添えて声をかける。


 「大丈夫じゃない?何なら作戦通り相手にとって一番嫌な展開になってるし……俺ら的には」


 「で、でも……なんだか可哀想です」


 俺の声を遮るようにそう言う。


 「そうかな?これなら二回戦も余裕みたいな事言ってたけど?確かこんな感じでメガネをくいくいしながら」


 俺は西のモノマネをして架空のメガネをくいくいする。


 それをジト目で見てくる。


 「この空気でよくそんな事出来ますね……」


 「俺はモブキャラだけどただのモブキャラじゃないからね、だから損する立ち回りはしないんだ、だから相手のコンディションが悪くても関係ないよ、つまりはそうゆうこと」


 「それはあんまりじゃないんですかね……わ、私は……あまりずるして勝ちたくは無い……です」


 体操着のズボンをギュッと握る山口の手から何か感情的なものが伝わってくる。


 なるほどね。


 別にズルではないと思うけど。


 戦意損失している相手と試合したくないと。


 そう言う事ですかね。


 それとも手汗拭いてるだけかな?


 「おほん!えー時間も押してるためすまないが試合を続けてもらってもいいかな?」


 山本が催促すると南ちゃんは西を気にせずシャトルをこちらへ飛ばしてきた。


 これ以上北さんの時間を潰すのは申し訳ないとでも思ったのだろう。


 一人で勝って見せるという意思が伝わって来た。


 俺はすかさず相手コートへレシーブししばらくの間長いラリーが続いた。


 明らかに先ほどより鋭い。


 返球スピードも速い。


 かなりコーナーも付いてくる。

  

 北さんを前にスタミナ配分とか余裕なくなったのかな?


 俺は何度もギリギリのとこで相手コートへとシャトルを飛ばす。


 出来れば山口が返球出来なくて落ち込む姿を見たくはない。


 俺は飼い主にしっかり尽くすタイプだからね。


 極力山口のカバーを優先しているため。


 立ち位置はどうしてもセンター寄りになってしまう。


 そのため無駄にスタミナを消費させられるが。

 

 山口にはちょっと嫌われるかもしれないけど。


 これしかないよな。


 俺はグリップを強く握りなおしシャトルを西が居る方へ何度も飛ばす。


 立ち直れてない西はもはや置物状態。


 スポーツマンシップのかけらもないけど。


 シャトルを弾き相手コートに飛ばした瞬間視界に山口が映る。


 頭の回転が加速する。


 体育館シューズの擦れる音が聞こえる。


 周囲の視線や呼吸、シャトルの軌道それらが俺の目の前でどう動いているか。


 まるで世界がゆっくり動いているような……そんな感覚だ。


 今ならこの場全てを把握して理解できるような。


 そんなレベルで脳に電流が走った。


 だから気がついてしまった。


 あらゆる事への矛盾点やそれぞれの感情に想いに理想に。


 あれ?てかなんで俺勝とうとしてるんだ?


 負けてさっさと終われせるんじゃなかったっけ?


 勝つのは山口の為。


 それなら西を狙って勝つやり方では山口は喜ばない。


 手前にドロップされたシャトルを大きくロブで打ち上げる。


 体育館の照明とシャトルが重なる。


 その瞬間足を後退させながらコート内を見渡す。


 ……これでいいのかな?


 ラリーを続けているうちにそう思ってしまう。


 この調子なら山口に勝利を渡せる。


 でも山口は納得してくれるのかな?


 そしてこれは俺が求めるものなのか?


 世界が求めてるものなのか?


 「ちょ!それずるいって……てか西くんも邪魔なんだけど!」


 俺と同じく南ちゃんも余裕がなくなってきたようだ。


 邪魔しているのは西くんだけじゃなくその大きな胸もかなりのハンデだろう。


 服越しにでも分かるその大きさ。


 常々思うけどやっぱ光と影の入りって凄く神秘的なものを感じるよね。


 そしてハンデのない山口さん……。


 いや、これ以上はやめよう。


 どうも余計な事を考えるのが癖になってるみたい。


 俺は裏をかき相手コート右手前にドロップする。


 それを南ちゃんは全力で取りに行くが間に合わず無事一点を取ることが出来た。


 泥臭く勝利を勝ち取る。


 それってモブキャラのする事なのか?


