転校生は勇者と魔王
そこは、山奥をさらに奥に奥にと進んだ小さな農村。超がつくほどのど田舎。深い森に囲まれた小さな隙間に、ポツリポツリと段々畑と家があった。
「ねえ、じいちゃん。おれら、なんであの学校で卒業できないの?」
「……ばあさんなら、お隣のトメさんとこに行って、茶でも飲んでおるんじゃないかの?」
「だ・か・ら! 小学校なんでなくなるのって!」
大声で話しているのは、奥山 農11歳、小学5年生の男の子だ。段々畑で畦きりの手伝いをしている。畦きりというのは、棚田のあぜをクワを使って整える作業のことだ。
「……小学校? ワシらの頃は、生徒が溢れんばかりにおってなあ、板張り校舎の床が、いつ抜けるんじゃないかと、毎日そわそわしておったよ!」
畦きりの作業の手を一旦止め、目を細めて昔を懐かしんでいるのは、奥山 源助86歳、豊の祖父で、現役の農家だ。若干、耳が遠いのか、少しボケているのかハッキリしないが、農家として鍛えられ続けてきた体は、80代後半のものとは到底思えないほど立派なものであった。
実は、このど田舎の村にも、年に1度だけ人で溢れかえることがある。過疎化が進みまくり、もはや末期症状とまでなってしまったここの村人たちが、半ば破れかぶれで始めたイベント『ど田舎マッスルグランプリ』である。重りのついたクワを使った稲刈り対決や、斧1本で巨木を切り倒すスピード対決などが行われる。
「そういや、じいちゃん! この前の大会、惜しかったね」
「ぐぬぬ……次の……次の大会では、絶対にあやつに勝ってやるんじゃ!」
毎年、稲刈りの時期にあわせて行われる『ど田舎マッスルグランプリ』。前回の大会で、10回目を迎えた。その10回ともすべて、おじいさんとあやつと呼ばれる人が優勝を勝ち取っている。通算成績は5勝5敗と全くの互角だ。
「ゆたかー! おじいさーん! お茶がはいりましたよー! 休憩しましょー!」
「あっ! ばあちゃんだ!」
少し遠くから2人を呼ぶのは、奥山 ツギノ83歳、豊の祖母だ。家事を行いつつ、暇を見つけては農作業を手伝っている。
「おろ? ばあさん、トメさんとこ行っとったんじゃないかの?」
「何言ってるんですか? おじいさん? トメさんは亡くなったでしょ! 5年前に!」
「そうじゃった! そうじゃった! はっはっは!」
額をぺちぺちと叩きながら笑う、おじいさん。やれやれと首を振りながら、お茶請けの漬物を小皿によそう、おばあさん。
「だいたい、あたしの足じゃ、たどり着ける距離じゃありませんよ!」
奥山家からお隣のトメさんが住んでいた家までは、車も入れないような細いけもの道を進む必要があり、大人の足でも30分以上はかかる。ましてや、おばあさんは最近、膝の調子が悪化していたのだ。
「それより、またあの人に会いたいわあ! 次の稲刈りの時期が待ち遠しい……」
「あの人って、大会の人だよね? ばあちゃん!」
「ぐぬぬ……」
愛しい人を思い出した乙女のような顔で、空を見上げるおばあさん。実はおばあさん、おじいさんの大会でのライバル、あやつの大ファンであった。おじいさんはぐぬぬ……と言いながら、畦きりの作業に戻っていってしまった。クワを持つその手には、普段より力が込められているように見えた。
「ねえ、ばあちゃん! なんで小学校なくなるの?」
「はあ、そうだねえ……この村は人がどんどん少なくなってねえ……子供の数も減ってしもうた……皆、山の麓の大きな町に移ってしもうたからじゃ……だから小学校を閉じることにしたのじゃ」
「それじゃあ、子供がたくさん来たら、学校なくならない?」
「そうじゃのう……子供、来てくれたらいいのう!」
そう言って、豊を慰めようとするおばあさん。しかし豊は、それは無理な願いであると、なんとなく悟っているようにも見えた。
『あと1年で、あの学校で卒業式を迎えることができるのに!』
豊も、そして、他の5年生の生徒たちも、そんな気持ちを抱きながら、それぞれに寂しく春休みの日々を過ごしていた。
そんな中、職員室の電話が鳴り響く。誰かが手を伸ばし、受話器も持ち上げる。
