第十話
新庄が部屋を出て行った後アゲハと次元の二人はお互いに顔を見合わせて真剣な表情をしていた。
グラスに付いている水滴がゆっくりと下へ落ちる。
「次元さん、こりゃあちとまずいんじゃないですかね?」
アゲハは頭をボリボリと掻く。
次元もため息を吐き俯く。
「そうだな、既にあちこちで動きがあるみたいだし……幸い俺達には早めに情報が入って来たから先手を打てると思ったんだが」
「世の中そんなに甘くわないですねぇ、まぁそっちのルートでも仕方ないでしょ……ここは一つまた作戦を練り直して行動するとしますかぁ」
次元は胸の前で腕を組み汚れた天井を見上げる。
「俺も何も知らないままの方が良かったって何度も思うけどよ……」
「それ本気で言ってます?次元さんが居たから今の私たちがいるんですよ?そりゃ会って間もない頃はそんな話誰が信じるんだと思っていましたがね」
アゲハはあの衝撃の光景を思い出し思わず固唾を飲み込む。
「いや、なに……俺も偶然知っちまったってだけの話だ……俺も入学した時は新庄と同じ気持ちだったのかもな」
ムフフとアゲハが笑うと次元はグラスに入ったお茶を一気に飲み干す。
「あいつは何も分かってないな……この学園の闇を学校側の計画もそして自分自身が持っているスキルも」
次元は悩んでいた。
今自分が置かれている立場に。
そしてこれから起こる悲劇に。
そんなに遠くはないと。
少なくとも文化祭が無事終わる頃には全てが決まっている。
「俺たちが勝つかそれとも奴らが勝つか」
「ムフフ……出来る限り人数を集めなくてはいけませんね、彼はより厳しい道を自ら進んでいる」
アゲハの覚悟は決まっていた。
次元についていこうと。
そして彼が出来る限り動きやすいようサポートしようと。
「少なくとも彼が傍観者で済むことはないですねぇ……ワシらにはワシらの計画がある、その為には」
次元は真剣な眼差しで新庄の部屋を睨む。
「あぁ、新庄……次に会う時俺達は敵だ」
新庄の知らないところで話はどんどん進んでいた。
ーーーー
こんにちは新庄 晶です。
何やら隣の部屋の住人に睨まれてる気もするけど……多分気のせいだよね。
小鳥は囀り天気も快晴、朝の六時を回ったところですが。
俺は今この素晴らしいアパートで無事2日目を迎えました。
風通しも良く多少の雨は凌げる
何よりお家賃はタダ。
すごいね。
某無職さんも太鼓判押してくれる事間違いなし。
水道とガスが出ない事と部屋があまりにも汚い事と多少の隙間風と雨漏りに目を瞑れば文句なしの住処になります。
ただ相変わらずの埃っぽさに思わず咳き込んでしまいます。
さてと茶番はここまでにして、すでに沢山のフラグをへし折って来たがまだまだ油断大敵。
目標はメインストーリーに関係なさそうな彼女を作り学年順位をそこそこ上げ平和に暮らす。
モブとは言えお金は欲しいし。
あと、ついでに彼女も。
出来れば顔はそこそこ良くて寡黙な子の方がいいかな。
容姿端麗だの才色兼備だのは主人公のものだし。
俺は時たま出てくるやたら可愛いモブ子みたいな子が理想だ。
俺はスマホを取り出しテイッターを開く。
『まさかの路地裏に駄菓子屋なんて店があった!昔おばあちゃんに聞いたことあったけど実在するみたい!』
『彼氏との同棲2日目〜そろそろやることやるべきだと思うのにチョウ奥手なんですけど〜早くしたいんですけど〜』
『そのうち試験があるらしい……勉強だり〜』
『まさかの駅があった……敷地が広いから交通網も色々あるみたい』
みんないいなぁ〜。
まさに俺が憧れているような生活を送っている。
やっぱ友達作りからだよね?
けどまぁまだ2日目だし。
そんなに慌てることもない。
モブでありながら密かに勝ち組へと目立つことなく一般的な幸せを得る。
そう誓い俺は部屋の掃除を始めた。
なんか最近誓うこと多くない?