 いや……これでいいんだ。


 俺はそう決心する。


 そこからは連続でポイントを取り続けワンゲーム取ることが出来た。


 今回だけは……山口の為にも勝ってあげたい。


 誰も望まないそんなルートがあったっていい。


 この場にいる生徒や東西南北とか言う連中や……そして山口が望んでないルート。


 そもそも正解すら分からないんだから。


 他人が謳う正解なんて無責任な押し付けに過ぎない。


 「おいおいまじかよ!?西のせいで負けちゃうじゃん!あいつまじでふざけんなよな!?この空気の中でよくただ突っ立ってられるよな!」


 「ペア組ませれた南ちゃんかわいそう西のせいで北さんに責められたりしちゃうじゃん、南ちゃんは悪くないのに」


 「てか邪魔だからコートから出ればいいのに……あそこでウジウジされる方が迷惑だっつうの気持ち悪いな」


 周りの空気が悪くなった。


 不安は怒りへと変わりその矛先は西へと。


 てかさっきまで西くんとか言ってたのに呼び捨てですか。


 世間様は怖い。


 北さんもイライラが隠せないようで周りの人達もバツが悪そうだ。


 その後も俺らはポイントを取り続けた。


 その度に西くんにヘイトが溜まっていく。


 体育館内も既に諦めムードだ。


 なんだか俺だけが得する展開になってる気もするけど……。


 ちなみに試合に勝てば俺は寿司が食える。


 って考えたら労働に対して見合ってない気もするけど……。


 ま、いっか。


 何でも漫画みたいに全員が望む展開に行くとは限らない。


 だからモブキャラの俺が美味しい思いをしたっていいじゃないか。


 と言う訳で揺れるネットと南ちゃんの胸と色んな想いを加味して俺は自分が得する方向へと向かう。


 ーーーー


 南ちゃんのショットがネットスレスレに当たりそのまま弾かれ自身のコート内へと落ちる。


 流石に限界なんじゃないかな。


 「いい感じだね、あと一ポイントで勝てるよ」


 「……は、はい……私は何もしてないですが……」


 「そう?まぁ確かに山口のおかげとは言わないけど……まぁヒーラーではないし……う〜んマスコットキャラ的な?」


 「なんだか納得出来ないです」


 山口は浮かない顔をしていた。


 それは山口自身が活躍していない事とは関係なく、何か悩んでいるようだった。


 山口は西と北さんを見つめている。


 その横顔見ていると……。


 なんだろう……。


 なんか今の俺は柄にもなくお節介をやこうとしている。


 よく分からないけど衝動が抑えられない。


 なんなんだこの感覚は……。


 ただ一点その長い前髪の奥に光る瞳に目を奪われる。


 それは本能に身を任せたくなる。


 俺の心を制御している物が薄れかかっていく。


 彼女は正義感とか自己顕示欲とか。


 そんなことで動こうとしてるんじゃない。


 自分が弱い事を分かってて。


 自分より強い人が弱ってて。


 それをただ見るだけ。


 それが嫌なんだろう。


 自分より強い人を助けない理由にはならないんだろうね。


 山口が強い人間じゃない事は分かってる。


 他の誰より自分自身がそれをよく知っている。


 自分から他人に声をかけるのが苦手だ。


 もし無視されたら?認識すらしてもらえなかったら?そんな事が頭をよぎる。


 他人との距離を近づけるのが苦手だ。


 誰とも共感を得られなかったら?心の底では笑われてるんじゃないか?そんな不安で埋め尽くされる。


 傷つくのも傷つけるのも嫌でだから成長するのを諦めて。


 そんな弱い山口が今……。


 ただ迷っているその姿を見て。


 俺は背中を押してあげたい。


 彼女は決して見返りが欲しいわけじゃない。


 そんな難しい事は考えてない。


 ただ一声かける。


 その勇気や自信を彼女に分け与えたい。


 必ず届くはずだ。


 迷うな。


 山口はもっと自信を持っていい。


 不安なのは分かる。


 前に進んでいない山口が西に声をかけるのは到底理解されない行為だ。


 行かないのが普通で行けばKYとか異端だとか変わり者だとか言われるに決まってる。


 じゃあ今後一生本音を隠して生きていくのか?


 そんな生き方でいいのか?


 誰かがほんの少しきっかけを……背中を押してあげるだけで人生が変わるかもしれない。


 いけ……。


 いってくれ。


 そんな気持ちが溢れてくる。


 他の誰でもない山口が言って欲しい。


 「山口!言いたい事あるなら言った方がいい!」


 気づけば俺は口が開いていた。


 山口も驚きが隠せていないようだ。


 お互いの瞳が交差する。


 こんなにもしっかりと目を合わせたのは初めてかもしれない。


 山口は固唾を飲んでいた。


 俺は……自分でもどんな表情をしているか分からない。


 でもこんなセリフ言うとは思わなかった。


 けど不思議とこれが自然だとも思えた。


 俺は親指を立てた。


 それを見て山口は覚悟を決めたらしい。


 一歩また一歩とぎこちない足取りで相手コートへ向かう。


 あれが山口と言う人間なんだ。


 だんだんと熱が冷めてきて冷静になる。


 はぁ……自分でもらしくない事しちゃったね。


 ちょっとびっくり。


 今後は控えよ。


 「ちょっと西くん!本当に邪魔なんですけど〜」


 「お前のせいで負けちゃうだろうがぁ!」


 「尊敬してたのに……ちょっとがっかりだなぁ」


 山口は言い争ってる彼らの方へゆっくりと歩いた。


 頑張れ。


 声をかけるのはそんなに難しい事じゃないけど。


 この状況下で。


 自分より立場が上の人に。


 少ない自信を分ける。


 山口だって他の人より余裕がないのは確かだ。


 そんな彼女が言うんだから。


 だから応援したくなる。


 だって俺だったら絶対行かないからね。


 「西!いい加減にしろ!南と北姉さんを困らせるな!」


 無口な東が怒鳴り声をあげ体育館は一気に静かになった。


 「西くん……あなたの代わりなんていくらでもいるわ、その辺にいる苗字に西が入っている人を適当に連れて来ればいいもの」


 北姉さんがそう言うと周りから歓声が上がる。


 「お、おれ!西野です!」


 「俺は西村!そんなのより使えます!」


 「僕は西松!ぜひ結婚を前提に!お願いします!」


 俺も俺もと西が現れた。


 そんなにいるんかい。


 てか変なの混ざってなかった?


