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第十六話


 後日対抗戦の詳細が発表された。


 対戦回数は全部で二回。


 意外と少ないね。


 対戦内容はお互いの合意があれば何しても自由らしい。ジャンケンとかじゃ駄目かな?


 対戦相手はまずランダムで決まる。


 これは学校側が提示したランダムだけど実際にはある程度公平になるよう仕向けられてるんじゃないかなって思ってる。


 そして勝敗に応じて勝ったものは勝者と負けたものは敗者と二回戦目を行うみたい。


 まぁこれは普通だよね。


 対戦相手によって順位の変動は違うらしい。


 つまり正確には一回戦目はそんなに差のない対戦相手と勝負して勝った後は割と上下の差が生まれるってことだね。


 だから一回戦目はそこまで大きく成績に関わることはなく2回戦連続で勝つチームが大きく順位の変動が望めるっぽい。


 ここで重要なのはいかに目立たず二勝するかだ。


 主人公みたいにいきなり高順位の相手と勝負してなんか奇跡的に勝って「あいつ何者だ!」みたいな成り上がり展開だけはごめんだね。


 あとあっさり二敗するとか。


 これで二敗したらついに最下位になってしまう。


 一回戦は弱そうな相手である事を祈るのみ。


 それに俺のパートナーは山口様だ。


 学年59位らしいし対戦科目を学力メインのものにすれば問題なし。


 運動なら……諦めよう。


 その時は山口様の家に寄生……じゃなくて帰省させてもらおう。


 あ、面白くない?はい。


 昨日はなんだかんだ言われてあのボロアパートに戻る羽目になったし。


 どうしても一旦家に戻ってって言われたしあんなに言われたら山口の意思の強さが嫌でも伝わってくる。


 ……まさか生理とか?リアル女子は大変だよね〜。


 アニメだとそんな描写全くないのに。


 男には分からないけど結構ムカムカしたりやる気なくなったり怠い感じとか辛いらしいね。


 はぁ……今日も帰れって言われたらどうしよ。


 あの日以来次元とアゲハは忙しいみたいで会うこともない。


 一体何しているのやら。


 まぁ今は人の心配より自分の事だ。


 ーーーー


 「と言う訳で山口様、今から作戦会議をします」


 「う、うん……別にいいんだけど……なんで私の家?」


 「そりゃ、誰かに聞かれたら困るでしょ?」


 俺はソファーの上で仰向けになりながらそう言う。


 天井も高くて最高だ。


 空気清浄機もあって部屋の温度や湿度も最適化される。


 山口もご飯作ってくれるしもういっそここに住みたい。


 三年間この天国で暮らせたらどんなにいいか。


 家でゴロゴロしてても何も言われず。


 ご飯も3食用意してもらえる。


 掃除も洗濯も。


 この安心感……寝れそう。


 「そ、そうだよね……じゃあ暗くなる前に……」


 「あと今日泊まるから」


 「あ……はい」


 よし。


 寝床も確保できたし時間もまだまだ沢山ある。


 山口の意見を参考にしつつ作戦を練るとしよう。


 ……それにしても。


 山口は家に着くとすぐ黒のジャージを着る習慣がある。


 この間こっそりクローゼットの中を見たけどほとんどジャージで外に着て行く服は制服くらいしか無かった。


 ちなみにその事を本人に言ったらめっちゃ怒られた。


 俺は素直にもっと服買った方がいいんじゃない?ジャージしかないじゃんって言っただけなのに。


 ついでに下着も見ようと思ったけどそれは流石にやめといた。


 「柚木さん今日も大変そうでしたね」


