第十三話
私の前に奇妙な男子が現れた。
内気で誰にも関わらず過ごして来た私は人目を避ける事が何よりも得意だ。
長いものには巻かれて自分の意見を通す事はない。
そうした方が生きやすいし。
人間関係なんて疲れるだけ。
会話だって常に言葉を選ばなくちゃいけない。
相手が求めてる理想の返事を答える。
そうしないと私と会話してくれなくなっちゃう。
そうやって人目を気にして周りからの評価を気にして。
ずっと都合のいい女の子を演技続けてきた。
私が会話を回そうとすればから回って場の空気が微妙になる。
あんなに綺麗に回っていた会話の流れを途切れ途切れにさせてしまう。
そうならないように相槌を打つ一方だったりとにかく聞き手に回って不快にさせないように生きていこう。
「山口ちゃんってさ、会話する気ある?」
どうしてそんな事言うの?
「目が合わないよね〜趣味とかも」
私は一生懸命合わせてる。
「なんかお人形さんと会話してるみたい」
そんなの……だっておかしいじゃん。
私はみんなに合わせてる。
それなのに周りから人は減っていく一方で。
訳がわからないよ。
どうしてなの?
ただ私は会話してみんなと仲良くしていたいだけなのに。
こんなに頑張って相手のことを思って自分を押し殺してるのに。
それなら……私はもう。
それでも私には唯一の友達が一人だけいた。
彼女さえいればいい。
お互い途切れ途切れの会話を相手に合わせながら話す。
そんな関係が好きだったのに。
気がつけばそんな彼女ですら私を置いて成長して行ってしまった。
「まだ会話苦手なの?」
そんな一言を言われ私の中の感情は溢れた。
「私だって頑張ってるの!」
「そっか……うん、そうだよね」
「コミュニケーションってなんなの!?人間関係ってなんなの!?成長って……なんなの」
人と話したいとは思えない。
だから誰とも話さないし目立つ事もしない。
それが賢いとも思えたし。
けどそうやって大人ぶって生きてくのも多少辛いものはあった。
けど他人と関わって裏切られたり気を遣って話すより何倍もマシだから。
結局は人なんか信用しちゃダメ。
他人に怒りを覚えるのは相手を信用しているから。
逆にこの人は私の事なんかろくに見ていないどうでもいい人って割り切ってしまえば感情も薄れてくる。
私はこの道を真っ直ぐ進んでいけばいいんだと思う。
でも時々思ってしまう。
……本当に進んでいるのかな。
前に進んでいるなんて思っていいのかな。
落ちるとこまで落ちてるんじゃないかって毎日不安で仕方ないよ。
周りの人からしたら小さな悩みにしか過ぎないけど私の一生がこのままで終わるって考えると夜も自己嫌悪から反省会がやめられない。
ごめんなさい……そうやって知らない誰かにずっと謝り続けている気がする。
一体誰に謝ってるのかもなんで謝ってるのかも分からないけど。
そうすればちょっとだけ心が軽くなってる気がしたから。
実際は軽くなんてなってないのに。
何やっても上手くいかない。
どうして私だけこんなに不幸なんだろうって本気で思う。
きっと神様が適当に私みたいな人間を作っちゃったんだ。
物事をプラスに捉えられずに一方的に悩んで考えて時間を浪費して。
……嫌だな。
そして私はこの高校に入学した。
正直言って吐き気がした。
周りの人は小さな喜びを一つづつしっかりと見つけてそれを共存して共用して共有して。
ほんの少し小さな建物がいっぱい建ってるだけで大はしゃぎするの人や学校内が広いだけではしゃいでいる人もいる。
自分との差を見せつけられてるみたいで嫌だった。
自分から感情を押し殺しているのに。
教室に入っても私以外の人達の景色は眩しく見えた。
なんで私のレンズ越しからは黒一色の世界しか映し出されないんだろう。
あの人たちは何重にも重なった色だけじゃなく光や影なんかも繊細に映し出されている綺麗な景色が当たり前のように見えているのに。
人と会話するなんていう誰もが当たり前のようにやっている事を私はできない。
はぁ……やめよっかな。
放課後にでも職員室に行こうかな……なんなら今ここで立ち上がっても誰も私なんか見てないだろうしいっそ……。
そんな時、隣の新庄くんは入学初日に席を立ち大声で奇声をあげていた。
あれ?なんかみんなこっち見てる!?
