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転校生は勇者と魔王

作者: 真佐 りん

 そこは、山奥をさらに奥に奥にと進んだ小さな農村。超がつくほどのど田舎。深い森に囲まれた小さな隙間に、ポツリポツリと段々畑と家があった。


「ねえ、じいちゃん。おれら、なんであの学校で卒業できないの?」

「……ばあさんなら、お隣のトメさんとこに行って、茶でも飲んでおるんじゃないかの?」

「だ・か・ら! 小学校なんでなくなるのって!」


 大声で話しているのは、奥山おくやま ゆたか11歳、小学5年生の男の子だ。段々畑で(あぜ)きりの手伝いをしている。畦きりというのは、棚田のあぜをクワを使って整える作業のことだ。


「……小学校? ワシらの頃は、生徒が溢れんばかりにおってなあ、板張り校舎の床が、いつ抜けるんじゃないかと、毎日そわそわしておったよ!」


 畦きりの作業の手を一旦止め、目を細めて昔を懐かしんでいるのは、奥山おくやま 源助げんすけ86歳、(ゆたか)の祖父で、現役の農家だ。若干、耳が遠いのか、少しボケているのかハッキリしないが、農家として鍛えられ続けてきた体は、80代後半のものとは到底思えないほど立派なものであった。


 実は、このど田舎の村にも、年に1度だけ人で溢れかえることがある。過疎化が進みまくり、もはや末期症状とまでなってしまったここの村人たちが、半ば破れかぶれで始めたイベント『ど田舎マッスルグランプリ』である。重りのついたクワを使った稲刈り対決や、斧1本で巨木を切り倒すスピード対決などが行われる。


「そういや、じいちゃん! この前の大会、惜しかったね」

「ぐぬぬ……次の……次の大会では、絶対にあやつに勝ってやるんじゃ!」


 毎年、稲刈りの時期にあわせて行われる『ど田舎マッスルグランプリ』。前回の大会で、10回目を迎えた。その10回ともすべて、おじいさんとあやつと呼ばれる人が優勝を勝ち取っている。通算成績は5勝5敗と全くの互角だ。


「ゆたかー! おじいさーん! お茶がはいりましたよー! 休憩しましょー!」

「あっ! ばあちゃんだ!」


 少し遠くから2人を呼ぶのは、奥山 ツギノ83歳、(ゆたか)の祖母だ。家事を行いつつ、暇を見つけては農作業を手伝っている。


「おろ? ばあさん、トメさんとこ行っとったんじゃないかの?」

「何言ってるんですか? おじいさん? トメさんは亡くなったでしょ! 5年前に!」

「そうじゃった! そうじゃった! はっはっは!」


 額をぺちぺちと叩きながら笑う、おじいさん。やれやれと首を振りながら、お茶請けの漬物を小皿によそう、おばあさん。


「だいたい、あたしの足じゃ、たどり着ける距離じゃありませんよ!」


 奥山家からお隣のトメさんが住んでいた家までは、車も入れないような細いけもの道を進む必要があり、大人の足でも30分以上はかかる。ましてや、おばあさんは最近、膝の調子が悪化していたのだ。


「それより、またあの人に会いたいわあ! 次の稲刈りの時期が待ち遠しい……」

「あの人って、大会の人だよね? ばあちゃん!」

「ぐぬぬ……」


 愛しい人を思い出した乙女(おとめ)のような顔で、空を見上げるおばあさん。実はおばあさん、おじいさんの大会でのライバル、あやつの大ファンであった。おじいさんはぐぬぬ……と言いながら、畦きりの作業に戻っていってしまった。クワを持つその手には、普段より力が込められているように見えた。


「ねえ、ばあちゃん! なんで小学校なくなるの?」

「はあ、そうだねえ……この村は人がどんどん少なくなってねえ……子供の数も減ってしもうた……皆、山の(ふもと)の大きな町に移ってしもうたからじゃ……だから小学校を閉じることにしたのじゃ」

