【天然危険物】本格ファンタジー論争という現象
本作は『我思うゆえに我ありと思うゆえに我ありと我は思う/本格ファンタジー論争の闇』を加筆修正し、再掲したものです。
なお、原版は削除しました。
黒崎 「創作界隈では、しばしば〝本格ファンタジー〟について激論が交わされる。ならば僕様も一人で激論を交わしてみようと思う次第」
チロン 「すなわち今日も楽しくお人形遊びなのです。
にしても、またもやトレンディな話題を甘咬みしてエッセイの日間ランキングに闖入しちゃうぜベイベー的な魂胆ですか?」
黒 「うん」
チ 「しかも過去作のリメイクで」
黒 「うん」
チ 「あう。そのスシローで湯呑みをねぶるペロリスト坊やも真っ青な厚顔無恥ぶりに畏敬の念をこめて、睾丸に鞭で会心の一撃を与えたいのです」
黒 「なんでだよ……」
チ 「しからば、スズメの学校の先生ばりにムチを振り振りレッツらゴー」
黒 「ムチはしまいなさい」
◆ ◆ ◆
黒 「といっても、この本タジー論争──〝本格〟を求めてやまない高尚な人間だと思われたい人たちが、そのために戯れてるだけな感じもするんだけどねぇ」
チ 「おー。いきなりディスるとはナイスな度胸なのです。あと、略し方が変」
黒 「ディスってるのは、むしろ本タジー推しの論客さんだと思うぞ。そもこの論争自体、本格ファンタジー〟を定義することで、そこから弾き出した〝なろう系ファンタジー〟を低俗だと腐したい思惑が透けて見えない?」
チ 「ほほー。いかにも性根がエグい方向に拗れきった御主人らしい分析で草ボーボーなのです。てゆーか、やっぱり本タジーって略すの変」
黒 「まぁ、斜に構えた見方であることは否定しない。けど、そういう見地で本タジー論争を眺めると、〝一部の読者や作家による自身の権威化〟というエゴい走性に気付くんじゃないかな。まあ、当事者にその自覚があるかどうかは疑問だけど」
チ 「むー。意地でも〝本タジー〟で通す気か貴様、なのです」
チ 「それはさておき──御主人、その〝権威化〟ってキーワードをよく使いますけど、具体的にはどういう現象なのです?」
黒 「ある事物について〝●●は斯くあるべき〟という排他的な原則論を掲げ、自らその主流派に鎮座すること。
結果どうなるかは、日本映画や和製SF、あるいは純文学をみるといい。〝ベキ論〟の自縄自縛のせいで、一部のマニアによる一部のマニアのためのカテゴリーと化し、市場は萎む一方だろ?」
チ 「てことは、本格ファンタジー論争はファンタジー界隈の終わりの始まりなのです?」
黒 「その危うさを持った現象だとは思う。といっても、カリスマ的な本タジー主義者があらわれない限り、今後も小火が繰り返されるだけだろうが」
チ 「界隈を焼け野原にしちゃうほどの火力は無いと」
黒 「現状ではね。往年のSF界隈には、良くも悪くも精力的な活動家めいたファンがいたようだけど、今のファンタジー界隈には見当たらないし。
てか、本タジー推し派の論調をみると、嗜好や関心の範囲がおしなべて狭いように感じるのよね。
実際、論争の俎上にのぼる作品は似たり寄ったりで、さして議論が深まることも広がることもない。
かつてのSF界隈のような暑苦しいほどの情熱は感じられず、詰りあうときでさえ、どこか冷めてる」
チ 「んー。そう言われると、そうかもなのです」
黒 「火事場の人たちには盛大に燃えてるようにみえても、一歩退いてみれば小さな野火にすぎない。本タジー論争は多種多様なファンタジー界隈の片隅の小競り合いでしかなく、新たなムーブメントを生み出すほどの熱量は無いね。今のところは」
チ 「一部による権威化の試みがうまくいかないのは、いいことかもですけど……その理由が熱量不足というのは、ちょっと寂しいのです」
黒 「だな。〝萌え〟の一般化につれてオタクというもの自体も妙にカジュアル化し、個々の火力は一昔前より格段に落ちてるんだよ。
おまけにカテゴリーがやたらと細分化され、各々《おのおの》のコミュニティーが小さくなってる。