ーーーー
そして再び場面は入れ替わり日本から遠く離れた海の見える綺麗な国。
浜辺には自身に満ち溢れた人達が自己アピールするかのように身につけたアクセサリーやその白い肌をのぞかせる。
そこにブランドヘアーの髪を靡かせる美少女に思わずグラサンを外す男達。
風に飛ばされないよう帽子を抑えグラサンの隙間から見える瞳は宝石のように輝いていた。
浜辺にいた男性陣は皆心の中でこう思っていた。
beautiful eyesと。
「oh! hey! girl!」
男はその女に近づき声をかけるも反応を示さない。
男はもしかして英語圏ではないと思い簡単な単語を使いゆっくりと話すもやはり足を止めてくれず目線が合うことなく進んでいく。
男は自分より半分くらいしかないその身長の女性の足を止めるために正面に立ち中腰の姿勢で顔を覗かせる。
女は呆れたようにため息を吐きグラサンを外す。
その綺麗な瞳が男の目を釘付けにさせる。
一体どんな透き通る声で話しかけてくれるのだろうかと。
「FUCK」
それだけ言うと女は去っていった。
男は砂埃を撒き散らしその場で倒れた。
そんな様子を見ていた黒スーツの女性がブランドヘアーの女に近づく。
「羨ましいですね、日本以外でもモテモテになって……私なんて罵詈雑言の嵐ですよ?」
黒スーツの自虐的発言に目を細める彼女は聞こえないふりをして話を進める。
「煩わしいだけよ、それより帰国まであとどれくらいの猶予があるのかしら?せっかく日本一の高校に受かったのだから入学式に遅刻なんてごめんよ?」
黒スーツの女はコンパクトなカバンからタブレットを取り出し画面をスワイプさせていく。
「安心してください、あとちょうど一月くらい余裕があるはずですので……それよりお嬢様と一緒に居ればイケメンのおこぼれ貰えそうなのであまり無愛想な態度をとって欲しくないのですが」
「あんたね……私の使用人の癖に主人のおこぼれ貰おうとしてるんじゃ無いわよ、それに別に無愛想な態度なんかしてないわ、ただ思った事が口に出ちゃうってだけよ」
彼女が瞬きをしてその長いまつ毛を靡かせるたびに黒スーツの彼女はどうしてこんなに世の中は不公平なんだと疑問を抱いていた。
「はぁ……私はもうアラサーに近いんですよ?お嬢様の入学式なんかより私の婚期の方が大切だというのに」
「ん?何か言った?」
艶のあるブランドヘアーが陽の光を浴びてより一層輝きを増していた。
「いえ何も……」
「なんでそんなに大きくため息吐くのよ」
そんな様子を見て彼女は視線を海の方へずらすと白人のカップルが黒人の少年に何か問い詰めるように指を刺し強い罵声を浴びせている様子が見えた。
黒スーツは気が付いていない様子だったので彼女はそちらの方へ足を進める。
だんだんと声が聞こえてきた。その口調は想像しているより何倍も強く醜く汚かった。
……翻訳するのすら嫌になる単語ばかりね。
that's rude!
そして彼女は怒りに身を任せ目を尖らし拳に力を入れる。
本当に……どこ行っても差別は無くならないのね!
「ちょっと!貴方たち何してるのよ!?」
彼女は甲高い声で黒人の少年と白人カップルの間に立ち塞がる。
そして白人二人は彼女をジロリと見て。
「you knows?」
「yes」
そして男の白人は黒人の少年に指を突き刺し再び声を荒げる。
「こいつが俺の金を盗んだんだ!黒人のガキは出癖が悪いからな!親に盗んでこいって言われでもしたんだろ!」
すると今度は女の白人も声を荒げる。
「そうよ!これだから黒人って嫌なのよ!肌も汚いし服もボロボロで!見てるだけで吐き気がするわ!」
鼓動が早くなるのが伝わる。
先ほどまでとは比べ物にならないくらいの怒りが込み上げてきた。
「そう……ちょっとだけ待ってもらえる?」
彼女はそう言って後ろを向き同じ身長くらいの少年をジッと見つめる。
多分年齢は私より2〜3下ね、見た感じ財布やスマホを所持しているようには見えないけど何処かに隠してるとも考えられるわ。
……けど。
困り顔で震える少年を見てとてもそんな事するようには思えない。
確かに服はボロボロで清潔感があるとは言い難い。
けどそれがなんだって言うのよ!
