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5. 迷子危うきに近寄らず

 食事の注文が終わると、四人は互いに自己紹介がてら自分たちの旅の目的を話題にする。


 アンジーとミリーは、婚約破棄だの家出だのといった事情はざっくり割愛して、名物料理の食べ歩きの旅だと説明した。商家の子だとわかると、シモンたちは「それも修行のうちか」と勝手に納得していた。

 アンジーは翌日「船乗りの雑炊」を食べに行こうと意気込んでいる。


「どのあたりなら食べられるんだろ。危なくないところだといいんだけど」

「魚河岸の近くにある店なら、だいたいどこでも出してるはずだよ」

「シモンさんは『世界で最も罪深い一区画』がどこにあるかご存じですか?」


 シモンは思いもよらない質問に不意打ちをくらい、ちょうど口に含んでいたワインにむせてしまった。

 なぜこの話の流れで、よりによってその質問が、純真そうな少年の口から出てくるのか。


 無邪気な顔のアンジーを前にシモンは動揺を隠せず、思わず視線をさまよわせる。そしてさまよったその視線は、笑みの消えたミリーの顔の上でとまった。射殺さんばかりに殺気のこもった視線による「うちの天使によけいなことを吹き込むな」という言外の圧力を的確に読み取り、シモンは歯切れ悪く言葉をにごした。


「あー、どうだろう。聞いたことがあるような、ないような……」

「何言ってるんですか。それは────いっ……!」


 愚直に正直な答えを返そうとしたユリスは、口を開きかけた次の瞬間に苦悶の表情に変わった。テーブルの下で、空気を読めないことへの制裁としてミリーからすねを蹴り上げられたのだ。


 ミリーと男たちの言葉なきやりとりを知らないアンジーは、ユリスの様子を不思議そうな顔をして見ていたが、やがて肩をすくめて話を続けた。


「そう呼ばれる、ものすごく危険な場所があるんですって。絶対に近づかないよう、気をつけたほうがいいですよ」

「あ、ああ。なるほど。ご忠告ありがとう」

「いや、そこは危険っていうか────うっ……!」


 どこまでも空気を読まないユリスの腹に、今度はシモンがひじ鉄を入れる。「もういいから、お前はしばらく黙ってろ」とシモンから耳打ちされ、ユリスは納得いかない表情ながらも渋々うなずいた。

 その様子を見て、アンジーは気遣わしげにユリスに声をかけた。


「ユリスさん大丈夫? どこか具合悪い?」

「大丈夫ですよ。ただのしゃっくりだから」

「それは大変。しゃっくりが止まらないと苦しいものね。お水を飲むと治りますよ」


 シモンの口から出まかせの言い訳を真に受け、アンジーが給仕を呼んで水を注文した。そのわきで、ミリーは声をひそめて男たちに話しかける。


「あなたがたは通い慣れているのかもしれませんが、うちの弟には変なことを教えないでくださいね」

「いやいや、私だって話に聞いたことがあるくらいで、実際に行ったことなんて一度もありませんよ……!」


 とんでもない言いがかりに、シモンは目をむいた。そして降参するかのように両手のひらをミリーに向け、首を横に振りつつ悲鳴を押し殺したような声で否定する。ユリスもミリーから冷ややかに疑わしげな眼差しを向けられ、必死に首を横に振っていた。

 注文を終えて振り返ったアンジーは、男たちのこわばった表情を見て首をかしげる。


「どうしたの?」

「このかたがたは、危険な場所にはこわいから近づいたことがありませんって」

「うんうん、それがいいですよ。つかまって売り飛ばされるとか、ほんとこわいもんねえ」


 ミリーの適当な説明に、アンジーは真剣な顔でうなずく。シモンやユリスの場合、どちらかというとつかまって売り飛ばされてしまうというよりは、つかまって売りつけられる側なのだが、さすがに今度こそ空気を読んでユリスも口を閉じたままだった。


 そこへ最初の料理が運ばれてきて、自然に話題も移り変わった。

 シモンたちは、王都の春祭りを観光した帰りだと言う。


「じゃあ、これからご自宅に帰るところですか?」

「いえ、予定が変わりました」

「あら? じゃあ、次はどちらへ?」

「次か……。私は次にどこへ行ったらいいんでしょうね……」


 急に悄然としてしまったシモンに、アンジーは眉根を寄せていぶかしむ。


「どこへ行ったらいいのかって、迷子じゃあるまいし」

「ああ。迷子のようなものかもしれません」

「行く当てもないのに、この町に来ちゃったんですか?」

「そういうことになりますかね……」


 まったくわけがわからない。

 行く当てがないなら、おとなしく家に帰ればよいのではないか。なぜ予定を変えてまで、別方向に向かっているのか。


「実は、人を探しているんです」

「へえ。どんな人なんですか?」

「月の妖精かと思うほど美しく、清らかな人です」

「ふうん」


 他人の恋路にはまったく興味のないアンジーはしらけた顔をしたが、それをじっと見つめてからシモンは尋ねた。


「そう言えば、雰囲気がよく似てるな。アンジー、ほかにお姉さんはいない?」

「兄弟は兄が二人いるだけです」

「そうかあ」


 肩を落としてため息をつくシモンが少し気の毒になり、アンジーは彼の尋ね人について質問した。


「きれいな人って以外に、何かもっと情報はないんですか? 名前とか」

「名前はたぶん、ヒルデです」

「どんなおうちのヒルデさんですか?」

「…………」


 名前以外の情報は何もないらしい。

 しかしヒルデなんて、この国においては極めてよくある名前だ。大通りで「ヒルデ!」と叫べば必ずひとりか二人は女性が振り返るだろうと思われるくらいに、ありふれた名前なのだ。探すにしてももうちょっと情報を得てからでないと、やみくもに歩き回るだけでは見つかる前に寿命が尽きる。

 アンジーは呆れて、くるりと目を回した。


「全国にいったい何人ヒルデさんがいると思ってるんですか」

「わかってます。わかってますけど、探し出したいんですよ……!」


 これは前途多難そうだ。

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