第12章 いつか星の海で(1)
こんにちは、こんばんは。
お待たせいたしました。ちょっと遅くなっていますが、第12章を投稿いたします。
今回は、少し物語の根幹の部分を書いております。
全く前振り無しに新キャラクターが登場しますが、
ご容赦ください。
それでは今回も是非楽しんでお読みください。
貴方の週末の暇つぶしの一端になれば幸いです!
第12章
第12章 いつか星の海で(1)
レッドブルは着地体勢に入ろうとしていた。そもそも自動車であるレッドブルに、空中で姿勢を制御する機能なんてない。これはこのレースの基本システムになっている「アルファ ファスト」で設定されている機能だ。
ジャンプアクションが多く、なおかつ簡単な操作でハイスピードレースを楽しむことができる「アルファ ファスト」では、そこまでリアルな操作は必要がなく、さっきの僕みたいに、着地と同時にニトロブーストをボタンの一押しだけで発動させたりもできる。
ただ、だからと言ってプレイヤーの操作を全く必要としないかといえば、もちろんそうじゃない。適切なスピードに保ったり、さっきの僕みたいに空中でアクセルを回したり、ハンドルを操作することで着地体勢をとったりしなければならない。
……スキンヘッドはそのことを知らないのだ。そもそも、この最後のジャンプ台への進入ですら間違っていたんじゃないか?
スキンヘッドの白いトランザムは、まるでいい加減に放り投げられたドリンク缶みたいにボンネットを下に直立し、天井と車体裏側をユックリと代わるがわる見せていた。
しかも僕が空中に描いた軌跡よりもいまだ高い位置で……。明らかに飛行距離が長いのだ。
レッドブルの着地予定の位置から見ても十分に安全な位置まで下がっていた観客たちが、それを見てザワザワし始める。するとその中の何人かが一斉にさらにその後方を指さし、中にはほかの人を押すようなジェスチャーを取り始めた。恐らくスキンヘッドの車のジャンプ距離の以上に感づき、弾道計算をし終えたアイズたちだろう。その中にはミュートやミカの姿も見える。
間に合わない!もう数秒で着地をする僕には分かってしまった。カーボンの僕にも。「アルファ ファスト」は結構やりこんだし、レースの最中にずいぶんと当時のことを思い出せた。そしてスキンヘッドの車のとっている体勢が、このゲームシステム特有の「バグ」だということに気づいていた。
最後のジャンプ台のように、きりもみ回転を起こすジャンプ台突入時にドリフト操作を行ってしまうと、縦回転と横回転が同時に発生し、それらがお互いに打ち消しあう。空中での体勢がでたらめになり、着地体勢を正しくとれなくなる。失敗だ。
これが実際の物理法則ならばなんとかなったのかもしれないが、「アルファ ファスト」のシステムを潜在的に使っているため、回転と着地を失敗するだけでなく、飛行距離まで延びてしまった。
観客たちの避難は全く進んでいない。ミュートたちゴール地点に近い観客たちは逃げようとするのだけど、声が届いていない奥の観客たちが壁となり、彼らの後退を止めてしまっている。
必死に声を張り上げているだろう、ミュートやミカ。少し離れたところで観客を誘導しているスレイプニールのメンバーたち。名前も知らないアイズたちも、すぐ近くの観客を押したり、手を引いたりと、ゴール地点は大混乱となっている。
レッドブルが着地し、その衝撃が緩やかに僕の尾てい骨を叩く。ゲームシステムのおかげでいつもより軽い衝撃だった。中空にホログラフで描かれたゴールテープはすぐ目の前だ。でも、今はそれどころじゃない。どうにかしないとみんなが!ミュートが!