「それじゃあ、子供がたくさん来たら、学校なくならない?」

「そうじゃのう……子供、来てくれたらいいのう!」


 そう言って、(ゆたか)(なぐさ)めようとするおばあさん。しかし(ゆたか)は、それは無理な願いであると、なんとなく悟っているようにも見えた。


『あと1年で、あの学校で卒業式を迎えることができるのに!』


 (ゆたか)も、そして、他の5年生の生徒たちも、そんな気持ちを抱きながら、それぞれに寂しく春休みの日々を過ごしていた。



 そんな中、職員室の電話が鳴り響く。誰かが手を伸ばし、受話器も持ち上げる。

 ここは、(ゆたか)たちが通う、小学校。


「シイバ村立カムイ小学校です……はい……はい……」


 電話の対応をしているのは、連絡係として学校に来ていた、桑波くわなみ 緑子みどりこ28歳、小さな丸いフレームの眼鏡がトレードマークの教員である。生徒からは親しみを込めて、ロッテンマイヤー先生と呼ばれている。


「本当ですか! ……はい、わかりました!」


 その声は、喜びが隠せず、少し上ずっているかのように聞こえた。

 ゆっくりと受話器を置くロッテンマイヤー先生。


「やったー! みんなやったわー!!」


 歓喜の声をあげながら、何回も飛び跳ね回るその音は、床板をギシギシときしませ、誰もいない学校中に響き渡った。


「本当に……本当によかった……」


 瞳から溢れでるうれし涙が、(ほお)を伝いたくさん流れ落ちた。



 シイバ村立カムイ小学校は、今年度で廃校予定であった。1度は、廃校が決定していたが、カムイ小学校全教員の凄まじい抗議により、今年度中に生徒が2人以上増えることを存続の条件に、廃校予定とされていたのだ。


 その知らせは、瞬く間に全生徒と保護者に伝えられた。



 そして、歓喜の中、始業式の日を迎えたのであった!


「オッス! ゆたか! 元気にしてたか?」

「おう! でっちょ! 元気バリバリだ! それより、来る途中で、すげー虫見つけたんだ! 見てくれよ!」

「!? なんだ、これ! すげー!!」


 すげー虫を見て、楽し気にはしゃぐのは、井手いで あきら、通称でっちょ。いつも明るく楽しい、クラスのムードメーカーのような存在である。


「……うわっ! キモっ! 新学期早々、なんてもの見せてくれるのよ!」

「なになにー? 男子どもー、また変な虫でも持ってきたのー?」


 いきなり辛辣(しんらつ)な言葉をぶつけてきたのは、児玉こだま ゆい、通称まゆ。辛口のコメンテーターのような彼女であるが、実は、しっかり者でクラスの学級委員を5年連続で務め続けている。

 まったりと話しの中に入ってきたのは、二梃木にちょうぎ 八重子やえこ、通称マダム。まったりとした、そして気だるさを感じさせる語り口から、いつの間にかそう呼ばれるようになっていた。


「まゆ! お前が勝手に覗き込んできただけだろ!」

「ほう! ゆたか! このワタシとやろうっていうの?」


 ポキポキと手の関節をならしながら、(ゆたか)に近づくまゆ。クラスで1番の高さを誇る身長は、(ゆたか)の恐怖心を(あお)るには十分すぎるようだ。


「やめろよ! 2人とも! それより、マダムも見てみろよ! この虫、なげー足が沢山あって……」

「虫の解説、キモいからやめろ!」


 助け舟を出したつもりのでっちょ。しかし、(かえ)って火に油を注いでしまったようだ。


 カッカッカ、なにやら足音のようなものが近づいてくる。


「先生よ! 皆、席について!」


 さすが、学級委員を長年務めるまゆ。すぐさま怒りを鎮め、いつもの役割に戻った。


 足音は、扉の前で一旦止まった。そして、扉の外では、感慨深い様子で、なにかを見上げる1人の姿があった。

 6年生の文字がかかれたプレートを、眼鏡のレンズ越しに、じっと見つめている。


 ガラガラッ、扉が開く。


「みんな、おはよう!」

「わー! ロッテンマイヤー先生!!」


 席についていた生徒たちが、一斉に立ち上がり、先生を中心に輪をつくった。それは7人でつくった、とても小さい輪であったが、大きな温もりがそこにはあった。


 ロッテンマイヤー先生は、1年のときから、ずっとこのクラスの担任をしてきた。といっても、他にクラスも学年もあるわけではない。そう、シイバ村立カムイ小学校には6年生の1クラスしかない。全校生徒7人、全教員数4人。校長先生ですら、図工と体育の授業を兼任し、校庭の手入れのような雑務も行う、そんな小さな学校であった。

 5年生最後の終業式の日、全生徒、全教員11人が集まり、お別れの会が行われる予定だった。しかし、学校の存続を、あきらめきれないロッテンマイヤー先生が、校長先生たちを説得しだしたのだ。