必然的に隣の私にも目線が送られてすごく恥ずかしかった。
私はこうゆう人が大の苦手だった。
目立つ為には手段を選ばない。
まるで自分が世界の中心に居るって思ってる人。
そんな考えでもなきゃ入学初日に誰もが目を引くような行動するはずがない。
その点私はちゃんと自分のポジションを弁えてますから。
脇役。
背景。
モブ。
その他大勢。
だから私は目立ったことはしない。
急に奇声をあげたりもしない。
……と言うか日陰者の私がただ僻んでるだけなのかも。
中学でもずっとボッチだったし。
高校もこのまま変わらず一人なのかな。
そう思ってた。
けど新庄くんは初日以降は大人しかった。
私とはまるで正反対な存在だと思ってたんだけど。
う〜ん、男子の考えている事はさっぱり分かりません。
人目を避けている事を確信したのは最近。
クラスの中心的な存在の柚木さんがギャルみたいな子達に嫌味を言われていた。
女子同士の喧嘩が一番怖いです。
私なら確実に心折れて不登校になっちゃう。
彼女はそれをうまく回避しようと笑って誤魔化していたけど、ギャル達はそんなことお構いなしに早口で彼女を責めた。
そんな光景に私を含め誰も止める事が出来ずにいました。
もし隣の彼がラノベの主人公ならここで柚木さんを助けて少しずつ絆が生まれていくのかなぁ……とか思っていた。
けど彼は脇目も振らずに、おまけに足音も立てずに教室から去って行った。
す、すごい……多分私以外誰も気づいてない。
席も隣で多少彼のことを意識していたお陰で気づいたけど普通に過ごしてたら絶対スルーしてた。
けど……つまりそういう事なのかな。
その時、彼は私と同じ特に目立つ様な存在ではないことを知った。
その事が少しだけ嬉しかった。
マイナス面で気になっていた人が実は共感出来る人で。
目立つ行為を避けなんでも自分が出来るって勘違いもしてなくて。
あんな足音消す技術があるくらいなんだから私くらいぼっち歴長そうだよね。
つまり彼と私は戦友……フフフ。
スキップしそうな気持ちになりながら図書室へ向い、本を借りて寮へと向かった。
もう日も沈みそうなくらいの時間帯。
その日は妙に世界が色づいてた気がする。
彼も私みたいに会話が苦手で貧乏くじ引かされるタイプな気がする。ってそんな事考えるのは失礼……だよね。
口元の緩みをカバンで隠していると、そこにはとっくに帰ったはずの彼がいた。
しかも何やら厄介ごとに巻き込まれている様子。
ほ、本当に貧乏くじ引かされてる!
ど、どうしよう!?
私は先生を呼ぼうとした、けどなんて説明して良いかも分からないし上手く声もかけれる自信がない。
私はオロオロしながらその様子を見ていた。
親になら普通に声をかけれるけど……普段自分から声をかけることなんてほとんどないし。
そんな迷いを見せていると彼の鞄が取り上げられて中身を抜き出されていた。
その時彼の表情は教室では見たことのない悲しみと怒りが混ざったようなものが仮面越しから覗かせているような気がした。
あんな風に動じたりするんだ……じゃなくて!
踏み出しかけた自分の足元を見てジリッと靴がアスファルトに擦れる音が脳内に響いた。
また灰色の世界が広がって行く。
私には度々こういった錯覚のようなものが起こる。
心の奥にある自己防衛本能が人との関わりを避けようとするのだ。
絶対にいい方向にいかない。
いつもみたいに貧乏くじ引かされて結局私だけ損をする。
やって後悔するより何もしない現状を選ぶのが正しいに決まってる。
私には関係ない……。
そうやって私は逃げようとした。
すぐ自分の弱さを肯定してしまう。
こんなのは主人公やヒロインがなんとかしてくれる。
だって私はただのモブだから。
そうは思ってはいたがその場から離れることは出来なかった。
後退りする足は半歩以上は戻ろうとしない。
なんでこんなに迷ってるの?
たかが数日しか会ってない彼に何を私は思ってるの?
期待?希望?前進?
考えれば考えるだけ頭の回路はショートしそうだった。
今までだって自分から関わらないようにしてきたくせに。
なんで今更……。
呼吸するのを忘れるくらい私は頭をフル回転させていた。
側からすればただジッと下を向いてるだけ。
でもこれは今後の私を大きく変えるようなそんな出来事にも思える。
重い右足をバランス崩してもいいから前に出すか。
軽い左足を元いた暗い場所に戻すか。
するとそこに背の高い男の子が現れた。
「えっ……」
一眼見ただけで分かる。
ああいう人が世界の中心で主人公なんだと。
彼はあっという間に事件を解決して見せた。
私が無駄に考えているのがどんなに不毛だったのか思い知らされた。
これがこの世界の真実なんですよね。
私がどんなに勇気ある一歩を踏み出そうとしても。
それがどんなに意味のない事でくだらない事なのかを。
思い知らされる。
これで良かったんだよね。
うん……帰ろ。
私は後ろ髪を引かれながらも左足を軸に回して家へと帰った。
家についてもあの出来事……と言うより彼が頭から離れなかった。
もし仮に声をかけてたら……。
これは例え話だけど私が声をかけたり先生を呼んで仲裁してもらったりなんらかの形で彼を救うことができたのなら。
変われたのかな?
