第十八話
結果は勝利した。
すごいあっさり。
端折って入るが、実は物凄い心理戦が……これと言ってあったわけではないので、だらだらと説明しても仕方がない。
黒井先生の質問に対し俺がネイティブな英語で返すと山口もすかさずネイティブな英語で答えていた。
負けてられないと思ったのだろう。
若干俺の回答の邪魔をしているように感じたが……まぁ勝てたので全てよしだ。
これで不安要素は無くなった。
……と思いたい。
二回戦目は午後かららしい。
それまでは自由に行動していいみたいだ。
俺と山口は教室に戻り勝利の余韻に浸る事とした。
「いやぁ〜得意な英語で助かったよ山口もなかなかネイティブな発音だったね」
「あ、あはは……ありがとう……はぁ」
溜め息つかれたような気もするが気のせいだろう。
ちなみに相手チームのモブたちは負けた後お互いを讃えあって次の試合に向けて頑張ろうと言っていた。
なんだあいつらいちゃついて、モブの風上にも置けないな。
まぁ、勝っておいて言うのもなんですが。
残り一戦。
もちろん勝ちたいが最悪負けても問題ない状態。
うんうん、一安心。
特に変なイベントも起こる事なく順位を上げて貧乏生活から脱出だ。
あのオンボロアパートとはさっさとおさらばして強制イベントを回避する。
明らかにキャラの濃いメンツ達と一緒にどでかいイベントに参加させられるのだけは勘弁だ。
俺は目立たないけどそこそこいい感じのモブになりたいのだ。
分かりやすく言うならインフレしすぎて強キャラなんだけどかませ犬になってるモブみたいな。
ワンチャンピースで言うなら新世界にいるモブキャラで懸賞金めっちゃ高いのに一瞬でやられるみたいな。
そんなポジションが理想的だ。
頭の中で色々考えていたがふと我にかえる。
静かな教室。
俺たち以外は誰もいない。
最近は流れに身を任せすぎて気づいたら教室の中にいるなんて事がよくある。
みんな今頃試験の最中なのだろうか。
それとも終わってどこかで暇を潰しているのか。
山口もやや興奮気味だし適当に会話しとくか。
「そういえば山口って兄弟とかいるの?」
「ううん、一人っ子」
首を横に振る山口。
ふ〜ん。
「そうなんだ、俺は兄と妹がいてさ、兄は優秀で妹は何故か俺に厳しくてさ〜」
腕を頭の後ろで組む。
俺は教室の天井をボーッと眺めた。
真っ白で綺麗な天井。
他の人達はどうしてんだろうな。
まだ試験中かな?
「そ、そうなんですね……私も兄妹欲しかったな……」
「そう?五月蝿いだけだと思うけど」
「なんか……楽しそうだし」
「まぁ……退屈はしないよね」
一人っ子からするとそうなのかな?
俺はもう産まれた時には兄貴がいたし後に妹も産まれたからそれが当たり前な感覚でいたけど。
「でも喧嘩もするしお互いの嫌な所がどんどん見えてくるよ」
電子レンジ使いたいのにチンしたもの全然とりに来ないじゃん!って怒られたり靴下裏返したまま洗濯カゴに入れるなって言われるし。
「嫌な……所ですか」
「そうそう」
長く居ると気を使う事もないしね。
「けど……すぐ会えるんですよね?」
「そりゃ家族だからね」
「喧嘩してもすぐ謝れるんですよね?」
「うん、まぁ……大体俺から謝るけど」
向こうから謝ってくることは絶対にないし。
「……私は一人で悩んでいるとどんどんネガティブな思考になっちゃうので、退屈はあまり好きじゃないのかもしれません」
「あ〜そゆことあるよね〜」
「無駄に心配しちゃったり、余計な事考えちゃったり……だから極力退屈な時間を作りたくないんです」
「へ〜そなんだ」
つまり山口にとってこの場所がきっとそうなんだろう。
今まさにこの時間も退屈な時間だろうし。
「私って昔から自分のことが嫌いでした」
うん、今が退屈な事はよく伝わってきた。
まさにネガティヴ思考。
山口さん?今自分で退屈イコールネガティブ思考って言ったのになんでネガティブ発言するんですか?