ここは、豊たちが通う、小学校。
「シイバ村立カムイ小学校です……はい……はい……」
電話の対応をしているのは、連絡係として学校に来ていた、桑波 緑子28歳、小さな丸いフレームの眼鏡がトレードマークの教員である。生徒からは親しみを込めて、ロッテンマイヤー先生と呼ばれている。
「本当ですか! ……はい、わかりました!」
その声は、喜びが隠せず、少し上ずっているかのように聞こえた。
ゆっくりと受話器を置くロッテンマイヤー先生。
「やったー! みんなやったわー!!」
歓喜の声をあげながら、何回も飛び跳ね回るその音は、床板をギシギシときしませ、誰もいない学校中に響き渡った。
「本当に……本当によかった……」
瞳から溢れでるうれし涙が、頬を伝いたくさん流れ落ちた。
シイバ村立カムイ小学校は、今年度で廃校予定であった。1度は、廃校が決定していたが、カムイ小学校全教員の凄まじい抗議により、今年度中に生徒が2人以上増えることを存続の条件に、廃校予定とされていたのだ。
その知らせは、瞬く間に全生徒と保護者に伝えられた。
そして、歓喜の中、始業式の日を迎えたのであった!
「オッス! ゆたか! 元気にしてたか?」
「おう! でっちょ! 元気バリバリだ! それより、来る途中で、すげー虫見つけたんだ! 見てくれよ!」
「!? なんだ、これ! すげー!!」
すげー虫を見て、楽し気にはしゃぐのは、井手 明、通称でっちょ。いつも明るく楽しい、クラスのムードメーカーのような存在である。
「……うわっ! キモっ! 新学期早々、なんてもの見せてくれるのよ!」
「なになにー? 男子どもー、また変な虫でも持ってきたのー?」
いきなり辛辣な言葉をぶつけてきたのは、児玉 唯、通称まゆ。辛口のコメンテーターのような彼女であるが、実は、しっかり者でクラスの学級委員を5年連続で務め続けている。
まったりと話しの中に入ってきたのは、二梃木 八重子、通称マダム。まったりとした、そして気だるさを感じさせる語り口から、いつの間にかそう呼ばれるようになっていた。
「まゆ! お前が勝手に覗き込んできただけだろ!」
「ほう! ゆたか! このワタシとやろうっていうの?」
ポキポキと手の関節をならしながら、豊に近づくまゆ。クラスで1番の高さを誇る身長は、豊の恐怖心を煽るには十分すぎるようだ。
「やめろよ! 2人とも! それより、マダムも見てみろよ! この虫、なげー足が沢山あって……」
「虫の解説、キモいからやめろ!」
助け舟を出したつもりのでっちょ。しかし、却って火に油を注いでしまったようだ。
カッカッカ、なにやら足音のようなものが近づいてくる。
「先生よ! 皆、席について!」
さすが、学級委員を長年務めるまゆ。すぐさま怒りを鎮め、いつもの役割に戻った。
足音は、扉の前で一旦止まった。そして、扉の外では、感慨深い様子で、なにかを見上げる1人の姿があった。
6年生の文字がかかれたプレートを、眼鏡のレンズ越しに、じっと見つめている。
ガラガラッ、扉が開く。
「みんな、おはよう!」
「わー! ロッテンマイヤー先生!!」
席についていた生徒たちが、一斉に立ち上がり、先生を中心に輪をつくった。それは7人でつくった、とても小さい輪であったが、大きな温もりがそこにはあった。
ロッテンマイヤー先生は、1年のときから、ずっとこのクラスの担任をしてきた。といっても、他にクラスも学年もあるわけではない。そう、シイバ村立カムイ小学校には6年生の1クラスしかない。全校生徒7人、全教員数4人。校長先生ですら、図工と体育の授業を兼任し、校庭の手入れのような雑務も行う、そんな小さな学校であった。
5年生最後の終業式の日、全生徒、全教員11人が集まり、お別れの会が行われる予定だった。しかし、学校の存続を、あきらめきれないロッテンマイヤー先生が、校長先生たちを説得しだしたのだ。
「みんな、そして先生方……ここで、お別れをしてしまったら、すべてが……カムイ小学校が無くなってしまいます……あと1年……あと1年でみんなはここで卒業式を迎えることができる……あきらめたらそこで学校が終了してしまうんです!」