「みんな、そして先生方……ここで、お別れをしてしまったら、すべてが……カムイ小学校が無くなってしまいます……あと1年……あと1年でみんなはここで卒業式を迎えることができる……あきらめたらそこで学校が終了してしまうんです!」


 その日、お別れの会は急遽中止となり、生徒たちはそれぞれの家に戻った。そのあと、先生たちは方々(ほうぼう)を駆けずり回り、廃校を決定から予定に変えさせ、今日を迎えたという訳であった。


「わーん! ロッテンマイヤー先生!」


 みんな笑顔の中、1人泣きじゃくる、まゆ。つい先ほどまで、恐怖をあたえられていた人物とは、全く思えないと(ゆたか)は感じているようだった。


「はいはい、まゆ。落ち着いてね……それじゃ、みんな、席に戻って!」


 まゆは落ち着きを取り戻し、みんなとともに席についた。


「それでは、本日のメインイベント! 転校生の紹介です!」

「よっ! 待ってました! カムイ小学校の救世主の登場だ!」


 先生の進行にあわせるかのように、いつの間にか、扉の横に陣取っていた、でっちょ。叫びながら扉を開いた。


 少し小柄な2人が教室に入ってくる。男の子と女の子で、背丈は全く同じように見えた。


「それじゃあ、順番に自己紹介してね!」


 男の子がスッと前に出る。


「ぼくは、勇者ニコラ! 魔王を討つために、異世界から転生してきた!」


 つづいて、女の子が前に出る。


「我は、魔王レベッカ! 勇者を(ほふ)るため、異世界より転生してまいった!」

『前世で、コイツと相打ちとなってな!!』


 お互いに指をさしながら、2人は同じセリフを放った。異様な空気になる教室。先生はそれを察したのか、黒板になにやら書き始めた。


「はい! こっちの彼は、かけはし 勇太ゆうた君。そして、そっちの彼女は、かけはし 真央まおちゃん」


 黒板に書かれたのは、2人の名前だった。2人はサッと振り返り、先生の書いた名前を見たかと思うと、黒板けしとチョークをつかみ、それぞれの名前の前に向かった。


かけはし 勇太ゆうたではない、かけはし 勇者ゆうしゃだ!」

かけはし 真央まおではない、かけはし 魔王まおうじゃ!」


 2人は黒板に書かれた文字を訂正した。


『この世の、仮の名であるがな!』


 両手を腰に当て、足を少し開き、ドヤ顔をしながら、2人は再び同じセリフを放った。

 一旦、先生が戻しかけた空気感が、さらに異様なものへと変わってしまった。


「あれー? 2人とも(かけはし)ってー! もしかして双子ー?」


 まったりとして、気だるく空気を全く読まないマダムが、異様な空気を、いとも簡単に壊した。机の下で親指を立てながら「グッジョブ!」と心の中でみんな叫んだ。


「そう、2人は双子なの! よくわかったわね! それじゃ、勇者と魔王! 空いてる席についてね!」


 その先生の一言で、(かけはし) 勇太、通称 勇者。(かけはし) 真央、通称 魔王。と決まった。


 これでクラスメイトは9人となった。机は左から2・2・3・2の4列となり、左から2列目の2番目に勇者、左から3列目の2番目に魔王が座ることとなった。

 この日は、いろいろと時間が押してしまったため、生徒の自己紹介は翌朝のホームルームで行うこととなった。



 翌朝、ホームルームがはじまった。


「それじゃあ、先生は職員室に戻るから。今日の当番はゆたか、よろしくね!」


 席をはなれ、教壇の前に立つ(ゆたか)。少し緊張した面持ちのようにもみえた。

 高学年になったら、朝のホームルームは生徒たちだけで行い、進行は当番制にする。ロッテンマイヤー先生がずっと前から決めていた約束事だった。


「それでは、自己紹介を始めていきます。そちらの前から順番にお願いします」