 俺がジッと山口の部屋を見てちょっと前の事を思い出していたらそんなことを言われた。


 一体何が大変……って思ったけどまぁ思い当たる節はある。


 俺の知らないところでも誰かの視点では大きく人生を左右するような事が起きているのだろう。


 視野の狭い俺にはその大きな出来事とやらは見えてないんだけどね。


 「だね」


 「なんだか……少し心配です」


 「そう?他にもたくさん友達居そうだし大丈夫でしょ」


 可愛い女の子の周りには男女問わず寄ってくるものって妹も言ってたし。


 俺みたいなのは無害そうだから利用できる場面で利用するだとか。


 あの子誰に対しても優しいよね〜ってポイント稼ぎするらしい。


 で、勘違いした奴が告白して振られてさらにポイントを稼ぐとさ。


 世の中って理不尽で溢れてるよね。


 「そう……なんですけど……なんだか嫌な予感がします」


 「それやめて……本当に何かありそうで心配になってくる」


 「あ……すみません」


 山口はシュンとしてしまった。


 まぁ普段から顔は常に下を向いてるけど。


 「けど私みたいなのに心配されるとか大きなお世話……だよね」


 「そう?」


 まぁ悲観的になりやすいのは山口の悪い癖だ。


 俺にはそれをカバーするほどのトーク技術はない。


 「まぁ俺たちはモブらしくクラスの端っこでちょっとおいしい思いしながら平和に暮らすのが一番だよ」


 俺がそう言うとクスッと笑い声が聞こえる。


 おおっ、珍しく笑った。


 こう思わず声が漏れるような笑い声ってなんか嬉しいよね。


 「……ですね」


 「山口は俺の理想のモブキャラだから」


 「それはそれで嬉しくありません」


 ややむすっとした顔をする。


 洗濯物をたたむ手つきがやや大雑把になってるところからも感情的になってるのが伝わってきた。


 「毎日洗濯とか料理とか大変じゃない?」


 「大変……ですけどやらなきゃいけないので」


 「だよね〜誰かがやってくれる訳でもないからね」


 「そう思うなら私服とか下着とか洗濯カゴに入れるのやめてください」


 それは無理。


 なぜなら誰がやってくれるから。


 「……なんでこっち向いてくれないんですか」


 「ん〜山口様が可愛くて綺麗で胸が大きいからかな」


 視界が悪くなり洗剤のいい香りがしてきた。


 多分頭の上に洗濯類を置かれたのだろう。


 「はぁ……新庄くんは気楽そうで羨ましいです」


 「あ、それ意外と傷つくやつだ」


 「なら少しは傷ついているようなそぶりくらい見せてください」


 ん〜それも無理かな。


 だって傷ついてないし。


 「俺……演技苦手なんだよね」


 「でしょうね」


 「山口さんも苦手そうじゃないですか、俺と一緒に演技の練習でもする?」


 俺は起き上がり頭上にある洗濯物を横に置いた。


 「余計なお世話です」


 「それよりご飯まだ?」


 最後の一枚のバスタオルが俺の顔に優しくヒットした。


 「それ畳んでおいてください」


 ややぶっきらぼうに言う。


 仕方ないので綺麗に三角折にして洗濯物の上に置いた。


 台所の方から芳ばしい香りが漂ってくる。


 カチャカチャと皿のぶつかり合う音が聞こえる。


 「山口ってさーなんで友達作らないの?」


 俺がそう聞くとしばらくシンクが水を弾く音が鳴り続けた。


 「えっと……作らないんじゃなくて……作れないだけ」


 ですよねー会話苦手なのはこの一ヶ月でよく分かったけど。


 「そうなんだ、まぁ俺も人の事言えないけどさー」

  