俺は地味に傷つきました。
とまぁ心の中で皮肉めいた事を言ってみたけど山口は構わず話続けた。
「私って嫌な奴なんです……他人に合わせるのが嫌で自分から捨てたものを後になって後悔する」
「そんなのよくある事でしょ」
ガムの包み紙捨てた後に捨てなきゃ良かった〜ってこの間もあったし。
あの後結局家に帰るまで味のしないガムを一生噛んでたしね。
俺がうんうんと頷くと横目で山口がチラリと見てくる。
解釈不一致の表情をしてらっしゃる。
だが山口選手この空気感を変えるつもりはないらしい。
「もうどうしようもなくてみんなには伝わらなくて……そんな感情がぐちゃぐちゃになって……」
ん〜どうしよう。
俺はこう言うのは苦手なんだよね。
けどまぁ妹もそう言うのは黙って聞いてあげるか適当に賛同してればいいって言ってたし。
「確かに悪行って善行で相殺はされないけど善行をした事には変わらないんだよね」
ってこの間掲示板で見た。
「私はいいことなんて何一つしてきてません……」
言葉の震えや呼吸の乱れ具合的に昂ってるのが伝わってくる。
どうしようもない感情。
それの捌け口もなく、俺みたいな奴に伝えるしか発散方法がない。
……うん、俺に当たるのやめて欲しい。
でもまぁご主人様だしそこは仕方ない、俺も目を瞑るとしよう。
「それは山口がそう思ってるだけで現に救われてる人間とか居るよ」
「そんな人は居ません」
なんで彼女がそう言い切るのか俺には分からない。
「いや、一人くらいいるでしょ」
「……しつこいです、そんな人居ないです」
呆れと憤りが混じったような感情が伝わってくる。
「え〜でもさ……」
「新庄くん!いい加減にしてください!」
普段よりやや大きめなトーンでそう言われた。
ただ本人は椅子から立ち上がり怒鳴り声を上げたつもりなのだろう。
立ち上がったまま震えた声で話す。
「私……何やってるんですかね……呆れて笑っちゃいそうです」
笑える要素あったかな?
「私、新庄くんが思ってる以上に子供なんですよ……他人にそんな事ないとか大丈夫だよとか、声かけられてもそれが信用出来なくて」
俺は山口の過去に何があったかは知らない。
けど一つ言えることはある。
「だから私が支えた人間も助けた人もいません」
「いや、だからほら……ここに」
俺はそう言って自分に指を刺す。
今彼女がどんな表情をしているのか俺には分からない。
考え方は人それぞれだし発言も受け手も解釈もその全てがその人次第だ。
だから自分が今言われて一番嬉しいことを言ったとしてもその人には響かない時もある。
届かない事もある。
結局は言葉の濃さや中身じゃなく受け手の問題なのだ。
それは俺が一番よく分かってる。
そのせいで何度妹に殴られただろうか……。
妹が髪染めてたから根本が黒くなるから意味ないんじゃない?って言ったら「じゃあお前が産まれてきたのも意味ないな」って言われたし。
あれ?兄ってこんな扱い受けるんでしたっけ?
まだ古傷が痛む。あ、これはさっき山口にやられたやつだった。
チラッと山口の方を見るともう何も言ってこなかった。
またしばらく沈黙が続いた。
うむ、どうやら俺のフォローは的外れだったみたいだ。
それとも俺の話題変えようオーラが伝わってくれて別の話題を探しているのだろうか。
こんな感じでゆっくりとした空間も嫌いじゃない。
適当に鼻歌歌ったり欠伸したり頭掻いたり。
視線の先に映る時計。
秒針はややゆっくり進んでいる。
意外と暇だね〜。
ポケットからスマホを取り出しテイッターを開く。
いつもやってる動作のせいか最近スワイプの速度が上がった気がする。
『大谷の試合圧勝すぎw』
『大谷の試合見てたけどこりゃ勝てませんわ、一年の代表生は大谷で決まりじゃないか?』
『大谷くん素敵!後で告白しよ〜』
『東西南北も全員強いぞ!TOP100位の人達はやっぱ一味違うぜ!』
ほとんどの呟きが今日の試験の事になってる。
ちらほらお腹減ったとか足痛いとかいるけど。
あ、これ俺か。
さっき山口に蹴られたところまだ痛む。
下にスワイプしていくとやたら目につく呟きがあった。
……ん?
