第4章 誰がために戦う
こんにちは、それともこんばんはですか?
毎度お読みいただいて有難うございます、塚波です。
お待たせしました、第4章をお届けします。
ではではお楽しみくださいませ。
第4章 誰がために戦う
「で、このビーチが完成したのがちょうど10年前ね」
ヤヨイさんが急須で皆んなに温かいお茶を注いで回りながらそう言った。
「……て事は、旦那さんってこの浜辺に5年だけしか……」
「そうよ。まぁ、5年も暮らせられたってのが正しいかな……」
ミカの言葉に妙な言い回しでヤヨイさんが答える。
「事故かなんかで……」
「ううん!ちゃんと老衰で亡くなったわ。ウフフ……計算が合わないって顔ね?」
「だってヤヨイさんの旦那さんの年齢からすると、老衰するには……」
ミカが困惑するのも当然だ。どう見たってヤヨイさんは20代だろう。いや待て、ここはバトルフィールド。若い頃の姿のアバターを使用しているとすると……。
「あ!ヒロムくん!君今私が本当はお婆ちゃんなんじゃないかって思ったでしょ?」
「ぎくり!す、すいません!でもそうじゃないと計算が……」
「私は花もはじらう39歳よ?まぁ若いとは言わないっか!」
ヤヨイさんは僕にウインクを飛ばすと、ススっと一口お茶を啜った。
……アラフォーってだけでも充分若く見えるんですが。今までせいぜい20代後半だと思っていたよ。やっぱりアバターを使用してるんじゃないか?
「旦那が亡くなったのがちょうど65歳よ。私と30歳も歳が違ってたの。笑っちゃうでしょ?」
「マジか……!」
ダグが湯呑みを持ったまま驚きの声をあげる。口に運ぶのも忘れたほどだ。
「マジよ。私と結婚したのが15年前。直ぐにビーチの作成に取り掛かって、8年かけて完成したわ。すっごい忙しくってねー。でもあっという間だったわ。その後旦那とここでホテルを営業して、5年したら死んじゃった」
「それでも若いですよね。老衰って……」
「パパ……旦那ね、アイズなのよ」
ヤヨイさんが湯呑みの中に残ったお茶をジーッと見つめながら言葉を続けた。
「元になった肉体が、元々寿命が遺伝的に短かったみたい。カーボンだったら延命処置とか出来たのかも知れないけどね。アイズの場合、そう言う部分を病気でもないのにいじる事って出来ないみたいなのよ」
残念……だったんだろうな。折角理想の「遊び場」が出来たのに、たったの5年で……。
「まぁ、そういうことって死んでから分かった事だから、どうにも出来なかったんだけどね」
するとどう言う訳か、ヤヨイさんの口調が更に明るくなった。びっくりした僕は思わずヤヨイさんを見てしまうと、砂浜で会った時のような太陽のような笑顔がそこにあった。
「あの人、死んだ日の朝からサーフィンしてたのよ?しかも一番大きな波を発生させて!そしたら初めて!初めてあの大波を攻略したのよ!あんなだらし無い身体で!」
まるで当時のことが噴水のようにヤヨイさんの口から言葉になって溢れ出す。
ふとヤヨイさんの目線の先が気になった。テーブルを挟んで座っているダグのその背後。この居酒屋の入り口辺りだろう。
僕らが入ってきた時にも目に留まったんだが、確かエメラルドグリーンのサーフボードが入り口脇に飾られていた。今の話からして亡くなった旦那さんの物なんだろう。
「すぐに私のところに来たわ。さっきのは映像を撮ってたか?お前もちゃんと見ていたかって!」
夢見る少女のような、遠くを見てるヤヨイさん。今は居ない、愛する人の事をこんなに楽しそうに話す事が出来るのは、大人だからなんだろうか……。
「あの人、浜辺のベンチで寝てるから映像データを持ってきてくれって。私が夕飯の用意も出来ずにデータを用意して持って行ったら、そのまま亡くなっていたわ」
ひゅっと誰かが息を吸い込む音がした。いや僕だったのかもしれない。
「びっくり…悲しかったですよね」
ミカが言葉に詰まりにながら問いかけた。
「んー、びっくりはしたわよ。でもどっか心の中で予想できたっていうか……納得したっていうか」
「納得……?」
「うん、彼らしいって言うのかな。死に顔もね、笑顔だったのよ。満足そうに笑ってた」
ヤヨイさんは僕らを見渡して嬉しそうに思い出話をこう締めくくった。
「だから今度は私が満足する為にも、浜辺とホテル諸々を守って欲しいのよ!」
ヤヨイさん曰く、2年ほど前からこの浜辺を売ってほしいとの話があった。
金額的には相場以上だし、新しい住居の用意や、今後の補償面など、買い手側はかなりの優遇をしてくれていた。側から見れば全く問題は無かった。
そう、金額的には……。
「ウチの出資者全員が、ずっとノーを言い続けているわ。単純に気に入らないって言うだけの事なんだけどね」
「それで、ゲームの勝敗で……」
「そう。向こうの誘いに乗っちゃったって訳」
ヤヨイさんは両手を広げて天を仰ぐ様なジェスチャーをする。出資者みんなが「やっちゃった!」と言わんばかりだ。
「そもそも相手方には施設の設営企画やら一時的な資金の援助なんかでお世話になっていたもんだから断り辛かったってのはあるわね」
「だからってオーナーたちが自分たちの資金で作ったビーチを途中で取り上げるってもの納得できないかな……」
ダグがヤヨイさんを見つめて言った。
「そう言う事ね。で、お互いに話を詰めていって、ウチが勝ったらせめて出資者全員が亡くなるまで手出しをしない。それどころか資金援助までしてくれるわ。でも負けた場合はさっきの金額の二割り増しで2年後に売ることになるの」
ヤヨイさんは苦笑いをして、お茶を一口啜った。
