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7. 旅は道連れ

 翌日、アンジーの要望どおり「船乗りの雑炊」を食べに行った。

 貴族はほんの少しの距離でも馬車を使うという印象がアンジーにはあったが、シモンは庶民と変わらず身軽に歩く。


 宿屋を出るとき、アンジーは不安そうな顔を見せた。


「ねえ、魚河岸は『世界で最も罪深い一区画』の近くだったりしないよね? 大丈夫?」

「大丈夫ですよ。ちゃんと危険な地域からは離れてることを確認してきました」

「そもそも昼間なら────いっ……!」


 ミリーはアンジーに安心させるよう微笑みかけてから、返事をする。

 その横でユリスがよけいなことを言いかけたのを察したミリーが足を踏みつけるのと、シモンが脇腹にひじ鉄を入れるのとは同時だった。こりない男である。

 うめき声を聞いたアンジーは、気の毒そうにユリスのほうを振り向いた。


「ユリスさん、またしゃっくり? 大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。背中を叩いとけば、すぐ治るでしょう」


 シモンは呆れたような目でユリスをにらみながら、その背中をぞんざいに何度も平手で叩き、小声で「もうほんと、お前は黙ってろ」とぼやいた。


 四人の向かった先は、魚河岸の近くにある食堂だ。

 前日の夕食をとったレストランとは違い、品揃えも価格も一般庶民向けの大衆食堂である。「船乗りの雑炊」は、その名のとおり船乗りのために考案された料理だ。長期保存できる具材ばかりを使って調理され、栄養満点かつ、分量もたっぷりと、ひと皿でも十分に食べ応えがある。

 アンジーはぺろりと平らげた。


「おいしかった!」

「おいしかったけど、今日はもう夕食はお腹に入りません」


 ミリーも完食はしたものの、食べ過ぎで胃がもたれている様子だ。


「確かに、私にもちょっと多かったな」


 苦笑いしているシモンの横で、しれっとユリスが追加で腸詰めを注文している。

 追加注文の皿が運ばれてくると、ミリーはそれを胸焼けしそうな表情で見ていたが、アンジーは興味津々だ。王都で見る腸詰めとは少し色と大きさが違うところに、興味を引かれたらしい。ユリスに勧められて一本口に入れたアンジーは、大きさだけでなく歯ごたえや風味も違うことに目を見張った。


「何だろ、ハーブで香り付けしてあるのかな。独特の風味があって、ふわふわ柔らかいの。おいしい」

「若いなあ。よく入るね」


 しあわせそうに頬張るアンジーを見て、シモンは笑った。

 食べ終わった後は、少し食休みをしてから出発することにする。


 移動には、シモンの馬車に同乗することになった。

 案内された先にある四人乗りの箱馬車を見て、アンジーは目を丸くした。シモンは言動があまり貴族っぽくないけれども、この馬車はさすが貴族という感じだった。御者はユリスが務める。


 シュラウプナーを出た次の目的地は、醸造町ヘルトニッヒに定めた。

 ヘルトニッヒ周辺には質のよい果樹園が多く、名の知れたワインの醸造所が点在している。そうしたワインは取り引きのためにヘルトニッヒに集まってくるため、ここはワインの町として知られているのだ。

 ワインが流通するついでに、ワインに合う肉料理の発達した町でもある。


 次の行き先をヘルトニッヒに定めた理由は、そこにヒンメル商会の本拠地が置かれているからだ。

 ヒンメル商会は、王都の春祭りにおいて花の女王選びの運営に関わった四つの商会のうちのひとつだ。この本拠地を訪れて、王都の春祭りの運営にヒルデという名の若い女性を派遣しなかったか問い合わせよう、というわけだ。

 運がよければヒルデ嬢がここにいるかもしれないし、そうでなくても彼女が商会の関係者なのだとすれば居場所を教えてもらえるだろう。


 ヘルトニッヒは王都から見て南東に位置し、シュラウプナーからは馬車で一週間から十日ほどの距離にある。

 意外なことに、シモンは決して道行きを急ごうとはしなかった。思い人を探しに行くのだから気が急きそうなものなのに、宿場町では時間をたっぷりとる。すっかり打ち解けて遠慮がなくなってきたアンジーは、シモンに尋ねてみた。


「ねえ、シモンさん。こんなにのんびりした旅でいいの?」

「アンジーは急ぎたい?」

「ううん、別に。僕はいろんなところで、いろんなものを食べられるほうがうれしいけど」

「うん、ならこれでいいよ」


 お互いに利があると説得して付き合ってもらっているのに、自分の都合だけ優先してしまったら約束が違うでしょう、とシモンはにこやかに説明した。


 たとえそうであっても平民相手には自分の都合を優先するのが貴族だと思っていたアンジーは、変わった人だなあ、という感想を持った。貴族としては変わっているけど、人としては誠実でとても好ましい。ヒゲづらだし、見た目は野暮ったいけども、いい人だ。


 ヘルトニッヒへ向かう途中に立ち寄る村々は、小さなところが多い。

 小さな村だとやはり、王都まで名の知れるほどの特産品はないが、それでもどの村でもほぼ例外なく何かしら「自慢の料理」が出てくるのが面白かった。


 シュラウプナーでは魚料理を扱う店が多いが、シュラウプナーを離れるにつれて肉料理の種類が増えていく。腸詰めや燻製肉も、地域ごとに特徴があったり、少しずつ扱っているものが違ったりする。

 そうしたことを宿屋の主人に尋ねて教えてもらったり、実際に食べてみたりするのは、アンジーにはとても楽しい。あまりにも楽しくて、この旅に出るきっかけとなったあの不愉快な出来事など、遠い過去のこととして記憶のはるか彼方に飛んで行ってしまったほどだ。


 楽しんでいるのはアンジーだけではなく、ミリーはもちろん、シモンとユリスの二人も同じくらいに楽しんでいる様子だった。


 宿泊地で早めに部屋をとると、アンジーは特産品の情報収集に余念がない。

 こうした情報を集めるには、まず宿屋の主人に尋ねてみるのは当然として、アンジーは若い女性をつかまえて話を聞くようにしていた。彼女たちは最新情報に敏感で、おしゃべり好きなので、得るものが多いのだ。


 その際、気軽に渡せる程度のちょっとした手土産があると、さらにいい。

 たとえば小さな焼き菓子とか、押し花で飾られたしおりとか、きれいな色のリボンとか、そういった高価ではないけれども若い女性に喜ばれる贈り物を選ぶのが、アンジーは上手だった。次の町に旅立つ前に、贈り物に使えそうな小物を仕入れていく。


 そんなふうにおしゃべりしてくれた少女たちは、宿で顔を合わせれば笑顔を見せてくれるし、ときには朝食にちょっとしたおまけの料理をつけてくれたり、何かと便宜を図ってくれることが少なくない。そしてその様子を見たシモンとユリスは、ひそかにアンジーに羨望の眼差しを向けるのだった。

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