僕の混乱した意識がそうしたのか、目の前の風景がズームアウトする。視界の端が真っ白になってゆく。霧より濃厚な白……まるで白ペンキを周囲から一斉に流しているように見える。いや、なにも見えなくなってきているようだ。眠りにつく前の、夢うつつの境界線が僕の意識を飲み込んでゆく。
「ロム!」
ミュートの声が聞こえたような気がした。
「ん……目が覚め……たかしら?」
下腹部に心地よい解放感と、ジワリと広がる湿り気。そして上から何度も腰に打ち下ろされるピストンの衝撃が一体何なのか、少しずつ分かってきた。
俺がまどろみから覚め、目をしばたかせて視界のピントを合わせ始めた。
目の前の黒い影は、俺の愛する女だ。シーツをコートのように羽織っているが、体の前半分は裸体が丸見えだ。仰向けの俺に馬乗りになり、小刻みに腰をピストンしている。
「なんだ……いつから俺を襲っていたんだ?」
「たった……15分……ぐらいよ。まだ……出してないわよ?」
「おいおい、仕事には間に合うのかよ?」
「問題ないわ……二人とも午後からの出勤になったわ。んん……今から3回戦ぐらいしても十分よ……あん!」
俺は彼女の返答の途中で、さっきから激しくバウンドしてる右の胸を鷲掴みしてやった。汗でしっとりとした表面で滑らないように、5本の指でしっかりの固定し、その先端の突起を人差し指だけで弾いてやる。俺の突然の行動に、彼女は上半身をビクリとさせた。
「もっと顔を寄せろよ。朝のキスより先に俺にまたがるだなんて、いつからそんなに淫乱になったんだ?」
彼女の激しい息遣いとは違い、ゆっくりとした口調で彼女を窘める。握りしめた右手を無理やり引き寄せたので、彼女の形のいい乳房は、溶けたマシュマロのように柔らかに引き延ばされた。
「もう!跡がついちゃうわ……」
口調は俺を非難しているようだが、どちらかを言えば嬉しそうな目で俺を見つめてくる。腰のピストンを止めることなく、彼女がゆっくりと俺に覆いかぶさってきた。目までしっとりとしてきた彼女が貪る様に、俺と唇を重ねた。
「あなたが私をこんな女に……したんだからね……」
「人の……せいにするなよ」
「あなたの……前で……だけよ?いい奥さんに……なるのも……淫乱な……娼婦になるのも……」
キスをしながら彼女が俺を睨みつきけて来た。ただ、目は潤み、眉をしかめている。息も絶え絶えで、話すのもやっとの様だ。俺も彼女も限界が近くなってきた。
「いい子だ……。ご褒美を……くれてやる!」
胸から手を放し、今度は両手で彼女の腰をがっちりとホールドする。彼女は期待を込めた視線で俺を見つめる。キスから解放された彼女の口がだらしなく開き始め、その端から舌が垂れ下がり始めた。
「あなた……大好き!愛してるわ!」
そんな状態なのに、彼女は活舌よく俺に愛を叫び始めた。いつものことだ。絶頂前のお決まりのルーティンだ。ならば俺もそれに答えなければならない。これを言わないと彼女の機嫌を丸1日損ねてしまうからだ。それは今日においてはどうしても避けねばならない。
「俺もだよミュート。お前は俺のかわいい女だ!」
タイミングはばっちりだ。「女だ!」のところで一気に腰を打ちつける。毎日のトレーニングで鍛えた両足と腹筋にありったけの力を込め、ミュートの下半身めがけて俺は逆エビぞりの体勢となる。それほど小さくないミュートの体は、俺の体に打ち付けられて、さらに俺に覆いかぶさった。もうキスできる位置に顔はなく、代わりに激しく震える両胸が俺の顔の上に来た。
こうなるともう俺とミュートは会話すらできない。ただ喘ぎ、腰を打ち据え、抱きしめあうだけだ。
俺たちはそうやって最後の営みを堪能していた。
「でも良かったわ。二人とも午後からの出勤になったから。一緒に出られるんでしょ?」
ミュートがどちらの手にもマグカップを持ち、テーブルの俺に近づいてきた。彼女から差し出された白いマグカップからは独特のスパイシーな香りが立ち上っている。中をのぞくと俺の大好きな味噌汁が入っていた。ワカメの磯の香りが俺の鼻を心地よく刺激する。
「あぁ、そうだよ。ミュートを送った後にその足で俺も『本社』に向かうことになるな」
「ふふふ……まだそういう言い方をするのね。今の仕事って嫌いなの?」
「いいや、大好きさ。遣り甲斐もあるし給料もいい。この家も『会社』が用意してくれたし」
「そうね。あなたの転職でだいぶ生活が楽になったわ。今度はその『会社』に恩返しをして上げないと」
「そういう意気込みは無いかな。俺が考えているのは俺と君の夫婦生活の充実と……」
「人類の平和ってところかしら?」
「そんなところだな」
俺はミュートとの何でもない会話を楽しんだ。こんな会話を毎日出来ればいいんだが、お互いの仕事の関係で毎日この家に帰ることは出来なかった。実際この1週間の休暇の前は、一月ほど顔を合わすことはできなかった。夫婦になってから3年ほど経つが、この家で二人で生活できたのは、そのうちの半分ぐらいの日数じゃないだろうか。まぁだからこそ夜の営みがどうしても盛り上がってしまうんだが。
しっかりした朝食をとり、お互いに仕事の準備をし始めた。今度はどちらも家を空けることになるため、ミュートは自分の用意に加えて家のことも処理していた。家のセキュリティーやライフラインのことは俺が一括して担当しているので、それは会社に行ってからとなる。彼女はそれよりも冷蔵庫の中身をどうやって無くしてゆくかに考えを巡らせていた。どうやら昼食もしっかりしたものになるようだ。以前買っておいた弁当箱の出番もありそうだ。