 俺は机の上に置いてあるタブレットを手に取り対抗戦の詳細を開く。


 「し、新庄くんはどうして友達作らないんですか?」


 「俺も作れないってのもあるし……それにあんま目立ちたくないんだよね〜」


 ソファーの上で寝返りをうつ。


 「目立ちたくない?」


 「うん、そう」


 目立ちたくない。


 「あ、あの……どうして目立ちたくないんですか?普通なら人気者になりたいとか誰かに認められたいとか思ったりするじゃないですか?」


 俺は操作していたタブレットの手を止める。


 俺が目立ちたくない理由……。


 そこに立ち入ろうとすると頭の中に一面の砂嵐が起こる。


 「う〜ん、覚えてないなぁ〜昔何かあったような……でもそんな大した事じゃない」


 「……そ、そうなんですね」


 昔の事を思い出そうとすると頭が痛くなる。


 耳鳴りがしてノイズが止まない。


 心臓の叩きつける音が強くなる。


 理由は本当に思い出せない。


 ただ強く残ってるものが一つだけある。


 目立つのが怖い。


 そして俺はタブレットの電源を落とした。


 ーーーー


 ご飯を食べ終えお風呂に入ったあとリビングで俺と山口はいつも通りダラダラしていた。


 このソファーの上で自由にテレビ見たりタブレットでネットサーフィンしたりするのが最高なんだよね〜。


 今日のニューストピックは……広がる格差社会に東京都知事が新たな政策を発表か。


 「やっぱ泊まるんですね……はぁ」


 食器を洗いながらため息を吐くご主人様。


 いつもの黒ジャージ姿に風呂上がりのせいか髪の毛に束感が生まれている。


 そのためか前髪から見える瞳がいつもよりやたら主張してくる。


 普段はなんとも思わないんだけど本当に綺麗な目してるんだよな。


 「な、なんですか?」


 「いや、別に」


 からかってやろうと思いソファーに寝そべったまま山口の顔をジッと見つめる。


 おぉ戸惑ってますね〜。


 「あ、あんま!見ないでください……恥ずかしいから」


 「恥ずかしいんだ?」


 「当たり前です……新庄くんだってジッと見られると嫌ですよね?」


 「いや?別に」


 「……それを証明出来ないからって嘘つくのやめてください」


 この低レベルな口喧嘩ではギリ俺の方が強いみたいだ。


 これが妹だったなら手まで出されてるに違いない。


 シンクの弾く水音が止まると小さく引き摺った足音がリビングに近づく。


 揺れる前髪の奥の瞳はやはり綺麗だった。


 「山口って眼は綺麗だもんね」


 「……その反応に困るやつやめてください……あと見るのもやめてください」


 「そんなに見てない、てかお菓子ないの?」


 俺が寝そべりながらゴロゴロと山口の方に近づくと畳んだ洗濯物を倒して身を引いた。


 あぁ、せっかく畳んだのに……そんなに怯えなくても良くない?


 「あ、あんま近づかないで……それにお菓子はありません、私お菓子食べない派なので」


 「じゃあこれからは俺に合わせて食べる派になろう」


 「おかしいです、家主は私のはずなのに何故か私が新庄くんに合わせる羽目に……新庄くんが来てから振り回されてばかりな気がします」


 「気のせいじゃない?」


 「そんな訳ありません、思い出すだけで疲れます」


 「気のせいでしょ」


 俺は山口が倒した洗濯物の中から一枚抜き取ってそれを指に引っ掛け回す。


 それじゃあ発言通り実際に振り回してあげよ。


 「……あ!それ!やめて!」


 山口が大きい声を出すとそのまま俺に飛びかかってきたのでそれをゴロゴロと身体を回転させて華麗にかわす。


 「ふぎゃっ!」


 山口が俺を掴み損ねた体勢でクッションにしがみついてるのを確認した。


 そして手にあったものを見るとそれは地味な白色のブラジャーだった。


 おおっ、さすがモブキャラ……人に見られる事を視野に入れない地味な無印ブラだね。


 俺はそれを俯いたままの体勢でいる山口の頭の上にポンッとおく。


 「そんなに胸ないし要らないんじゃない?」


 一瞬山口の肩がピクっと何かに反応した気がするけど多分気のせいだろう。


 俺は一人でうんうんと頷きトイレに向かおうとすると足を掴まれそのまま倒れる。


 いて。


 某ホラー映画みたいに長い髪の毛をクシャクシャにしその非力な力で俺の足をツタか何かのようによじ登るようしがみながらこちらに近づいてくる。


 「完全にゾンビだね」


 山口の全身が俺の体に当たる。


 感触が柔らかいとか別にそう言った事は無い。


 ただ厚めの生地の黒ジャージが俺のパジャマ越しに伝わってくるだけ。


 「ひ、酷い……許さない……許さないですから!」


 「いや、今確信したけどやっぱ要らない」


 俺のお腹辺りをぽかぽかと叩いてくるけどマジで非力過ぎて何も感じない。


 やっぱ女の子は気にするんですね。

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