その日、お別れの会は急遽中止となり、生徒たちはそれぞれの家に戻った。そのあと、先生たちは方々を駆けずり回り、廃校を決定から予定に変えさせ、今日を迎えたという訳であった。
「わーん! ロッテンマイヤー先生!」
みんな笑顔の中、1人泣きじゃくる、まゆ。つい先ほどまで、恐怖をあたえられていた人物とは、全く思えないと豊は感じているようだった。
「はいはい、まゆ。落ち着いてね……それじゃ、みんな、席に戻って!」
まゆは落ち着きを取り戻し、みんなとともに席についた。
「それでは、本日のメインイベント! 転校生の紹介です!」
「よっ! 待ってました! カムイ小学校の救世主の登場だ!」
先生の進行にあわせるかのように、いつの間にか、扉の横に陣取っていた、でっちょ。叫びながら扉を開いた。
少し小柄な2人が教室に入ってくる。男の子と女の子で、背丈は全く同じように見えた。
「それじゃあ、順番に自己紹介してね!」
男の子がスッと前に出る。
「ぼくは、勇者ニコラ! 魔王を討つために、異世界から転生してきた!」
つづいて、女の子が前に出る。
「我は、魔王レベッカ! 勇者を屠るため、異世界より転生してまいった!」
『前世で、コイツと相打ちとなってな!!』
お互いに指をさしながら、2人は同じセリフを放った。異様な空気になる教室。先生はそれを察したのか、黒板になにやら書き始めた。
「はい! こっちの彼は、梯 勇太君。そして、そっちの彼女は、梯 真央ちゃん」
黒板に書かれたのは、2人の名前だった。2人はサッと振り返り、先生の書いた名前を見たかと思うと、黒板けしとチョークをつかみ、それぞれの名前の前に向かった。
「梯 勇太ではない、梯 勇者だ!」
「梯 真央ではない、梯 魔王じゃ!」
2人は黒板に書かれた文字を訂正した。
『この世の、仮の名であるがな!』
両手を腰に当て、足を少し開き、ドヤ顔をしながら、2人は再び同じセリフを放った。
一旦、先生が戻しかけた空気感が、さらに異様なものへと変わってしまった。
「あれー? 2人とも梯ってー! もしかして双子ー?」
まったりとして、気だるく空気を全く読まないマダムが、異様な空気を、いとも簡単に壊した。机の下で親指を立てながら「グッジョブ!」と心の中でみんな叫んだ。
「そう、2人は双子なの! よくわかったわね! それじゃ、勇者と魔王! 空いてる席についてね!」
その先生の一言で、梯 勇太、通称 勇者。梯 真央、通称 魔王。と決まった。
これでクラスメイトは9人となった。机は左から2・2・3・2の4列となり、左から2列目の2番目に勇者、左から3列目の2番目に魔王が座ることとなった。
この日は、いろいろと時間が押してしまったため、生徒の自己紹介は翌朝のホームルームで行うこととなった。
翌朝、ホームルームがはじまった。
「それじゃあ、先生は職員室に戻るから。今日の当番はゆたか、よろしくね!」
席をはなれ、教壇の前に立つ豊。少し緊張した面持ちのようにもみえた。
高学年になったら、朝のホームルームは生徒たちだけで行い、進行は当番制にする。ロッテンマイヤー先生がずっと前から決めていた約束事だった。
「それでは、自己紹介を始めていきます。そちらの前から順番にお願いします」
「はい! ワタシは児玉 唯。悪いことしたら、男子でもやっつけちゃうからね! そこんとこよろしく! それと、まゆって呼んでね!」
「……どこかの番長のような挨拶でしたね。次は……」
「誰が番長だ、ゆたか! さっそくやっつけちゃうぞ!」
「痴話げんかは余所でしなよ! おふたりさん!」
「でっちょ! なんだよそれ!」
「わっはっは!!」
少しピリピリした雰囲気で始まったホームルーム。しかし、いつもの賑やかな様子に戻ったようだ。
そして、まゆ、でっちょ、マダムの順に自己紹介は終わり、次に進行していった。
「次は、昨日紹介が終わった勇者は飛び越して……」
「素晴らしい! 3人を勇者パーティーとして迎え入れることにしよう!」