「はい! ワタシは児玉 唯。悪いことしたら、男子でもやっつけちゃうからね! そこんとこよろしく! それと、まゆって呼んでね!」

「……どこかの番長のような挨拶でしたね。次は……」

「誰が番長だ、ゆたか! さっそくやっつけちゃうぞ!」

痴話(ちわ)げんかは余所(よそ)でしなよ! おふたりさん!」

「でっちょ! なんだよそれ!」

「わっはっは!!」


 少しピリピリした雰囲気(ふんいき)で始まったホームルーム。しかし、いつもの賑やかな様子に戻ったようだ。


 そして、まゆ、でっちょ、マダムの順に自己紹介は終わり、次に進行していった。


「次は、昨日紹介が終わった勇者は飛び越して……」

「素晴らしい! 3人を勇者パーティーとして迎え入れることにしよう!」


 (ゆたか)の進行を置いてけぼりにして、突然、勇者が話し出した。


「まゆ、君は戦士ジャクリーヌだ! 両手剣を操り、フルプレートを着こなす! その勝気な性格にピッタリだ!」

「戦士ジャクリーヌ?」


 目をぱちくりとさせる、まゆ。そして、勇者はつづける……


「でっちょ、君は魔法使いシモンだ! 数多(あまた)の魔法を操り、強敵を倒す! そのユーモラスさ、まさにピッタリだ!」

「魔法使いシモン?」


 目をぱちくりとさせる、でっちょ。さらに、勇者はつづける……


「マダム、君は僧侶イザベル……」

「ちょっとストッッップ!!」

「……どうした? ゆたか」

「そういうのは相手に確認してから、1人1人仲間にしていくもんだろう? 一方的に迎えるって言われても……なあ、でっちょ?」

「あ? おれ? 別に構わないぜ! 面白そうだし!」

「……それじゃあ、マダムは?」

「あたしー、RPG大好きだからー、そういうのうれしい! ねえー、イザベルの種族はー?」

「僧侶イザベルはハーフエルフさ!」

「ハーフエルフかー、可愛いー!」


 でっちょとマダムが勇者パーティーに加入した。


「まあ、まゆはノラないよね、こういうの。ゲームとかもしないし」

「…………」


 (ゆたか)がまゆの方に目を向けると、顔を真っ赤にして、腰をくねくねさせていた。


「どうしたの、まゆ? ゆでだこみたいになって?」

「誰がゆでだこだ! バカゆたか!」


 まゆの口調は、いつもの調子に戻ったようであるが、依然として顔は真っ赤だった。


「そういや1年のとき、将来の夢を作文で発表したことがあったよな?」

「ああ! あった、あった! でっちょ、よく覚えてるなあ」

「そのとき、まゆが発表したのは……」

「やめろぉぉぉー!!」


 すぐ後ろの席に立つでっちょの顔に向かい、まゆは裏拳を繰り出した。しかし、でっちょはわかっていたかのように、ひらりとかわした。


「将来は、女戦士になって、勇者のお嫁さんになりたいだとよ!」

「ひぎゃぁぁああ!!」


 両手で覆われたまゆの顔は、さらに赤くなり、湯気が噴出しているようにも見えた。


 まゆは勇者パーティーに加入した。


「これで勇者パーティーは完成したぞ! 魔王! さて、どうする?」


 隣の席の魔王を指さし、勝ち誇る勇者。


「フハハハ! ならば、こちら側の4人を魔王四天王とする! 魔王の命令は絶対! 拒否という選択肢はない!」


 ゆたかと3人は、魔王四天王に強制加入させられた。


 ガラガラ、扉が開き教室に先生が入ってくる。


「はい! ホームルーム終了! 1時間目は理科室で実験だから、すぐに準備して向かってね!」


 変な空気のまま、ホームルームは終了した。



 1時間目、理科の授業が始まった。


「はい! 今日は2つの班にわかれて、実験を行いたいと思います」


 理科を担当するのは、ロッテンマイヤー先生だ。白衣を着ているためか、いつもとは少し違って見えた。単なる偶然かと思うが、勇者パーティー4人と魔王プラス四天王5人の2班にわかれた。