今の嫌な自分がほんの少しでも好きになれたのかな。
見て見ぬ振りをして誰かの力になんてなれないって決めつけて人と関わるのを避けて。
そんな私が。
きっと無理だよ。
そっと本を閉じ机に乗せる。
そのままベッドに潜り込んで頭から布団を被せる。
目を閉じれば今日会った事も全部忘れる。
そう思ってるけど。
瞼の裏にはあの時の自分の足下が焼き付いていた。
罪悪感なのかな?
その日の読書は全く覚えてなかった。
本を開いても文字列を眺めるだけで内容が全く入ってこない……。
次の日になっても彼の存在が気になっていた。
別に同じ日陰者だからって訳じゃないけど。
全く違うタイプに見えるけど何処か波長が合う。
なんかフィーリングというか。
気がつけば彼の事を目で追っている。
ただ彼は何処か落ち着かない様子で忙しなかった。
顔もすごくカッコいいって訳じゃないんだけど……ううん!私が人様を評価するなんておこがましい。
ただ意味もなく意識してしまう。
「あの〜何か用ですか?」
あれ!?こ、声かけられちゃった……。
しかも顔を覗き込まれ顔を見られた。
は、恥ずかしい!
うまく誤魔化していると思っていたけど想像以上に熱い視線を送ってしまったらしい。
これでは変に誤解されてしまう。
ど、どうしよう!?
「っん!……あ……」
あれ!?全然声が出ない!?
なんで!?どうして!?
声帯の筋肉を使わなすぎてなんか変な音が!
どうしよう……絶対変な子だと思われてるよ。
その後はなんで見ていたかの説明をしたような……。
本当はちょっと気になってる……なんて私みたいな暗い女子に言われたら彼も引いてしまうだろうしそこはうまく誤魔化してた気がする。
全然なにを話してたか覚えてない。
あ〜頭がぐるぐる回って何も考えられない。
えっと〜え〜っと。
そんなこんなで何故か彼が私の家に来る事に……。
ん?
……。
なんでそんなことになったの!!!!
顔も熱いし普段かかない汗も出てくる。私ってこんなに代謝良かったっけ?
それにちゃんと断れ私のバカ!
……でも彼のあの日の出来事を黙って見ていた私を思い出すと断りづらかったのもあるのかも。
……て言うのは言い訳で大体お願いされると断れません。
本当に私のバカ!バカ!
でも大丈夫!今日一日なんとか乗り切れれば後はちょっとだけ彼を覗く日々に戻れる!
頑張れわたし!フレー!フレー!
「それじゃ山口さま……しばらくお世話になります!」
うん!よろしく〜ってぇ!えええぇ!!
なんで!?どうして!?今日だけじゃないのぉ!?
思わず私は身体の力が抜けた。
男の人を部屋の中に入れるのだって抵抗があるのにしばらく通うだなんて……。
私の精神持つのかな?
理由を聞いたけどなんか訳のわからない事言ってるし。
とりあえず手料理を振る舞う事になった。
手軽に出来て手抜き感を感じさせない様にハンバーグを作ろうと思ってます。
スーパーで買ってきた牛と豚の合い挽き肉に細かく刻んだ玉ねぎを入れて片栗粉を入れ程良く手でこねます。
ってそうじゃないでしょ!?
なんで彼はすんなり私の家に住もうとしてるの!?
も、もしかして新庄くんは私の事が……って!そんな訳ないじゃん!
でも人の家のソファーでゴロゴロしている姿を見るとそんな気全くないような?
はぁ……。
なんだかもう疲れました。
一旦考えるのやめよ。
フライパンに火を通し油を敷いて火が通りやすい様にお肉の真ん中に穴を開け蓋を閉めて中火で温める。
両面とも僅かな焦げ目が付いたら中に火が通っている事を確認してお皿に盛り付ける。
マッシュポテトとサラダを彩り盛り付けたら完成。
よし、そこまで手抜き感も無いだろうし味見した感じそこまで悪くない……と思う。
新庄くんの好みが分からないから口に合うか分からないけど文句言ってきたら言い返してやる!
……のは無理だけどもしものために量は少なめにしておこう。
私は全体的に量を半分にして新庄君の元に配膳した。
美味しいって言ってくれれば嬉しいんだけど……。
お皿に盛り付けたハンバーグはいつもより彩りが少しだけよく見えた。