豊の進行を置いてけぼりにして、突然、勇者が話し出した。
「まゆ、君は戦士ジャクリーヌだ! 両手剣を操り、フルプレートを着こなす! その勝気な性格にピッタリだ!」
「戦士ジャクリーヌ?」
目をぱちくりとさせる、まゆ。そして、勇者はつづける……
「でっちょ、君は魔法使いシモンだ! 数多の魔法を操り、強敵を倒す! そのユーモラスさ、まさにピッタリだ!」
「魔法使いシモン?」
目をぱちくりとさせる、でっちょ。さらに、勇者はつづける……
「マダム、君は僧侶イザベル……」
「ちょっとストッッップ!!」
「……どうした? ゆたか」
「そういうのは相手に確認してから、1人1人仲間にしていくもんだろう? 一方的に迎えるって言われても……なあ、でっちょ?」
「あ? おれ? 別に構わないぜ! 面白そうだし!」
「……それじゃあ、マダムは?」
「あたしー、RPG大好きだからー、そういうのうれしい! ねえー、イザベルの種族はー?」
「僧侶イザベルはハーフエルフさ!」
「ハーフエルフかー、可愛いー!」
でっちょとマダムが勇者パーティーに加入した。
「まあ、まゆはノラないよね、こういうの。ゲームとかもしないし」
「…………」
豊がまゆの方に目を向けると、顔を真っ赤にして、腰をくねくねさせていた。
「どうしたの、まゆ? ゆでだこみたいになって?」
「誰がゆでだこだ! バカゆたか!」
まゆの口調は、いつもの調子に戻ったようであるが、依然として顔は真っ赤だった。
「そういや1年のとき、将来の夢を作文で発表したことがあったよな?」
「ああ! あった、あった! でっちょ、よく覚えてるなあ」
「そのとき、まゆが発表したのは……」
「やめろぉぉぉー!!」
すぐ後ろの席に立つでっちょの顔に向かい、まゆは裏拳を繰り出した。しかし、でっちょはわかっていたかのように、ひらりとかわした。
「将来は、女戦士になって、勇者のお嫁さんになりたいだとよ!」
「ひぎゃぁぁああ!!」
両手で覆われたまゆの顔は、さらに赤くなり、湯気が噴出しているようにも見えた。
まゆは勇者パーティーに加入した。
「これで勇者パーティーは完成したぞ! 魔王! さて、どうする?」
隣の席の魔王を指さし、勝ち誇る勇者。
「フハハハ! ならば、こちら側の4人を魔王四天王とする! 魔王の命令は絶対! 拒否という選択肢はない!」
ゆたかと3人は、魔王四天王に強制加入させられた。
ガラガラ、扉が開き教室に先生が入ってくる。
「はい! ホームルーム終了! 1時間目は理科室で実験だから、すぐに準備して向かってね!」
変な空気のまま、ホームルームは終了した。
1時間目、理科の授業が始まった。
「はい! 今日は2つの班にわかれて、実験を行いたいと思います」
理科を担当するのは、ロッテンマイヤー先生だ。白衣を着ているためか、いつもとは少し違って見えた。単なる偶然かと思うが、勇者パーティー4人と魔王プラス四天王5人の2班にわかれた。
「今回の実験は、水、洗濯のり、絵の具、ホウ砂をつかって、あるものをつくります。ホウ砂は少し危険だから、十分注意して扱ってね!」
あるものの制作がスタートした。
「まず、水100ccと洗濯のり100ccを容器に入れてかき混ぜます」
「ほう! これはポーションでもつくるのか?」
「違うよ、勇者。だってまずそうじゃないか! きっと、ホウ砂ってヤツで魔法の力を注ぎ込むんだぜ! なっ、マダム?」
「絵の具の色はー、黄緑色ー、僧侶の感がそう呟くわー!」
「女戦士のワタシの感では、女冒険者の敵がつくりだされる、そう言ってる!」
楽し気に会話しながら実験を進める4人。勇者パーティー班は、意外とノリノリのようだ。
「先ほどの液体に、好きな色を均一に混ぜ合わせたら、前もって準備してあったホウ砂水溶液と容器で混ぜ合わせると……」
「フハハハハ! 混ざり、我がもとに現れるがいい、悪魔の化身よ!」
「魔王様が絵の具をいろいろ混ぜすぎて、黒っぽくなってしまいましたが……」
「混ざりたまえー! 混ざりたまえー!」
