第6章 シーグラス
こんばんは、こんにちは、おはようございます!
お待たせしました、第6章を投稿いたします。
いよいよ現実世界でも夏ですね。暑い暑い。
第6章 シーグラス
「えっと……食事ってできますか?」
僕たちを客だと言うんだから、この海の家のオーナーなんだと思うその男性は、手に何かパンパンに入ったビニール袋をカウンターに置きながら、
「あぁ、大したものはないがな。メニューはこれだ」
と言いながら厨房に入っていった。
天井からぶら下がったライトが灯り、室内が明るくなる。僕とミュートはカウンター近くの丸いビーチテーブルに席をとった。
男性が言うメニューってのは、カウンターの上からぶら下がっている、手書きの紙の札のことだ。マジックペンで料理名と金額だけが書かれている飾りっ気のないものだ。
「なんかちょっと……ウザがられているのかしら?」
「でもさ、初対面だよ……?」
僕たちがヒソヒソと話していると、
「おーい、決まったか?」
厨房の見えないところからあの男性の声が大きく聞こえた。
「も!もうちょっと待ってくださーい!」
二人してわけもなく背筋を伸ばしてしまった。僕らは慌ててメニューに視線を戻す。
「き、決まりました!決まりましたよー」
「おう、待ってな。そっちに行くから……」
僕のうわずった声とは反対に、男性が落ち着いた低い声で答えてくれた。対面するミュートは大きめの溜め息を一つする。
「何にするんだ?」
男性は目玉クリップで上を留めた紙の束をメモにして、僕らのオーダーを聞いてきた。
明るいところで見ると、その男性が完全にしかめっ面だと言うのがよく分かった。
赤いアロハシャツに少し丈の短いデニムのパンツ。その上から何か漢字で書かれたデザインの真っ黒な腰巻きのエプロンを着けている。
翻訳アプリが反応し、そこには「亀甲宮焼酎」と書かれていることがわかった。お酒の名前なんだと思う。
肌はしっかり焼けていて、よく見ると腕やらにシミもあるんだけど、日に焼けた肌と同化していてよく見えない。
口の周りにたっぷりとヒゲが密集していて、それはそのまま頭髪と繋がっている。
真っ黒な肌と、真っ白なヒゲと頭髪。掛けているメガネも真っ白で、完全に怪しい風体だ。
しかも分かりやすいしかめっ面で、何故かはわからないけどまるで僕たちは叱られているかのように萎縮してしまった。
「あ、あのぉ、『名物具なしカレーライス』を一つ」
「あ……私も同じものを……」
流石のミュートも、いつもの様な元気は無い。僕としては、彼女がいつこの男性に言い返すかを心配してしまっていた。
「名物だからって美味いとは限らんが?」
わざわざ彼は聞いてくれたが、僕らは口を揃えて「「大丈夫です。それを下さい」」と早口で言ってしまった。
無言で厨房に戻った彼は、良い匂いを漂わせるカレー皿を二つ、銀色のお盆に乗せて、10分程度で戻ってきた。
「具なしカレー、二つね」
これまた銀色のカレー皿には、本当に良い匂いの山盛りのカレーライスと、橋に添えた真っ赤な福神漬けがチョコンと乗っかっていた。
「良い匂い……」
確かに具なしカレーライスだ。ミュートが作るカレーにはジャガイモやニンジン、玉ねぎ、そしてたっぷりの肉が入っていたんだけど、このカレーライスには全くそれらが見当たらない。
何か肉のスジみたいな細かい何かが見えはするんだけど、ルーのほぼ全てに固体を確認できなかった。
ただその外観とは裏腹に、明らかにスパイシーで豊かな……そう、美味そうな匂いが強烈に立ち上っている。
まだ一口も入れていないのに、その香りは僕の鼻と口の中にカレーの存在を感じさせる程で、スプーンを手に取ろうとするその数秒で、僕の腹が恥ずかしげもなくいななくぐらいの強烈さだ。
「「頂きます!」」
もう我慢できないと、僕ら二人はカレーを掻き込んだ。
「ウマイ……」
「やだ、美味しい……!」
たった一口食べただけでこれだけは僕に分かった。今まで食べたカレーライスで一番美味い!
