2 優雅なイケメン公爵様
まだ朝方で陽の光は弱い。
薔薇に囲まれたその空間で美しく佇むのはレオナルド公爵。皆からは公爵様、と親しまれている。
だが、この公爵、周りに対してかなり冷たい。それは私も例外ではなかった。
レオナルド・スーリエ。これが公爵様の本名だ。一匹狼で婚約者も居らず、たまにルノワール家に客として遊びに来てる。皇室が嫌で逃げ出してきたのでは? という噂も飛び交うくらいだ。でも本当なのかはよく分からない。
青の混じった銀髪に碧眼。
私と容姿は似ているけど、カッコよさといい、気品といい、全然異なる。短髪で目は細くて、凛々しくて……誰しもが一目置く存在。
そんなお偉い存在が今、目の前にいる。そして、朝食の届けが少し遅かっただけなのに激怒している。
「遅かったな。何でこんなに遅いんだ。一番最初に俺に運ぶべきだろ」
「申し訳ございません、公爵様。姉の方に先に行っており、大変遅くなってしまいました……今度からは公爵様へ一番最初に運びます」
「言い訳は不要だ。スープが冷えただろ、温めてくれないか」
スープ皿に手を当て、冷えたと文句を宣うレオナルド公爵。これは私の朝食が増えたのかもしれない。嬉しいような何とも言えないような。
「かしこまりました。お湯を注ぎますね」
まだ私の朝食が増えたのかは定かではない。
「違う! 何でそうなんだ! お湯なんか足したら、味が薄くなって不味くなるだろ! そんな事も分からないのか! 、貴様は」
「大変、申し訳ございません。すぐに新しいスープを持ってきます」
どうやら、私の朝食が増えたらしい。でも、全然嬉しくない。こんな怒鳴り声、聞きたくもない。
誰か、代わりに……やって、くれないかな……。
とぼとぼと歩く。
そして、新しいスープを公爵様の元へ届ける。
「お待たせしました――」
「よろしい」
レオナルド公爵は私のセリフを最後まで聞かずに、スープを強引に受け取った。
そんなに飲みたかったんだ。
見れば、スープ以外の品はもう完食されている。
そろそろデザートを用意しないと。
奥からワゴンを引く。
でも、邪魔しちゃいけないから、食べ終わるまで待つ。
「それでは、私、庭の掃除に行って参りますね。公爵様はごゆっくり休んでて下さい」
ほうきを持って、公爵のそばから離れる。茶色いほうきは所々古くなって、禿げていたり、錆びていたりしていた。あんまり状態は良くないけど、これしか貸してくれない。
遠ざかる公爵様のほうから、小さな呟きのような声が聞こえたような、気がした。
「……美味いな」
ん?
「何か言いました? 公爵様」
「いや、何でも……」
「紅茶、美味しかったですか?」
「ああ。淹れ方が上手で、とっても香りが良い。甘くもなく、苦くもなく。丁度いいバランスで美味い。こんなに美味い紅茶を飲むのは久しぶりだ」
「でも、君が淹れたわけじゃないんだろう? まあ、そうだろうな。所詮、君みたいな奴がこんなに美味い紅茶を淹れられる筈はない」
「は、はい。そ、そうですね……」
淹れたの、私ですけど?
きっと、言ったら驚くだろうなぁ。恥ずかしがるだろうか。想像するだけで面白い。
でも……褒められて純粋に嬉しかった。嘘でもこんな褒められた経験、無かったもん。
頬を朱に染めていると、公爵様から「どうかしたか?」と心配される。
「何でも無いです」と言い、私は庭掃除へと戻る。
しばらくして、公爵様が食べ終わった頃に彼の元へ向かった。
「薔薇を紅茶に入れても美味しいな」
唐突にそんな事を言うレオナルド公爵。彼は赤い薔薇の花弁を一枚、紅茶の中に入れていた。どうやら、飛んできていたらしい。私が薔薇の花弁をほうきで掃いて、それが風で飛んで――。何故か彼が薔薇の花弁が入った紅茶を飲む姿は自然に溶け込んでいた。まるで風景の一部であるように。
「そ、そうですか。ありがとうございます」
礼を言うと、公爵に怪訝な顔をされる。
朝食を片して、ワゴンへ乗せ、いざ屋敷の中に帰ろうとすると――
「……滑稽だな」
ふと公爵様はそんな言葉を言い放った。
「何がですか?」
とぼけたように言う私。
すると更にレオナルド公爵は睨みを利かせた。
「分からないのか!? 君がやっていることは全て使用人の仕事だろ! 何故君がやっている」
「え……それはお気になさらないで下さい。私が好きでやっていますので」
笑顔を作ろうとするが、とてもつらかった。
「君も少しは反論したらどうだ。じゃないと、君が苦しむだけだぞ」
「ああ゛! この家の者達――特に君の周りの人間には凄く腹が立つな」
怒りながら、先を行く公爵様。
この人っていつも怒ってばかり。
でも今回ばかりは何故か、嫌な気はしなかった。だって……私のために怒ってくれて。私を擁護してくれて。この人はもしかしたら、味方なのかもしれない、とも思った。いや、きっとそうだと思う。
自分の部屋に着いた。
「あー疲れた」
ここだけはこの屋敷で唯一、くつろげる、オアシスのような場所。
私はぽすん、とベッドに倒れ込む。
そのまま数分眠ったが、あまり疲れが取れない。
「もーこうなったら――」
ふと目についたのが、棚に置かれたポーション。一度足りとも飲んだ事はなかった。
そのポーションが禁断のもふもふになれるポーションだとは露知らず、私は一気に飲み干した。
ぐびぐびぐびぐび。
「ぷはー」
「美味しい! これで疲れも――あれ?」
みるみるうちに身体が縮んでいく感覚がする。そして、視界がぼやけ……疲れは取れたけど……何かが、おかしい。
急いで鏡の方に行く。けど、、歩きづらい!!
ようやく鏡に辿り着くが……
そこに映っていたのは――
白いもふもふの、狐に似た何かだった。
そう、私は小さい狐――いわゆるフェンリルの子供に生まれ変わっていたのだ。
「え、何これ。どうなっちゃうの、私~~」
ポーションを禁断のポーションにすり替えたのは、紛れもない公爵様でした♪