「今回の実験は、水、洗濯のり、絵の具、ホウ(しゃ)をつかって、あるものをつくります。ホウ(しゃ)は少し危険だから、十分注意して扱ってね!」


 あるものの制作がスタートした。


「まず、水100ccと洗濯のり100ccを容器に入れてかき混ぜます」


「ほう! これはポーションでもつくるのか?」

「違うよ、勇者。だってまずそうじゃないか! きっと、ホウ(しゃ)ってヤツで魔法の力を注ぎ込むんだぜ! なっ、マダム?」

「絵の具の色はー、黄緑色ー、僧侶の感がそう(つぶや)くわー!」

「女戦士のワタシの感では、女冒険者の敵がつくりだされる、そう言ってる!」


 楽し気に会話しながら実験を進める4人。勇者パーティー班は、意外とノリノリのようだ。


「先ほどの液体に、好きな色を均一に混ぜ合わせたら、前もって準備してあったホウ(しゃ)水溶液と容器で混ぜ合わせると……」


「フハハハハ! 混ざり、我がもとに現れるがいい、悪魔の化身よ!」

「魔王様が絵の具をいろいろ混ぜすぎて、黒っぽくなってしまいましたが……」

「混ざりたまえー! 混ざりたまえー!」

「こやつ、粘り気がでてまいりましたぞ! なにやつ?」

「ゆう、かず、まこ! お前らノリノリだな!」


 こちらは魔王プラス四天王班。ゆう、かず、まこの男3人は、魔王軍になりきっている。(ゆたか)は、四天王のツッコミ役としてポジションを(つか)みかけているようだった。


「じゃーん!! スライムの完成!! すごいでしょ?」


 なぜかドヤ顔で、完成したスライムも見せつける、ロッテンマイヤー先生。


「こいつ、服を溶かす粘液を出すぞ! みんな何かの影に隠れろ!」


 ガシャガシャ! そういうと、1人机の影に隠れる、まゆ。


「はっはっは! なにやってるんだ、まゆ!」


 大爆笑に包まれる理科室。結局、1番ノリノリなのは、まゆだった。



 2時間目、体育の授業が始まった。


「よし! 今日は2組にわかれて、バスケットの試合を行うぞ!」


 体育を担当するのは、校長先生だ。校長室でいつも着ているスーツではなく、ぴちぴちのTシャツと、結構きわどめの短パンをはいている。もう60前だというのに、ボディビルダー並みに保たれた筋肉。それを生徒たちに自慢したいのだろうか?


「この組み分けで行くぞ! 人数差はあるが、先生が入ると余計にバランスが崩れるから、点差がつきすぎた時だけ、助っ人で入ってやるぞ!」


 単なる偶然かと思うが、またもや勇者パーティー4人と魔王プラス四天王5人の2組にわかれた。


「ゆたか、ツギノさんは元気か?」

「ばあちゃん? 元気だよ! 早く校長先生に会いたくて、稲刈りの時期が楽しみだって!」


 ゆたかを呼び止める、校長先生。実は、彼が『ど田舎マッスルグランプリ』でのおじいさんのライバル、あやつであった。


「それでは、準備はいいか?」

「おう!」

「うむ!」


 ジャンプボールは、勇者vs魔王で行われることとなった。


「では始め!」

「とうっ!」


 高々と投げ上げられたボールに向かって、思いっきりジャンプする勇者。なぜかジャンプせず、歩いて自陣に戻る魔王。

 勇者によりはたかれたボールは、でっちょの手の中に収まり、勇者パーティーボールでのスタートとなった。


「魔王様、なぜジャンプせずに戻られたのですか?」

「うぬはわかっておらぬな? ゆうよ! 魔王とは、魔王城にて勇者を待ち受ける。そして、やっとの思いでたどり着いた玉座の前には、四天王が立ちはだかる! それを倒して、やっと戦うことができる、そんな存在なのだ!!」

「……ということは」

「魔王四天王よ! 我が前に集うがいい!!」

『ははあ!』


 自陣ゴール下に立つ魔王。その前に壁となって立ちはだかる四天王。


「では、勇者パーティー、魔王城へいざいかん!」

「……なあ、勇者……なんで俺たちは、1列に並んで進んでいるんだ?」

「RPGならー、これが当たり前ー!」

「女戦士を1番後ろに配置するとは、どういうことだぁ? 普通、1番前じゃないかぁ?」

 四天王の前に縦1列で迫る、勇者パーティー。


「それでは、いくぞ!」


 勇者の号令に合わせ、散らばるでっちょ、マダム、まゆの3人。1番身長のあるまゆを、ゴール下に向かわせ、そこにうまくボールをつなぐ作戦のようだ。


「ふざけているのかと思ったら、意外とやるようだな!」


 校長先生は、少し感心しているようだ。

 それに合わせ、四天王も動いた。


「ほう! ゾーンディフェンスか! やつらもやりよる!」


 狙ったどうかは不明であるが、2-3のゾーンディフェンスの陣形が完成していた。

 ゾーンディフェンスとは、それぞれの担当エリアで、持ち場に入ってくるオフェンスを待ち受ける。まさに、魔王城にて勇者を待ち受ける、そういう陣形であった。



 白熱した攻防がつづいた。しかし、魔王チームのボールになったら、攻撃せずに勇者チームに返す。そんなプレイが繰り返された。そのうち勇者チームは、守る必要はないのでは? と考えるようになっていた。