「こやつ、粘り気がでてまいりましたぞ! なにやつ?」
「ゆう、かず、まこ! お前らノリノリだな!」
こちらは魔王プラス四天王班。ゆう、かず、まこの男3人は、魔王軍になりきっている。豊は、四天王のツッコミ役としてポジションを掴みかけているようだった。
「じゃーん!! スライムの完成!! すごいでしょ?」
なぜかドヤ顔で、完成したスライムも見せつける、ロッテンマイヤー先生。
「こいつ、服を溶かす粘液を出すぞ! みんな何かの影に隠れろ!」
ガシャガシャ! そういうと、1人机の影に隠れる、まゆ。
「はっはっは! なにやってるんだ、まゆ!」
大爆笑に包まれる理科室。結局、1番ノリノリなのは、まゆだった。
2時間目、体育の授業が始まった。
「よし! 今日は2組にわかれて、バスケットの試合を行うぞ!」
体育を担当するのは、校長先生だ。校長室でいつも着ているスーツではなく、ぴちぴちのTシャツと、結構きわどめの短パンをはいている。もう60前だというのに、ボディビルダー並みに保たれた筋肉。それを生徒たちに自慢したいのだろうか?
「この組み分けで行くぞ! 人数差はあるが、先生が入ると余計にバランスが崩れるから、点差がつきすぎた時だけ、助っ人で入ってやるぞ!」
単なる偶然かと思うが、またもや勇者パーティー4人と魔王プラス四天王5人の2組にわかれた。
「ゆたか、ツギノさんは元気か?」
「ばあちゃん? 元気だよ! 早く校長先生に会いたくて、稲刈りの時期が楽しみだって!」
ゆたかを呼び止める、校長先生。実は、彼が『ど田舎マッスルグランプリ』でのおじいさんのライバル、あやつであった。
「それでは、準備はいいか?」
「おう!」
「うむ!」
ジャンプボールは、勇者vs魔王で行われることとなった。
「では始め!」
「とうっ!」
高々と投げ上げられたボールに向かって、思いっきりジャンプする勇者。なぜかジャンプせず、歩いて自陣に戻る魔王。
勇者によりはたかれたボールは、でっちょの手の中に収まり、勇者パーティーボールでのスタートとなった。
「魔王様、なぜジャンプせずに戻られたのですか?」
「うぬはわかっておらぬな? ゆうよ! 魔王とは、魔王城にて勇者を待ち受ける。そして、やっとの思いでたどり着いた玉座の前には、四天王が立ちはだかる! それを倒して、やっと戦うことができる、そんな存在なのだ!!」
「……ということは」
「魔王四天王よ! 我が前に集うがいい!!」
『ははあ!』
自陣ゴール下に立つ魔王。その前に壁となって立ちはだかる四天王。
「では、勇者パーティー、魔王城へいざいかん!」
「……なあ、勇者……なんで俺たちは、1列に並んで進んでいるんだ?」
「RPGならー、これが当たり前ー!」
「女戦士を1番後ろに配置するとは、どういうことだぁ? 普通、1番前じゃないかぁ?」
四天王の前に縦1列で迫る、勇者パーティー。
「それでは、いくぞ!」
勇者の号令に合わせ、散らばるでっちょ、マダム、まゆの3人。1番身長のあるまゆを、ゴール下に向かわせ、そこにうまくボールをつなぐ作戦のようだ。
「ふざけているのかと思ったら、意外とやるようだな!」
校長先生は、少し感心しているようだ。
それに合わせ、四天王も動いた。
「ほう! ゾーンディフェンスか! やつらもやりよる!」
狙ったどうかは不明であるが、2-3のゾーンディフェンスの陣形が完成していた。
ゾーンディフェンスとは、それぞれの担当エリアで、持ち場に入ってくるオフェンスを待ち受ける。まさに、魔王城にて勇者を待ち受ける、そういう陣形であった。
白熱した攻防がつづいた。しかし、魔王チームのボールになったら、攻撃せずに勇者チームに返す。そんなプレイが繰り返された。そのうち勇者チームは、守る必要はないのでは? と考えるようになっていた。
そして、試合終了の30秒前、それは起こった……
パシッ、豊が、まゆへのパスをカットしたその瞬間、魔王が勇者陣ゴールに向かって走り出した。そのスピードは凄まじく、勇者チームの誰もが反応できないほどであった。豊がふわりと出したパスを、センターラインを超えたあたりで受け取った魔王は、そのスピードのまま、レイアップシュートを華麗に決めて見せた。
