20. 事実確認
しばらく黙って何か考え込んでいたと思ったら、肩を落として頭を抱えてしまったシモンに、ユリスはためらいがちに声をかけた。
「何か困り事でも」
「困り事というか……」
シモンはため息をついて言葉を途切れさせてしまうが、ユリスは相づちを打つでもなく黙ってじっと返事を待つ。こんなとき、寡黙な男はその真価を発揮する。多くの言葉を持たないので、いつまででも沈黙して待ち続けられるのだ。ただしその割には失言の多い男でもあるのだが。
シモンはしばらく頭の中で状況を整理していたが、やがてぽつぽつと今日のケスマン商会訪問の結果、判明したことをユリスに話して聞かせた。
ユリスは最後までひと言も発することなく聞いていたが、話が終わるとしばらく沈黙した後にシモンに提案した。
「では、俺がさりげなくアンジーがアンジェリカ嬢なのか確認してみましょうか」
「お前にそんなことできるの?」
「失敬な。それくらい俺にだってできますよ」
たぶんこのときシモンは疲れていたのだ。
いろいろ考えて悩みすぎて、すっかり頭の中が疲れ果てていた。だから常なら決してしないであろう選択をしてしまった。ユリスの提案に対して「じゃあ、頼むよ」と乗ってしまったのだ。
ユリスは満面の笑顔で「おまかせください」と請け合った。
昼近い時間になると、ユリスは部屋の窓を大きく開け放って、外の大通りを見下ろした。そのままそうして行き交う人々を眺めていたが、しばらくすると「お」と声を上げた。
「アンジーたちが帰って来ましたよ」
わざわざシモンのほうを振り向いて報告するので、シモンもソファーから立ち上がって窓から外を見下ろした。通りの向こうから、買い物を抱えたアンジーとミリーが仲良く二人で歩いてきている。
その二人に向かってユリスはやおら手を口に添え、よく通る声を張り上げた。
「アンジェリカ嬢!」
するとアンジーは立ち止まってきょろきょろと辺りを見回してから、怪訝そうにユリスとシモンのいる窓辺を見上げて目をまたたいた。
あまりのことにギョッとして目をむいているシモンをよそに、ユリスはアンジーに手を振ってから満足そうな笑顔でシモンを振り返る。
「ほら。確定しましたね」
「いや、お前、さりげなく確認するって言ったよね?」
「はい。さりげなかったでしょう?」
「どこがだよ!」
得意顔だったユリスは、あるじの声に含まれたとがめる調子に気がつくと一転して眉尻を下げ、なだめるようにシモンに声をかけた。
「怒らないでくださいよ。さりげなく声をかけてみただけじゃないですか」
「うん、私が馬鹿だった。お前ってそういうやつだったよな……」
シモンは額に手を当ててめまいをこらえる。
ソファーに腰を下ろして深くため息をついていると、部屋の扉をノックする音がした。扉を開けてみれば、アンジーたちだ。
「お昼ご飯まだでしょ? 一緒に食べに行きませんか」
何ごともなかったかのようにくったくのない笑顔で誘われ、シモンは何だか拍子抜けした。
四人は連れだって宿の食堂に向かい、それぞれ食事を注文する。注文が終わってひと息つくと、アンジーはずいっとテーブルの上に身を乗り出した。
「ねえ、どうして私の名前がアンジェリカってわかったんですか?」
思わず身構えてしまっていたシモンは、アンジーのこの単刀直入な質問に目をまたたいた。
アンジーの目には、かけらほども気まずさはない。純然たる興味の色があるだけだ。そのことにほっとして、シモンは質問に答えた。
「ケスマン商会を訪ねたときに、商会長の話に出てきたんですよ」
「ああ。なるほど、ケスマンのおじさまか。でも、どうしてそんな話に?」
「アンジーのお母さまの名がヒルデだという話になって────」
アンジーが驚いたように目を見開いたので、シモンの声は尻すぼみになった。
アンジーは真顔になって、重々しく首を横に振る。
「ダメです、シモンさん。母は三人の子持ちで人妻です。お気の毒ですが、諦めてください」
「わかってますよ! というか、違いますっ」
「何が違うんですか?」
アンジーのとんでもない勘違いを、シモンは必死に否定した。必死になるあまり、先ほどまで頭を抱えて落ち込んでいたことさえ忘れかけていた。
そしてシュニッツ商会の商会長の末子の名前がアンジェリカであり、母親とよく似ていると聞いたこと、アンジーからこれまでに聞いた話からそのアンジェリカがアンジーのことだと当たりをつけたことを説明した。
話を聞いて、アンジーは合点がいったようにうなずいた。
「なるほどねえ。確かに母と間違われることはありますね。もう面倒くさいんで、そういうときはそのまま返事をしちゃってますよ。どうせどっちでもいいような用事が多いしね」
「それだ」
「え?」
シモンの言葉の意味が理解できず、アンジーはきょとんとした。
「私が名前をヒルデだと勘違いした理由です。呼びかけられて返事をしていたから、ヒルデさんだと思ってしまったんですよね」
「え。────えっ?」
アンジーは虚を衝かれたように目をまたたいて固まり、しばらくしてから顔が真っ赤になった。
「それだとまるで、シモンさんの想い人が私だったみたいじゃありませんか」
「事実そのとおりです」
言葉を失ったアンジーが熱い頬に手を当てていると、横からユリスが頼まれてもいない解説をしてシモンをあわてさせた。
「シモンさまはその想い人に婚約者がいると知って、落ち込んでたんですよ」
「おい」
婚約者と聞いたとたんにアンジーの頬から熱が引いた。
「あ、それもういません」
「え?」
よけいなことをもらしたユリスに詰め寄ろうとしていたシモンが驚いて振り向くと、アンジーの目が据わっている。
「あー、せっかく忘れてたのに思い出しちゃった。まったく腹が立つ!」
「まあまあ。旦那さまがとっくによろしく対処してくださってることでしょう」
事情がわからず首をかしげているシモンに、家から逃げ出して旅に出た原因となった出来事についてアンジーは話して聞かせた。つまり元婚約者ローマンの浮気現場に遭遇した、例の件である。
話を聞きながら、シモンは不快そうに眉をひそめた。
話しているうちに怒りのぶり返してきたアンジーは、鼻息も荒く言いつのった。
「不細工だの何だの、好き勝手言ってくれてたわよね」
「ローマンさまは不細工とはおっしゃってませんでしたよ」
「でも似たようなことは言ってたでしょ」
「お顔ではなく体型のことだったような。むしろさらに下品で失礼でした」
すっかり熱くなっているアンジーに対して、ミリーは冷静に補足する。
聞けば聞くほどシモンの眉間のしわは深くなった。
じれもだ撲滅隊長ユリス