ミュートも同じ様に感じたのか、目を見開いて僕の顔とカレーライスを交互に見やる。
ただ、直後に残念な言葉を聞いてしまった。
「それ食ったら、さっさと家に帰るんだな……」
僕らの隣のテーブルに腰を下ろしながら、例の男性はぶっきらぼうにそう言ったのだった。
「えっと……何か悪い事でもしましたか……?」
あっという間にカレー皿を空っぽのしたミュートが男性に聞き返した。
正直そろそろ僕にも、黙ったままを我慢出来なさそうな頃だったのでちょうど良かった。
あくまでミュートは丁寧な口調は崩さないが、内容としては問い詰める様な形だ。
「ふん……シロガネの嬢ちゃんが雇った用心棒だろ、お前さん方。どんなレーサーか知らないが、こんなヒョロヒョロの女連れだとは、期待外れも大概だな……」
男性は僕らには目もくれず、開いた画面でニュースか何かを見たままだ。
「何ですって……」
ミュートの顔に明らかに怒りの表情が浮き上がってきた。それを見て僕は寧ろスゥっと息を吐き、冷静になるべきだと感じる。口喧嘩の矢面にミュートを立たせるには心苦しいけど、こういう時はミュートの方が僕よりも強いのが分かってきていた。
「私たちは『チームブレイバー』です。この前はあの『シルバーナイト』を打ち破った、新進気鋭のレースチームよ。ニュースや雑誌にも取り上げてられる程だけどご存じ無いのかしら?」
「えっとなになに……『ニューマシーンで連戦連勝』とあるな……凄いじゃないか!」
男性がニュースサイトで検索したらしく、僕らの最近の記事が画面に大きく浮かんだ。
ミュートもしてやったりと言わんばかりに、大きな胸をさらに大きく張る。
「んー、昔のマシーンじゃ2年間もブービーを取り続けていたのか……」
あ……ミュートの右のこめかみがピクピクしてる。
「『マシーンの性能だけで勝利しているとも言われ……』『ロボットに変形するのはレギュレーション違反じゃないのか?』『ナビの女性は露出狂』『ドライビングテクニックは三流の選手』……なるほどなるほど……」
ミュートが左のこめかみまでもひくつかせ始めたので、僕は男性に会計をするよう促した。
「まぁ、アンタらが帰ってくれればオレの所の若いのを試合に出すつもりだから。いつでも帰ってくれていいぞ?」
「そういう訳にはいきませんわ。依頼をされたのはヤヨイさんですから。あなたの一存ではどうこうできませんのよ?」
ミュートは丁寧な口調ながらも、その語尾には分かりやすいほどの苛立ちがみえている。
僕は少し話しの方向を変えることにした。
「逆に聞きますが、ご主人はどうすれば僕らに安心して、対戦を任せてくれるんですか?」
「ん……そうだな……」
男性はさっき表示した画面を閉じながらこう答えた。
「分かりやすく、ワシらとレースをするってのはどうかね?」
「構わないわ。私たちの実力を見せる良い機会じゃないかしら?」
ミュートが僕を振り返り聞いてきた。ただ僕はその彼女に勢いの良さに違和感を感じていた。
僕はこの男性に安心して仕事を任して貰うのが1番の目的であって、何も対立したいわけじゃない。どうするべきかと一瞬だけ間が空く。
「あ……」
そのほんの一瞬の間だけで、ミュートの表情が強張ったのが僕には分かってしまった。意見の同意が得られずに残念だと言わんばかりに。
「僕の一存では答え兼ねます。ウチのリーダーに確認させてください」
先程の勢いはみるみる萎んでゆき、無言になってしまったミュートを見ないふりをして、僕は男性にそう答えた。
「構わんよ?」
電話のジェスチャーをし、近くの椅子を引き寄せる男性と、下を向きながら同じく椅子に掛け直すミュートを横目に、僕はダグにウィンドウから電話をかけることとした。
ウィンドウの呼び出し中のテキストの向こうに透けて見えるミュートは、下を向いたまま微動だにしなかった。
「今ヤヨイさんとも相談したんだが、コチラもOKだと言ってくれ」
ダグが思った以上に冷静にそう答えてきた。
「いいのか……?相手は僕たちの依頼主の一人でもあるんだぜ?別に対立したい訳じゃないんだけど」
「その件もこのレースに盛り込みたいな。あくまで『ブレイバー』に仕事を任せる事が出来るかどうかの判断材料の試合であって、対立をするための物じゃないって事をだ」
「それに海の家のミヤザキさんでしょ?むしろこの試合でキミたちの実力を認めてくれれば、大きな味方になってくれると思うわ」
ヤヨイさんも画面の端から顔を覗かせ、手を振っている。
「でもなー、ミュートがケンカを吹っかけるってのは意外だったな……」
ダグが、画面にミュートが映ってないのを確認してから、囁く様に僕に聞いてきた。
「ごめんな、僕もそばにいたんだけど」
「なーに、遅かれ早かれこうなっていたんじゃないか?気にするなよ」
「悪いな。取り敢えずあの人……ミヤザキさん……に電話を繋げるから、レースの形式を決めよう。本番があるんだからここで無理をしない様な内容にしてくれよ」
「了解だ」
僕はミヤザキさんにダグの電話を繋ぎ直すと、ミュートの隣の席に腰を下ろした。
「ごめん……なさい……」
ミュートが少し椅子を引き、彼女との間に隙間が拡がった。
でも今の僕にはその隙間を埋める事に躊躇してしまった……。いや、そんな意識すらしていなかったのかもしれない。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。
新キャラも出てきて、やっとこさバトルシーンを
書くことが出来そうです!
次回は気合を入れねば!
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