俺はそんな彼女に声をかけつつ、制服や着替えの用意をし、今回の仕事に必要な資料やノートPCをバッグに収めたりしていた。結構な日数があくことになるので、車のエンジンルームを開けて点検したり、庭に出していたものをガレージにしまったりしている内に、ミュートが俺を呼んだ。昼食まであっという間だった。
必要最低限の準備はできていたが、それでも何かあるといけないということで、俺の両親に電話をし、ふた月に一回ぐらいは家の点検をすることをお願いした。3日前に電話をし、近況報告や世間話は十分にしたのだがそれでも父は話し足りないようだった。俺もミュートも同じ気持ちだったのだが、時間的にそれは許されなかったので、続きは仕事が終わってからと電話を切った。
シャワーで汗を流した後ダイニングに顔を出すと、テーブルには次々の料理の乗った皿が並び始めていた。昼間からフルコースを食べられるとは思っていなかったが、どうやらそれでもまだまだ作り足りないらしい。食べられない分は冷凍保存し、俺の両親に取りに来てもらったり、隣近所にお裾分けするようだ。当然ながら夕食として弁当も作ってある。日本での生活が長いミュートならではの行動だ。俺の両親もそれにしっかり感化されている。俺の両親が語るミュートのおすすめポイントは、俺が彼女との結婚を決めたポイントと全く同じだということに、やはりそこは親子なんだなと納得しているのだった。
ミュートの作った昼食を堪能し、今度は俺が自慢のコーヒーを彼女に振舞った。しばらくこのコーヒーが飲めないことに彼女は残念がったし、俺はその彼女の気持ちにだいぶ気分が良くなった。次に家に帰るときには高い豆を用意しようとも思ったが、今の世界の状況的に上手く行くかは少し不安だった。残ったコーヒーはボトルに入れ、彼女に持たすことにしよう。少し味は落ちてしまうが、それでもミュートは快諾してくれた。
そうこうしている間に二人で出発する時間となった。今回の荷物の大部分はさっき宅配便に集荷してもらっていたため、車に乗せたのはスーツケースが2つだけとなった。
フォードのハーフトラックの荷台にスーツケースを二つ載せ、幌をかける。真っ赤な車体は二日前に綺麗に磨き上げたので、新車の時の輝きを取り戻している。ミュートは日本車が良いと言っていたのだけど、俺の体を収めるには狭すぎると、こちらの大きな車を買った。
フォードは狭い路地を窮屈そうに通り抜け、間もなく国道にその身をのそりと出した。どうして日本ってのはこんなに道が狭いのか、未だにイライラする。
頻繁に出現する信号をくぐり、これまた頻繁に出現する橋を渡り、この近辺では最も大きな駅のそばに車を走らせた。ここから彼女は地下鉄に乗り、仕事場である「日本電子技術研究所」に向かう。三日後には東京の本部にも向かうはずだ。新幹線の駅の前のロータリーで彼女の荷物と彼女を降ろし、人通りが少ないことを確認してから彼女にハグとキスを与えた。まぁ人に見られたって良いんだが、日本人の感覚に近いミュートはそんな欧米的な別れの挨拶は恥ずかしいらしい。何と言ったか……そう慎みを持つということだ。
彼女との別れを惜しんだが、列車のダイヤも出勤時間も遅れを許さない日本というこの環境は、俺たちの夫婦の長めの会話をも許すことはない。俺は後ろに並び始めた車を気にしながらフォードに乗り込んだ。
駅のコンコースを出、人と車を気にしながらゆっくりと大きな国道に出る。そこから別のルートに車を進め、あとは西へ西へと進んだ。アメリカに住んでいたころは、車っていうのは長距離を悠然と走るものだと思っていたのだが、日本に来てからは短距離をノロノロと牛のように進ませることしかできなかった。そもそも俺の仕事上、ゆっくりノロノロの進むのはどうにも性に合わなかった。マシーンってのは迅速に進むためのものじゃないのか?
そんな風にイライラしつつも、俺はまだ始まってもない今回の仕事の最終日はいつになるのかと考えを巡らしていた。俺の……いや、ミュートも含めてこの日本で進められている大きなプロジェクト「箱舟計画」が成功をもって終わるのか、それとも失敗をもって破棄されるのか。大げさではなく、人類の存亡がかかっている。その一端を担う俺もミュートもいざ仕事を始めると、連日のプレッシャーで胃が痛くなる。
考えれば考えるほど気持ちは沈むので、俺は『会社』……いいや、小牧基地へ車を安全に進めることに集中した。無心で行動すれば時間はあっという間だ。基地につき、部屋に入り、制服に着替え、ファイルを持つ。オフィスのデスクに荷物を置き、その足で俺は直属の上司の部屋の戸をノックした。
「フリッツ・パーサルト空軍少尉、入ります」
すでに部屋にいる大佐の声がかかる。俺たち米軍からの出向組の大きな仕事はすでに始まっていた。
ここまで読んでいただきまして、誠にありがとうございます。
今現在で書ける、箱舟計画のほんの一部分をやっと描く事ができました。
(1)とあるように、箱舟計画の内容は全て「いつか星の海で」と同じ題名を連ねてゆく予定です。
フリッツとは誰なのか?箱舟計画の真相とは?
色々とネタと用意しておりますので、そこの所も是非お楽しみください。
この小説をおもしろいと思っていただけたのでしたら、是非とも高評価ブックマーク登録をお願いいたします。コメントもお待ちしております。
何で纏まった形で世に出したいのですがどうすれば良いのかわからないので、アドバイスを頂けると幸いです。
ではまた次週も投稿いたします。是非ともお読みください。




