第八十五話
早朝になり鳥の鳴き声が優しい空気感の中に混ざって来る。
物音ひとつしない静かな空間だ。
山吹はパッと目が覚める。
ようやくまともな休憩が取れたわね。
隣で寝ている嶋田を起こさないようこっそりと起き上がり使っていた掛け布団を壁際で寝ていた清水兄弟に掛ける。
二人ともきつそうな体勢で寝てもらって申し訳ないわね。
スマホを取り出し素早くタップする。
彼には少し聞きたいことがあるのよね。
こっそり二人っきりになれる時間が欲しいのだけれど。
返信はない。
少し気は引けるけどこっそり起こしに行くしかないわね。
顔を洗い身だしなみを軽く整え隣の部屋へ向かう。
歩くたびに軋む音がする。
本当にボロボロね。
清水兄弟とかジャンプしたら床穴抜けるんじゃないかしら。
外は少しずつ明るくなってきている。
今日の天気はあまり良くないわね。
一面雲で覆い尽くされていつ雨が降るのかわからないわ。
そしてドアノブに手を掛け扉を開けると。
……何これ?
思わず口に出そうになるがなんとか抑える。
山吹はその光景に呆れていた。
こんな状況なのに……なんて緊張感がないのかしら。
新庄を中心に女子三人がべったりとくっついている。
そして中央の彼は苦しそうね。
まるでハーレム系ラブコメ主人公みたいじゃない。
……さて起こすのも可哀想だけどどうすればいいのかしら。
山吹は恋愛に疎かったのでこの状況を見せつけられどう対処していいのか分からなかった。
ーーーー
「とりあえず会議を行うわ、みんな私の部屋に来て」
山吹先輩の呼びかけで一つの部屋に集めさせられた。
正直狭い。
主に側近二人のガタイが良いせいで。
まぁこんな狭い部屋に八人も入ればそりゃ狭いよね。
「昨日から情報を集めて仲間から連絡が来たけれど奴らついに行動に出たわ……まさか三年の殆どが加わっていてしかも教師たちもグルだったとは……私の想定を遥かに上回った結果になったわね」
そんな感じになってるんですね。
「わ、私たちどうなっちゃうんですか?……もしかして捕まって人質とか政治関係の取引とかに使われたり……」
不安に怯える山口は俺の袖を摘んで離さなかった。
「その可能性もあるわね。彼らの狙いはこの学園の乗っ取りよ、もはや24区と言うのは日本の中心になりつつある……これからの日本を背負う若い世代すらも取り込むことが可能なのがこの新教育型高校なのよ」
既にこの事は世間に広がっていた。
この学園のみのツールで構成されていたはずのテイッターが何処からか一般公開されていたらしい。
救助を求める生徒達の声が外部に漏れてしまったのだ。
それを見た親達が学園の上層部に押しかけているらしい。
さらにそれをメディア達が大きく取り上げ今日本中の話題になっている。
……うーん。
勘弁してください。
俺は平和に暮らしてたまにちょっとした恋愛とか美味しい思いしたりとかそう言った日常系を求めてるんです。
大長編とか長い時間かけて解決するとか無理です。
「目的は分かったけど……一体こんな事してなんになるのよ!?日本を乗っ取って何がしたい訳?確かに格差社会になってるのは理解してるけど……けど同時に効率化されて経済が技術が発展しているのも事実じゃない」
小鳥遊は立ったまま壁に寄りかかっている。
俺は山口の太ももをツンツン突く。
[そこのクラッカー取って]
[今ですか!?こんな大事な話しているのに……後でにしてください]
[バレないように食べるから]
[……一個だけですよ?話し合いが終わってから好きなだけ食べてください]
山口がこっそりと段ボールの中のクラッカーを取ってくれる。
なんだかんだで優しいんだよね。
するとゴリラAが口を開ける。
「しかし奴らは何故強引に捕まえずデュエルを仕掛けて来るのでしょうか?それに初めの校内放送にも納得がいかないです」
「正当性……なのかしらね?無理やり従えるよりはこの学園の法則に乗りつつやり方を改善していく……真意はこの騒動を起こした諜報人しか分からないでしょうね」
山吹先輩は眼帯の位置を治してその蜂蜜色の瞳を輝かせていた。
「なんかよく分からないけど面白くなって来たわ!晶くんと一緒に居られれば地獄だって天国だしね」
凄いね〜状況理解してなさそうだしもう何言ってるか分からないね〜。
「そ、それで私たちはこれからどうすればいいんですか?先生が事態を治めるまで何処か隠れるとかが一番だと思うんですけど」
「それについては昨日の段階で意見がまとまったわ。ついて来るかは自由だけど……」
そんなん行く訳ないでしょ。
そう思いながらクラッカーの袋を開けようとすると。
インターホンが鳴り響く。
本来なら誰も来るはずのない部屋。
間違いなく敵だと誰もがそう覚悟した。
俺は特に気にもせずクラッカーを貪る。
「山吹さん、俺たち兄弟が足止めしておくんで一年を連れて窓から逃げて下さい!どうもただ者じゃないみたいです!」
ボリボリ。
「扉の奥からヤバいやつの匂いがしまっせ……これは!」
ボリボリ。
山口に脇腹を突かれる。
[今いいとこなんで雰囲気壊さないでください]
[分かった]
ボリボリ。
「おい弟よ!ここが最初で最後で最高の見せ場になるのは間違いないぜ!」
「おうよ!」
なんか変な芝居始まっちゃったよ。
まだ彼らの名前すら聞いてないのに。
でもその背中姿はまるで仲間が俺を置いて先に行け的なあれでなんかいい感じにかっこよかった。
……ボリボリ。
[いい加減にしてください]
[……はい]
怒られた。
「二人ともありがとう、私達は仲間と合流して地下へ向かうわ……後で合流しましょう」
山吹先輩はそう言いながら靴を履き窓の外にロープを垂らした。
この人なんでも持ってるなぁ。
ガタイのいい二人はこちらに親指を立てて後は任せろ的な雰囲気を出している。
まぁレディーファーストという事で俺が最後に降りようとすると。
ロープに手をかけ窓枠の隙間から見覚えのある顔が。
あ、あれ柔道部の田中じゃん。
やっぱ彼ダークホースだったわ。