「なんかさー、この浜辺をホテルリゾートにしたいんだって。デッカいホテル建てて、レストランとかショップをいっぱい作って……」
「じゃぁサーフィンも出来なくなっちゃうんですか?」
「そうなりそうね。波のコントロールはこのホテルのコントロールルームでしか出来ないし。まぁ穏やかな海水浴場の方が儲かるんじゃないかな?」
「そりゃ皆んな反対するよな」
「正直言えば売った方が絶対に良いのよ?私以外の出資者は結構高齢だし。でもねー、何か……パパが化けて出てきそうじゃない?」
「フフッ、そうですね」
ダグとミカが顔を見合わせて、ヤヨイさんと同じように苦笑いをする。
「私やオーナー達全員が亡くなった後ならまだしも、せめてまだ生きている内はこの浜辺をこのままで残しておきたいって……ワガママなんだけどね」
「良いんじゃないですか……?ワガママで。オーナーなんですから。元々ワガママのために作ったビーチなんですから」
ミュートがぽつりと呟いた。なんだろう、賛成はしているんだけどどこか素っ気ない言い方がちょっと気になった。
「僕も賛成ですよ。旦那さんとヤヨイさんの思い出の浜辺、頑張って守りますよ!」
僕は態とらしく意気揚々と声を上げると、みんなを見渡した。ダグもミカもヤル気満々の笑顔を向けてくれる。ミュートはと言うと、偶然なのか僕ではなく、空っぽになった湯呑みを見つめているようだった。
ぼーっと『インデックス』の画面を眺めながら、僕はさっきまでの事を思い出していた。
亡くなった旦那さんが残したこの浜辺を残しておきたい。
ヤヨイさんは明るく話してくれていたけど、そんな大事な仕事を僕ら程度のルーキーに任してくれても良いんだろうか。
責任は重大だし、対戦相手がまだよく分かっていない。確実に勝てると断言も出来ないんだけど。
と、思いを巡らしていると、うつ伏せで画面を見ていた僕の視界が急に右に90度回転した。どうやら何者かに更にベッドの端へと転がされた。
まぁ、何者かって事は無いんだけど。
予想通りミュートの仕業だった。彼女が僕の体をズリズリと押しやって、遂には僕が横転。当のミュートは僕の胸あたりにピッタリと抱きついて、小さく収まっている。
「えっと……どうかしましたか?」
やっぱり様子がおかしい。体調が悪いのとは違うみたいだけど。ホームシックとか……?
「胸囲を……測ってるだけだし……」
「へ……?胸囲?」
「そうよ……。最近、トレーニングの成果が出てるみたいじゃない。どれだけ胸板が厚くなったか、測ってるだけだし……」
「そんな事分かるんだ……。どう?厚くなってる?」
ミュートは僕に顔を見せようともしない。僕の胸に顔を埋めるようにしている。僕の背中に回した彼女の腕には更に力が入り、ミュートの顔がどんどん僕の胸に埋没していきそうだ。
「分かるはずないじゃん、そんな事……」
「エェー、じゃ何で……」
「理由が無いなら、抱きついちゃダメなの?」
そう言われると返答に困ってしまう。ミュートに抱きつかれるのは非常に嬉しいんだけど、やっぱり様子がおかしい。あれか?発情期か?
「だ……いいや、嬉しい……」
僕は恐る恐るミュートの背中に手を回して、彼女を抱き寄せた。
触れた瞬間、彼女の体がピクリと強張ったけど強行した。抱き寄せるにつれて彼女の身体が弛緩してゆくのが、僕の胸に収まった彼女の顔からの圧迫感でもよく分かった。
「なんか言いたい事とかあるんじゃない?」
「今はいいや……。今はロムに抱きしめられるだけで満足できたよ……」
ミュートにしてはいつになく歯切れの悪い会話だったけど、女性に対しての経験値が乏しい僕としては余り深く聞く事もできない。
なので話題を少し変えることにした。
「そうだ。明日の昼まで浜辺にデートに出かけない?」
「デートに?ミカ達も?」
「ううん。ダグとミカはヤヨイさんの買い出しに付き合う予定だよ。僕らは新メカを決める作業があるからって、留守番をすることになったんだよ」
「留守番なのにデートしたいんだ?」
「浜辺に気分転換に出かければ、何かいいアイデアが浮かぶかもしれないって思ってね!」
「ふーん……で、二人っきりでデートしたいってわけね」
ミュートがじとーっとした目で僕を見上げるように見つめる。
ただなんかここで変に否定するのもどうかと思い、
「……そうだよ。せっかく海に来たんだし、二人っきりでデートしたくって……」
そこまで言うと、ミュートの顔が赤くなり始めた。本人もそれに気付いたらしく、僕に顔を見せまいと、僕の胸に顔を押し付けてしまった。
「し……しょうがないなぁ」
「うん!ほら、もう一着の水着も見たいしさ……」
「し……しょうがないなぁ、もう……」
「だからさ、ほら機嫌直して、ね!」
「別に機嫌悪くないわよ。ほら、そうと決まればさっさと寝ましょ!このまま抱きしめてあげるからさ」
「お、おう!寝よう!」
何がどうだかわからないけど、ミュートの機嫌も良くなったし、明日のデートがうまく行くことを願いながら僕はゆっくりと睡魔にこの身を任せていったのだった。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。
ちょっと説明くさい章になってしまいましたが、
最後にロムとミュートをいちゃつかせられたので、
ご容赦ください。
次が楽しみだなぁと思って頂けたら幸いです。
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おります。
ではまた来週、お会いしましょう!