まあ、これはヲタ界隈のみならず、現代社会全体の傾向なんだけど」
チ 「ふーん」
黒 「党首を選挙で選ぼうと言ったら除名されちゃう日本共〇党みたいな独裁カルトはさておき、どんな集団も〝主流派〟〝非主流の諸派〟〝ボッチ&一匹狼〟の三種に分けられるものだ。が、近年は小規模で排他的な諸派が乱立する傾向がある。
総体としての利益よりも個々の居心地が優先され、ちょっとでも異質な奴はグループから排除されちゃうのさ。
でも、そうやって純化された集団にいると、共鳴箱現象で研がれた認知バイアスによって感性の受容器が削がれ、どんどん視野が狭くなってゆく。
本タジー論争にも、そのあたりがみてとれるかと」
チ 「きゅきゅ……? それってどういうことか、ちゃちゃっと解説しろしなのです」
黒 「じゃ、そのために本タジー論争でよく言及される作品をみていこうか。
本格ファンタジーの代表格として最もよく挙げられるのは、かの『指輪物語』だ。これに異議を唱える人は、まずいない。
次に多く挙げられるのは『ロードス島戦記』かな。でも、同作品の世界観は指輪物語がベースのTRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』シリーズから多くの要素を抽出してるんで、本質的には指輪物語の系譜だ。
異世界往還ものを〝本格〟に含めるかどうかは意見が割れるものの、『ナルニア国物語』は比較的評価が高い傾向がある。『ハリー・ポッター』を推す声もあるにはあるけど、ナルニアよりは少数派。
あとは、まれに『果てしない物語』に言及する人がいる程度だな。
──と、ここまで聞いて、何か気付かない?」
チ 「きゅきゅ?」
黒 「全部〝西洋〟なんだよ。本格ファンタジーとして挙げられるのは、ことごとく西洋的ヒロイック・ファンタジーなの」
チ 「ネバーエンディング・ストーリーって、ヒロイック・ファンタジーでしたっけ」
黒 「広い意味では、そう言えるんじゃないか? 主人公が救世主となる冒険譚だし」
チ 「なるへそ」
黒 「とにかく本タジー論争で語られるのは西洋的ファンタジーばかりで、それ以外はときおり『十二国記』や『獣の奏者』に言及する人がいるぐらい。
『西遊記』や『封神演義』『南総里見八犬伝』『竹取物語』あるいは『千夜一夜物語』といった非西洋の古典ファンタジーに議論が及ぶことは、まず無い」
チ 「でもファンタジーといえば、やっぱ西洋なのでは? こんがり日焼けした金髪碧眼パイオツカーデーのイケイケな姐さんが鉄のビキニを着て脳筋ヒャッハー蛮族相手に無双してこそ、真のファンタジーなのです」
黒 「いつの時代の話だよ……てか、おっぱいと無双が必須なのは、なろう系の一部だけだわ。
まあ、本タジー論争にみられる〝ファンタジー≒中世西洋〟という概念の狭さは、鉄ビキニ姐さんが暴れまわってた往年のファンタジー・ブームと変わらないのかもしれないが……」
チ 「でしょでしょ? やっぱりボク様ってば目の付け所が一味違うのです。むっふー」
黒 「なんか違う気もするけど、いいや。
ともあれ僕様が言いたいのは、本格ファンタジーとは何ぞや的な横断幕を掲げるなら、非西洋的ファンタジーにも目を向けないと視野が狭すぎるんじゃないですかねぇ旦那、ってことさね」
チ 「いやん、ネチっこくて素敵なのです」
◆ ◆ ◆
黒 「さて、ここまでは本タジー論争という現象を論じてきたわけだが──ついでに僕様も本格ファンタジーについて持論を垂れておこうか。
てなわけで、まずは広辞苑(第六版)からいくつかのキーワードを抜粋しよう」
チ 「うむ。してみたまえなのです」
【本格】
根本の格式。もとからの正しい法式。本則。また、本来の格式を具えていること。
【格式】
身分・儀式などについてのきまり。また、身分や家柄の程度。
【本格小説】
作者の身辺に材を取った心境小説に対し、社会的現実を客観的に描くという近代小説の本来の資格をそなえている小説。
黒 「以上の語意からすると、本格ファンタジーは〈伝統的な幻想譚の様式に準ずる叙事文学〉って感じかね」
