18. 製織町クライスベルク
製織町クライスベルクに到着した頃、シモンは精神的にすでに疲労困憊の状態だった。
何しろここ数日、馬車の中で暇さえあれば求婚文句を考えさせられたり、アンジーを相手役に見立てて求婚の予行演習をさせられたりし続けていたのだ。
しかも、ちょくちょくミリーからダメ出しをくらう。
ミリーは決して的外れな指摘はしない。だからありがたい指摘ではあるのだが、容赦もないので、しばしばシモンは心がえぐられる思いをするのだった。
クライスベルクはヘルトニッヒに比べると、少し大きな町だ。
ヘルトニッヒはあくまで「村」という感じの規模だが、こちらは「町」と呼んでも違和感がない。
宿屋も数件ある。四人が選んだのは、最も中心部に近く、小ぎれいなところだった。
夕食は、手軽に宿でとることになった。
この地方の郷土料理には、肉料理が多い。アンジーはさっそく「スケートの骨焼き」という名の豚肉料理を注文した。
変わった名前の料理だが、何のことはない、すね肉の丸焼きだ。豚のすねの骨が昔はスケートの刃として利用されていたことから付いた名前だと言う。皮付きの肉を骨をつけたまま一度煮込んだ後にじっくりオーブンで焼き上げるため、中はほろほろと柔らかく、外側はパリパリしている。そして見た目に圧倒されるほど、重量感がある。
アンジーは、ひとくち食べて絶賛する。
「おいしい!」
「すごい大きさだね……」
「全然脂っこくないから、ぱくぱく食べられちゃいますよ」
シモンは肉の大きさを見て、あっけにとられた顔をした。シモンとミリーは無難に知っている料理を頼み、アンジーとユリスはそれぞれ豪快な肉料理を頼んで頬張っている。
食事をしながら、アンジーはシモンにひとつ提案をした。
「ねえ、シモンさん。せっかくクライスベルクに来たから、買い物をしませんか」
「いいけど、どんな?」
「シモンさんのその服を、何とかしたい」
「え?」
アンジーは、以前からシモンの服装には不満があった。ひとことで言うと、じじくさい。仕立てはよいのだが、色と柄の選択がひどい。
「何とかしたいって、どんなところをですか?」
「全部」
さっくり全否定されて、シモンは言葉を失った。
しかしアンジーは追撃の手をゆるめない。
「もうね、前から気になってたんですよ。何ですか、その色柄の取り合わせは」
「どこか変ですか? 落ち着いて見えるものを選んだつもりなんですが」
「落ち着きすぎです。今どきご隠居のおじいちゃんだって、そんなじじくさい色の服は着ませんよ。もっと年相応の似合うものを着ましょう!」
「じじくさい……」
衝撃のあまり、シモンは放心したように固まってしまった。
その隣でユリスが、ものすごく何かを問いたげな目でミリーをじっと見ている。その視線を受けて、ミリーがいぶかしげにユリスに尋ねた。
「ユリスさん、どうしたんですか?」
「俺の服も、変ですか?」
「率直に申し上げてもよろしいでしょうか」
「はい」
ユリスは姿勢を正して、ごくりとつばを飲み込み、神妙にうなずいた。
「じじくさいだけでなく、辛気くさくてかないません。どぶねずみ色とか、青カビみたいな色ばっかりじゃありませんか」
「青カビ……」
「薄暗い山奥の原始的な狩猟民族として暮らすなら優秀な保護色だと思いますが、文明社会で生きるならもっと違う色を選んだほうが文化的に見えると思います」
「保護色……」
あまりにも忌憚のないミリーの酷評に、ユリスは魂が抜けたようになってしまった。
その情け容赦ない手厳しさに、アンジーの言葉に衝撃を受けて固まっていたはずのシモンが復活したほどだ。シモンは気遣わしげにそっとユリスの顔をのぞき込んでから、おそるおそるミリーに尋ねた。
「彼にはたとえばどんな色が似合うと思いますか……?」
「暗くても明るくても、どちらでもいいんですけど、はっきりした色がお似合いだと思いますよ。暗い色ならもういっそ黒とかですね。中途半端が一番いけません」
「なるほど」
そのやり取りを見ていたアンジーは、晴れやかな笑顔で次のように結論づけた。
「だから、二人とも買い物に行きましょう」
「う、うん。そうですね」
魂の抜け殻となり果てた従者を哀れに思ったのか、シモンは提案に対して腰が引け気味ではあったものの同意したのだった。
翌日、うきうきと機嫌のよいアンジーを先頭に、四人は町の中にある布地店を見て回った。さすが織物の町だけあって、布地の店や布製品の店が多い。
その中で紳士服向きの生地を一番数多く扱っている店を選んで入り、さっそくアンジーはミリーと共に物色を始めた。
「シモンさんはそこに立っててね」
「はい」
シモンとユリスは姿見の前に待機させられる。
店員たちは接客対象をアンジーとミリーの二人と見定めて、売り込みに余念がない。しばらくすると生地を巻いた反物がシモンとユリスの近くにいくつか積み上げられた。
店員がシモンの身体に当てて見せる生地の色を見て、彼は目をむく。
「え、こんな色で服を作るんですか⁉」
「大変お似合いでございますよ」
「うんうん」
それは乳白色の布だった。ギョッとして抗議の声を上げるシモンに対して、店員は満足そうな笑顔で褒め言葉を口にし、アンジーがうなずく。
「いや、こんなの似合うわけないじゃありませんか」
「でも実際似合ってますよ? シモンさんはね、明るくさわやかで上品な色が合うんですよ。だから、これとワインレッドを組み合わせたりしたらすごくいいと思う」
「え、赤⁉」
シモンが悲鳴のような声を上げているのには少しも構うことなく、アンジーは店員にワインレッドの生地を所望した。店員はすぐさま数種類の生地を出してくる。その中からアンジーがひとつを選ぶと、店員がシモンの身体の右側にさきほどの乳白色の生地、左側に今選んだばかりのワインレッドの生地を当ててみせた。
「ほら、やっぱり。いいでしょ」
アンジーがミリーのほうを振り向いて同意を求めると、彼女は軽く目を見張ってから笑顔で「はい、とてもお似合いです」と答えた。
あの歯に衣着せぬミリーから褒められたとなれば、世辞ではない。そう判断したのか、シモンは面食らった顔をしつつも、おずおずと鏡に映った自分の姿に視線を向けた。見慣れない色使いではあるが、決して嫌いではない。むしろ好みでさえあるのだが、自分には似合わないと思って避けていた色だった。
そんな具合に何着分もの生地をアンジーが見立て、結局それをすべて購入することになった。ユリスも同様である。彼の分はミリーが見立てた。
「王都に帰って仕立ててみるのが楽しみですね!」
アンジーは上機嫌だったが、店を出る頃には男たちはすっかりぐったりしていた。