『キモいキモいキモいキモいキモいキモい』
俺はすぐさまタスクを落とし電源を切った。
……ん?見間違いじゃなさそうだけど。
なんかアイコンが真っ黒で。
物凄い呟きしてる人いたけど。
うん、見なかったことにしよ。
チラッと山口の方を見るとスマホのうちカメラで髪の毛を手櫛でといていた。
やっぱ一応女子だから髪の毛とか気にするんですね。
好きな人とか居るのかな?
そういえば妹も恋愛トークが一番盛り上がるとか言ってたな。
「山口は彼氏とかいるの?」
「……え?ん?……えぇぇ!!な、なに!?彼氏!?」
「うん、いるのかなって」
山口が凄い顔で俺のことを見ている。
まぁ前髪長いので目元は全く見えないのだが。
「そんな驚く事かな?」
「お、驚き……ますよ!普通そう言うのって同性で話す会話じゃないんですか?……友達いないから知らないですけど」
「まぁその反応だと多分いないよね」
「……?」
「まぁそりゃ山口に居るわけないぃぃたい!いたい!」
めっちゃお腹つねってきた。
超痛い。
なんか山口からかうのも嫌いじゃない。
普段は喜怒哀楽のどれも見せないのに。
普段無表情なのにちょっかい出すとしっかり反応してくれるのはやりがいがあるよね。
「新庄くん?居るわけないって……なに?」
これは怒ですね。
凄く怖い。
「とまぁ冗談は置いといて第二試合も頑張ろう!」
山口はそのあと10分くらい口を聞いてくれなかった。
ーーーー
ここは学校にある敷地内のとある場所。
画面には数十枚のモニターが映し出され柳田は目を凝らしそれらを見ていた。
柳田の前にはコンピュータを操るスタッフが三人。
皆黙々と怪しい動きや不正がないかなどチェックを行っている。
柳田は考えていた。
何故これ程までに上下がしっかりと分かれてしまうのか。
出来るもの出来ないものの差別。
平等なんて理想論を盾に私利私欲に動く政治。
顔の出来でも優劣をつけられてしまう。
結局のところ恵まれているやつが上に上がるだけの世界なんだ。
だからスキルなんてくだらんものも要らない。
ただ努力してそれ以外の全てを捨ててそれだけに身を粉にする。
だから努力以上に勝るものなんか存在しない。
だから私がここに立っているのもそれの為なんだ。
全てそれだけの為……。
「柳田先生、どうかね?何か不審な点とか逆に生徒の新たなスキルについてわかったことなんかはあったかね?」
モニタールームの扉が開き校長が入ってくる。
両手にコーヒーを持ち片方を柳田に差し出す。
柳田はそれを受け取り軽く頭を下げる。
「お疲れ様です……特にこれと言った気になる点や不審な点もありません」
「そうですか……スタッフの皆さんもそんな畏まらなくて良いですからね〜ただ五月蝿い老人が来たとでも思ってくれればいいですから」
そりゃ無理だろと心の中で柳田はツッコむ。
すると校長の細い目が少し開く。
「おや……21番スクリーンをアップにしてくれるかな?」
「はい!」
スタッフが画面をタップしダイヤルを回すとスクリーンがアップされ画質も画素数も上がっていく。
そこに映し出されたのは身体が小さく目元の小さい少年のような生徒が無駄にタックルされている所だった。
柳田はコーヒーに口をつける事なくカップを置くと眼鏡をクイッと上がる。
「……これがなにか?」
「う〜ん、バスケの試合中なんだろうけど無駄に狙われている気がしてね……ボールが回ってきているわけでもないのに」
「音声入ります!」
スタッフの一人がそう言うと体育館内の音がスピーカーから流れてくる。
「いいぞー!!やっちまえ〜!」
「あいつなんか昔の人みたいな顔してて気持ち悪いなぁ……平面顔だし化け物みたいじゃね?」
「あれって目開いてるのかしらね?」
その一言で笑いが広がる。
少年は何をされても動じる事なくただ立ち上がる。
この状態にはもう慣れていると言った感じだった。
校長はコーヒーに口をつけ椅子に座る。
「これを見てどう思うかね?柳田くん?」
柳田は視線をモニターから校長に移し口を開く。
「私は……」
この闇に薄々気づき始めている生徒たちは少しずつ行動を始めていた。