チ 「むー。なんとも抽象的ですね。伝統的な幻想譚の様式って言われても、ピンと来ないのです」
黒 「ファンタジーの源流は神話や民間伝承だから、それらを思わせる構成要素や空気感があるのが基本条件さな。次いで、何かしらの寓意性──すなわち理念や教訓がこもってることも大事」
チ 「ふーん。じゃあ、叙事文学って?」
黒 「本格小説と同じようなもんだよ。とある社会や出来事、思想、あるいは群像を客観的に描くのが叙事文学。対して特定の人物にスポットを当てるのが叙情文学。
以上をふまえて、本格ファンタジーたる要件を挙げるなら──
① 神話や伝承を彷彿とさせる要素がある
② その世界の生態系・文化・生活様式などが、しっかり考えられている
③ 一貫したテーマ性があり、示唆に富む物語である
④ 三人称体で書かれている
──こんなところかな。
巷の本タジー論争では②に注目しがちだけど、物語性という意味では③のほうが重要だと思う」
チ 「ふむふむ」
黒 「強調しておきたいのは、ファンタジー全般を語るうえで西洋的であるか否かは本質的問題ではない、ってことだ。ついでに僕様的には、いわゆるハイファンかローファンかも関係無いと思ってる」
チ 「ローファンでも本格ファンタジーたりうると?」
黒 「うん。たとえば『女神転生』や『帝都物語』みたいな現代伝奇の世界観でも、書き方次第で本格ファンタジーに比する作品性を醸せると思わない?
そこに違和感をおぼえる人は、トールキンの呪縛に囚われすぎっぽい。
指環物語を〝経典〟とはせず、ローファンやオカルト、ホラー、メルヘンといったものも幻想文学の一翼として見渡さないと、最初からズレた舌戦にしかならないのよ」
チ 「ズレた舌戦?」
黒 「分類学的にみれば、〝ファンタジー〟という系譜は上位に位置する。生物学で言うなら〝類〟だな。無論、その下には〝目〟や〝科〟がある」
チ 「なるほど。御主人が代表作と言い張ってる『狐仙奇譚』は、さしずめファンタジー類オカルト目現代伝奇科ですね」
黒 「うん。で、何を言いたいかというと──〝ファンタジーとは何か〟を語るなら、目や科にあたる下位カテゴリーを網羅した〝総論〟でなきゃ意味が無いぜよってこと。
なのに巷の本タジー論争は、指環物語を規範とした〝各論〟に終始しちゃってる」
チ 「なるほど。ズレた舌戦って、そういう意味だったのですね」
黒 「ああ。残念ながら、もとよりズレてる議論が冴えた結論に至るはずはなく──例によって、意識高い系のヲタさん論客が内輪でマウント取り合うだけの現象に堕してる説が無きにしもあらずですな」
チ 「てゆーか最初からそうじゃなくない? とか思ったりする説が無きにしもあらずですな」
黒 「そいつは言わぬが華よ」
チ 「それはそうと──最後の④は、どういう意味が? 一人称体じゃダメなのです?」
黒 「ダメとは言わないけど……叙事文学の定義からして一人称体は不向きなんだよ。実際、一人称体で書かれた叙事文学を挙げろと言われても、僕様には思い当たらない。少なくとも有名どころの作品では。
これに関しては『一人称小説のほうが簡単に書ける?』というエッセイで詳しく書いてるんで、みなさま御笑覧あれ」
チ 「おー。しれっと宣伝をねじ込むとは、抜け目がナッシングなのです」
黒 「まあ、ぶっちゃけPV欲しいのよ。この毒エッセイ群は誰か一人にでも刺さればいいやぐらいに思っていて、評価は気にしてなかったんだけど、短期間とはいえ週間ランキングに食い込んだりしたもんだから、欲が出てきてさぁ」
チ 「普段は諦観を気取ってるくせに、そういうとこ妙に俗物ですよね。御主人ってば」
黒 「うん。実に小賢しいのも、ひとつの才能だと思ってますけど何か?」
チ 「あう。胸張って開き直りやがったのです、この男」
──終劇──
いかがでしたか?
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では、また──