 そして、試合終了の30秒前、それは起こった……


 パシッ、(ゆたか)が、まゆへのパスをカットしたその瞬間、魔王が勇者陣ゴールに向かって走り出した。そのスピードは凄まじく、勇者チームの誰もが反応できないほどであった。(ゆたか)がふわりと出したパスを、センターラインを超えたあたりで受け取った魔王は、そのスピードのまま、レイアップシュートを華麗に決めて見せた。


「50年に1度、魔王は攻める!」


 ピ、ピィィー! 魔王がそのセリフを吐いた直後、試合の終わりを示す、長いホイッスルがなった。


 校長先生を含め全員が、魔王のスピードと華麗なシュートに驚きを隠せない様子だった。しかし、試合の結果は20-2で勇者チームの圧勝だった。



 そして、そんな楽しくて不思議な日々が、2か月ほどつづいたとある金曜日の午後の教室……


 うえーん! 机に顔を伏せて、まゆが泣いていた。(ゆたか)はなにか起こったのかと、周りの見渡してみると、勇者と魔王の姿だけなかった。


「みんな、席に着いたまま、ゆっくり聞いてね」


 ロッテンマイヤー先生が、みんなを落ち着かせるように、ゆっくりと話し出した。


「まゆと魔王が、一緒に遊んでいたらしいの。モップとほうきを振り回して。そしたら、まゆの振り回していたモップが、彼女の右手首に当たっちゃったの。骨に異常がありそうだったから、校長先生と勇者は付き添いで一緒に、今、病院に行ってるの。」


 ひっく、ひっく! 驚きで静寂(せいじゃく)につつまれる教室に、まゆの泣き声だけが響き渡る。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」

「そう、これは事故だったの……ちゃんと謝れば、きっと彼女は許してくれるわ……」


「……でもね、以前のまゆは、こんな事する子じゃなかったでしょう……勇者だ魔王だの、そんな遊びを始めちゃったから、今回のことが起こったのだと先生は思うの……だから、その遊びはやめて元のように……」

「先生、待ってください!」


 手を挙げて席を立ったのは、(ゆたか)だった。


「2人が転校してきてくれて、おれは変わりました。廃校の危機から救い、この学校での生活をつづけることができました。勇者だ魔王だの、はじめは変な遊びかと思いましたが、そこから自分をだすことの大切さを知り、以前より、自分をだすことができるようになりました」


 (ゆたか)の語りは、すべての気持ちを込めたかのような、とても熱いものだった。さらに(ゆたか)の語りはつづく。


「先生はいつもいないので、知らなかったと思いますが、朝のホームルームの時間、みんな、前より自分の意見を言えるようになりました。だから、変な遊びのせいじゃなく、そのおかげで、みんな、成長できたのだと思います」


「そうだ!」

「そうだ!」

「そうよ!」


 まゆ以外のみんなが立ち上がった。


「ぼくも成長させてもらったよ!」


 前の扉から、勇者が現れた!


「我も成長させてもらったぞ!」


 後ろの扉から、魔王が現れた!


「まゆ? おまえはどうなんだ?」


 魔王は、右手をまゆに向かって伸ばしながら言った。


「ワタシも成長させてもらった! だけど、もっと成長したい!」


 みんなが、まゆの元へ駆け寄った。そして、まゆを中心に輪をつくった。それは8人でつくった、とても小さい輪であったが、大きな温もりがそこにはあった。


「彼女の手首の骨、大丈夫だったよ。軽い打撲で2・3日で完治するってさ! で、さっきの話、どうする? ロッテンマイヤー先生」


 ロッテンマイヤー先生に話しかけるのは、病院から戻った校長先生だった。



◆◆◆



 翌週、月曜日の朝……ホームルーム中の教室に、意見が飛び交っている。それを、教師用の机から笑顔で見守る、ロッテンマイヤー先生の姿があった。


「本当、いつの間に、みんなこんなに成長しちゃったのかしら?」


 キーンコーンカーンコーン、ホームルームの終わりを告げる鐘が鳴り響く。


「はい! ホームルーム終了! 1時間目は図工。勇者、魔王みんなを図工室に引き連れて向かってね!」


「おう!」

「うむ!」


「勇者パーティー、図工室にいざいかん!」

「魔王四天王、図工室を攻め落とすぞ!」



 今日も子供たちの楽しい声が学校中に響き渡る。

 転校生の勇者と魔王に率いられて……

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