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6. 花の女王

 これでは埒があかないので、アンジーは質問のしかたを変えてみることにした。


「シモンさんは、そのヒルデさんとどこでお知り合いになったんですか?」

「せめて知り合えてればよかったんですけど」


 まだ知り合えてさえいないらしい。

 軽くめまいを感じつつ、アンジーは気を取り直して質問を重ねた。


「ええっと、じゃあ、ヒルデさんを見初めたのはいつ、どこでだったんですか?」

「春祭りで、花の女王選びがあったでしょう? あのときです」

「なんだ。そういう重要なことは、最初に教えてくださいよ」


 花の女王選びとは、要するに美人コンテストのことだ。

 自薦または他薦により未婚女性の候補を募り、春祭りに先立って行われる予選にて最終選考に残す五名が選出される。そして春祭りの初日に一般公開した最終選考会が開かれ、この五名の中から一名が花の女王として選出されるのだ。

 選出された者は春祭りの期間中、いくつかの催し物で花の女王役を務めることになる。


 これらの催し物は、国内の大手である四つの商会が後援して開催している。アンジーの家もその商会のひとつであり、アンジー自身が主催者側の人間のため、花の女王の候補者たちの情報なら簡単に手に入れられる。


 つまり、シモンの尋ね人が花の女王であるならもうわかったも同然だし、たとえ落選した候補のうちのひとりだとしても、少なくとも四人にまでは絞れるというわけだ。


「お探しの人は、花の女王ですか?」

「いや、違います」

「ということは、候補者か」

「いえ、候補者でもありません」


 アンジーの思考が、一瞬停止した。

 どういうことだ。花の女王選びで誰かを見初めたという話じゃなかったのか。

 アンジーの眉間に深いしわが寄ったのを見て、シモンはあわてて言葉を続けた。


「花の女王選びの運営側にいたかたなんです」

「え、そっち⁉」


 まあ、アンジーにとって運営側なら半分は身内みたいなものである。しかし運営に関わっている女性となると、末端まで含めれば一気に数がふくれ上がる。

 アンジーはため息をついた。


「むう。振り出しに戻っちゃいましたね」

「すみません……」

「でも運営側の人なのが確かなら、四つの商会のうちのどれかの関係者で間違いないから、探しようはありますよ」

「そうなんですか?」


 アンジーの言葉に、シモンは地獄で天使に手を差し伸べられたかのように目に希望の光を宿し、必死にすがるような形相で身を乗り出した。その勢いに、逆にアンジーは腰が引ける。


「きみは運営側の事情に詳しいのかな?」

「ええ。まあ」


 事情に詳しいどころか、運営側の一員である。

 アンジーは、花の女王選びの運営に携わった四つの商会の名を挙げた。いずれも国内大手で、まとめて四大商会などとも呼ばれる。そのうち二つの商会は、アンジーの家と、アンジーの元婚約者ローマンの家だから、除外してよい。いずれの家でも、運営に関わっている者の中にヒルデという名の年頃の女性はいないことを、アンジーは知っている。


 ということは残る二つの商会を訪ねて、春祭りで運営に関わったヒルデという名の若い女性がいないか問い合わせれば見つかるはずだ。

 そう説明すると、いよいよシモンの表情は明るくなった。

 シモンは少し思案してから、アンジーとミリーの二人に向かって口を開いた。


「ねえ、きみたちは行き先は特に定めてないんでしょう?」

「うん、まあ、そうですね」

「よかったら、ヒルデ嬢を探す旅に付き合ってくれませんか」

「え?」


 思いがけない申し出に、アンジーはきょとんとしてミリーと顔を見合わせた。


「お互いにとって悪くない話だと思うんですよ」


 シモンにとって、花の女王選びの運営に明るいアンジーはとても心強い助言者である。この先もアンジーの助言がほしくなる場面は出てくるだろう。

 一方で、アンジーとミリーにとっても大人の男二人が同行するというのは、安全面から考えて大きな利点となるはずだ。


「アンジーが姉上をしっかり守ることは、もちろんわかってます。でも、ユリスは護衛として腕が立つ。守りは堅いに超したことはないでしょう? それにあまり褒められたことじゃないけど、身分がものを言うこともあるしね」


 少年の自尊心を傷つけることなく自らの売り込みを図ろうとするシモンの言葉に、アンジーは好感を持った。しかし今はそれよりも、気になる言葉がある。シモンには、ものを言わせられるだけの身分がある、と言っているのだ。


「もしかして、シモンさんは貴族のかたですか?」

「ええ、一応。と言っても当主は父なので、身分にものを言わすには親の威光を借りるしかないんですけどね」


 シモンの意外な正体に、アンジーは目をまたたかせた。

 貴族なのに、宿屋が満室と言われておとなしく引き下がっていたのが、不思議だった。貴族というものは、ああいう場面では身分を振りかざすものだと思っていた。ところがこのシモンという人物は、たとえ自分が野宿する羽目になったとしても、自分のために身分を振りかざすことはなかったのだ。

 ヒゲもじゃで冴えない風体ではあるけれども、高潔な人なのだな、とアンジーは思った。


 シモンの父は、デュッケル領の領主だと言う。

 デュッケル領。アンジーは、その名に紐づいた情報を頭の中で探した。確か南の山岳地帯近くにある、畜産の盛んな領地だ。ミリーも同じように頭の中で情報を探していたらしく、二人同時に情報を口にしていた。


「チーズ!」

「伯爵さま……」


 お互い違う言葉が出てきたことに気づいて、アンジーとミリーは顔を見合わせる。ミリーはアンジーの口から出てきた食品名については特に何も言及することなく、残念な弟を見守る姉の役割にふさわしい慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。

 シモンは二人の様子を見て、口もとをゆるめた。


「さすがだな。確かにチーズはうちの領の特産品ですね。どうでしょう、付き合ってもらえるなら、最後に我が領でお好きなだけ特産品をご馳走しますが」


 シモンはこの短時間のうちに、アンジーの気の引き方を心得たようだ。アンジーがぱっと顔を輝かせてミリーを振り返ると、彼女は小さく笑いをこぼしながらうなずいた。アンジーは意気揚々とシモンに返答する。


「では、ご一緒します!」

「助かります、ありがとう。どうぞよろしく」


 しかし次の瞬間、アンジーは「あ」と小さく声をもらした。

 シモンが問いかけるように首をかしげると、アンジーは同行に応じる上での気がかりを口にした。


「この町を発つ前に『船乗りの雑炊』を食べに行ってもいいですか?」


 シモンは声を上げて笑い、「もちろん!」と応じた。

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