「50年に1度、魔王は攻める!」
ピ、ピィィー! 魔王がそのセリフを吐いた直後、試合の終わりを示す、長いホイッスルがなった。
校長先生を含め全員が、魔王のスピードと華麗なシュートに驚きを隠せない様子だった。しかし、試合の結果は20-2で勇者チームの圧勝だった。
そして、そんな楽しくて不思議な日々が、2か月ほどつづいたとある金曜日の午後の教室……
うえーん! 机に顔を伏せて、まゆが泣いていた。豊はなにか起こったのかと、周りの見渡してみると、勇者と魔王の姿だけなかった。
「みんな、席に着いたまま、ゆっくり聞いてね」
ロッテンマイヤー先生が、みんなを落ち着かせるように、ゆっくりと話し出した。
「まゆと魔王が、一緒に遊んでいたらしいの。モップとほうきを振り回して。そしたら、まゆの振り回していたモップが、彼女の右手首に当たっちゃったの。骨に異常がありそうだったから、校長先生と勇者は付き添いで一緒に、今、病院に行ってるの。」
ひっく、ひっく! 驚きで静寂につつまれる教室に、まゆの泣き声だけが響き渡る。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「そう、これは事故だったの……ちゃんと謝れば、きっと彼女は許してくれるわ……」
「……でもね、以前のまゆは、こんな事する子じゃなかったでしょう……勇者だ魔王だの、そんな遊びを始めちゃったから、今回のことが起こったのだと先生は思うの……だから、その遊びはやめて元のように……」
「先生、待ってください!」
手を挙げて席を立ったのは、豊だった。
「2人が転校してきてくれて、おれは変わりました。廃校の危機から救い、この学校での生活をつづけることができました。勇者だ魔王だの、はじめは変な遊びかと思いましたが、そこから自分をだすことの大切さを知り、以前より、自分をだすことができるようになりました」
豊の語りは、すべての気持ちを込めたかのような、とても熱いものだった。さらに豊の語りはつづく。
「先生はいつもいないので、知らなかったと思いますが、朝のホームルームの時間、みんな、前より自分の意見を言えるようになりました。だから、変な遊びのせいじゃなく、そのおかげで、みんな、成長できたのだと思います」
「そうだ!」
「そうだ!」
「そうよ!」
まゆ以外のみんなが立ち上がった。
「ぼくも成長させてもらったよ!」
前の扉から、勇者が現れた!
「我も成長させてもらったぞ!」
後ろの扉から、魔王が現れた!
「まゆ? おまえはどうなんだ?」
魔王は、右手をまゆに向かって伸ばしながら言った。
「ワタシも成長させてもらった! だけど、もっと成長したい!」
みんなが、まゆの元へ駆け寄った。そして、まゆを中心に輪をつくった。それは8人でつくった、とても小さい輪であったが、大きな温もりがそこにはあった。
「彼女の手首の骨、大丈夫だったよ。軽い打撲で2・3日で完治するってさ! で、さっきの話、どうする? ロッテンマイヤー先生」
ロッテンマイヤー先生に話しかけるのは、病院から戻った校長先生だった。
◆◆◆
翌週、月曜日の朝……ホームルーム中の教室に、意見が飛び交っている。それを、教師用の机から笑顔で見守る、ロッテンマイヤー先生の姿があった。
「本当、いつの間に、みんなこんなに成長しちゃったのかしら?」
キーンコーンカーンコーン、ホームルームの終わりを告げる鐘が鳴り響く。
「はい! ホームルーム終了! 1時間目は図工。勇者、魔王みんなを図工室に引き連れて向かってね!」
「おう!」
「うむ!」
「勇者パーティー、図工室にいざいかん!」
「魔王四天王、図工室を攻め落とすぞ!」
今日も子供たちの楽しい声が学校中に響き渡る。
転校生の勇者と魔王に率いられて……
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