 「ん?何かしら?活躍できないもの同士慰めでもするの?それとも貴方も苗字に西が入ってるのかしら?」


 そこに立ってるのは産まれたての子鹿のように震えた小さな女の子だ。


 きっと見下しているんだろうね。


 いいよね〜。


 カーストが上の人は常に余裕がある。


 だから今の山口がどんな決意でそこにいるのか理解できないだろうね。


 ……本当嫌になるよ。


 そんな挑発には目もくれず山口は俯いている西くんの前に屈み込む。


 「あ、あの!」


 声はかけたもののどうしていいのか分からないのかアワアワとしていた。


 頑張れ山口……。


 山口はチラッと俺の方を見た。


 俺は頷く。


 そこまで行ったんだから。


 大丈夫だよ。


 そんな気持ちを込めて親指を立てる。


 「わ、私も全然運動出来なくて……で、でも私とあなたは全然違くて」


 山口は西くんの前にラケットを置いた。


 西くんは微動だにしない。


 「わ、私は弱い部分を見せ慣れてるから……ううん、見せる相手も居なくて……でもあなたは友達がいて自分を見て欲しくて……認めて欲しくて」


 10分以上顔をあげなかった西くんが山口の方を向いた。


 「わ、私からしたらそれは凄く羨ましい……」


 ここにいる誰よりも弱い声で山口は語る。


 この場面で何でこの子は話しかけているのだろうか。


 敵に対して何故そんなに優しいのか理解出来ていない様子と言った感じだ。


 西は山口の言葉に歯を食いしばる。


 「っく!……なんです?この僕に説教ですか?別に同情して欲しいなんて思ってもいない!第一君も、まともに打てていないじゃないか!なにを偉そうに!」


 「そ、そうだね……だからちょっとだけ私を見てて……頑張るから」


 そう言って山口は立ち上がり足をガクガクさせながらこっちのコートに戻ってきた。


 たったこれだけ。


 この小さい勇気がどう影響するかは分からない。


 何も変わらないのかもしれない。


 くだらないとか。


 しょうもないとか笑うかもしれない。


 うん、笑えばいいと思う。


 これは弱者にしか分からないから。


 こんな限られた事しか出来ないのだから。


 俺はそんな山口を尊敬するよ。


 どんな偉業を成し遂げた人より。


 今目の前にいる山口の方が何倍もカッコよく見える。


 足は震えてるけどね。


 「お疲れ……言いたい事は言えた?」


 「う、うん……新庄君にも私のこと見てて欲しい……」


 いつもは前髪で隠れている瞳が今ははっきり見える。


 「うん、期待してるよ」


 そうして試合が再び始まる。


 ゲームカウントは1対1、ポイントは3対0とこちらが有利。


 俺と南ちゃんのラリーが続く。


 俺もそろそろ足が限界だった。


 あ、やべっ……。


 返球が甘くシャトルがフワッと上がってしまった。

 

 相手にとって絶好のチャンスだ。


 その隙を逃すまいと南ちゃんがコート前へ走り高くジャンプする。


 これは返せないと俺は瞬時に判断した。


 息つく間もなくスマッシュが振り下ろされる。


 俺は足を止めた。 


 仕方ない、1ポイントくらい問題ないでしょ。


 だがシャトルは地面につく前に相手コートへと放り込まれた。


 あれ?


 まだ終わってない?


 山口がスマッシュを打ち返したのだ。正確には当て返したって表現の方が正しいけど。


 体制は崩れていてシャトルもギリギリ相手コートに向かっている。


 だがそれも南ちゃんはスマッシュで打ち相手に一ポイント渡してしまう。


 静まり返っていた体育館内からものすごい熱気と声が上がる。


 「す、凄え!普通に熱い試合になってきたじゃん!」


 「あの子よく返せたね〜?」


 「おいおいバドミントン部に入って欲しいぜ!」


 点は取られてしまったが悪い気はしなかった。


 体育館の暗く重い空気が一気に熱く盛り上がった。


 気のせいかもしれないが北さんも笑っていた気がする。


 「西!頑張りなさい!もし勝てたらさっきの話は無かったことにしてあげるわ」


 その声で西くんの目つきが変わった。


 先ほどまでとは何もかもが変わっている。


 山口のたったあれだけの勇気が。


 この状況を作り上げたのだ。


 もちろんきっかけに過ぎないんだけど。


 でもやっぱり凄いと思うよ。


 俺も頑張らなきゃね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