彼だってもっといい服着てお風呂にだって入りたいに決まってるじゃない!
この貧困格差が世界的にも拡大してる中こういった子はどんどん増えてる傾向にある。
誰かがいつかこんな時代を変えてくれる。
そんな風に思っている。
そしてそれがもちろん私じゃない事も分かってる。
けど今起きてる小さな問題に首を突っ込まない理由にはならない!
「本当に盗んでないのよね?」
そう聞くと少年は頷く。
そして彼女は視線を白人カップルに戻した。
「ほら、この子もこう言ってるんだし盗んでなんかないわよ」
すると女の方が突っかかってくる。
「何言ってんのよ!そんな黒人の言う事信じる訳!?それに貴方……綺麗な顔立ちだけどアジア人の血も混ざってるでしょ?だから黒人差別してるって勘違いしてるのよね?」
思わず拳に力が入る。
この女……本気で殴ってやろうかしら。
一瞬頭の中でこの女をフルボッコにする姿を思い浮かべたがなんとか冷静さを保った。
そして少年の方に再び声をかける。
「ちなみに話しかけてきたのは男の方?それとも女の方?」
「お、女の人が急に大きな声で僕に指差してきたんだ……それでお金を盗んだって……けど僕は前を横切っただけで」
「なるほどね……それで男の方が確認して無いのに気がついたと」
明らかに怪しいのは女の方ね。
「私は貴方の探偵ごっこに時間をかけたく無いんだけど!?分かったら早くしてよ!その汚い黒人が盗んだに決まってるんだから!貴方もどうせ私みたいな白人じゃ無いから黒人の肩を持ってるんでしょ!」
まぁいいわ、どうせこのカップルは別れることになるのだし。
「ええっ、確かに私は日本出身よ、それよりボーイフレンドさん?」
視線を白人男性に移す。
「貴方のお財布の場所なんだけど貴方の彼女に聞いてみたら?その大きく無駄に膨らんだお尻に」
そう言い残して踵を返す。
後ろでは言い争う声が聞こえる。
本当に最低な奴らね。見た目にこだわってばかりいるからよ。
すると砂を蹴る音がだんだんと近づきさっきの少年があのと小さい声で話しかけてきた。
凄く困ったような照れたような顔をしていた。
きっと他人から親切にされたことがないのだろう。
だからどうすればいいかも分かっていないのかもしれない。
「生きにくい世の中だけどお互い頑張りましょ」
そう言い残して彼女は黒スーツの元へ向かった。
少年はただキラキラした目で彼女の後ろ姿をただ見つめていた。
ブランドヘアーの少女がややすまし顔で黒スーツの元へ向かうとまだタブレットと睨めっこしていた。
あら?まだやってるの?せっかく私がちょっとかっこいいところ見せてたってのに。
「ん?どうしたの?もしかしてパパから連絡来たの?それとも今夜のディナーメニューに変更でもあったのかしら?」
黒スーツは唇をワナワナと震わせながらタブレットを向ける。
グラサンを外し画面に近づく。太陽が眩しくて画面が反射しよく見えない。
「に、入学式……とっくに過ぎてます」
そう口にすると女の被っていた帽子が風に飛ばされ海の方まで飛んでいく。
「そ、それってつまり……もう学校は始まってるってこと?」
黒スーツは数秒黙り込んだ。
海辺の漣の音が鼓膜を揺らす。
黒スーツは見間違いではないのかともう一度タブレットを確認して諦めるように電源を落とす。
そしてブランドヘアーの彼女をジッと見つめる。
「アクチュアリー」
「はぁぁぁ!?!?」
その甲高い声に砂浜中の注目を浴びた。




