14. 春の収穫祭
食卓の話題は、シモンの人捜しからヘルトニッヒの収穫祭へと移り変わる。
祭り最終日の午後は、この祭りで一番の催し物である踊り比べがあるそうだ。参加資格は特になく、部外者でも気軽に参加できるらしい。中央広場で行われると言う。
それを聞いて、うきうきとアンジーはシモンに声をかけた。
「シモンさんたちも参加するでしょ?」
「うん。行ってみるよ」
「じゃあ明日の午前中、一緒に踊り方を教わりましょう!」
「え?」
シモンにとって「参加する」とは観客の一員として参加するという意味だったのだが、アンジーは違う。踊る側で参加する気満々だ。
「私は別に、見るだけで十分なんですけど……」
「なに年寄りくさいこと言ってんの、シモンさん。こういうのは参加してこそ意義があるんですよ」
さほど乗り気でない様子のシモンは、「こういう機会に男ぶりを上げとかないと!」とアンジーに押し切られ、いつの間にかユリスと一緒に参加することになっていた。
踊り方については、商会長の息子が指南役を買って出た。
食事の席では、お開きになるまでそのまま収穫祭の話題が続いた。
翌日の朝食後、さっそく庭先に出て商会長の息子から踊り方を教わる。
アンジーにとって少し意外なことに、シモンはひょろっとした風采の上がらない見た目に反して、すんなり踊り方を覚えた。ユリスも同様だ。もっともユリスは、見るからにがっちりしていて運動神経も悪くなさそうだし、シモンに比べたら意外性は低かったのだが。
誰の目にも明らかによそ者である四人が踊りの練習をしている様子に、家の前を通りかかる村人たちは陽気に「頑張れよ!」と応援の声をかけていく。そのたびにアンジーは人なつこい笑顔で元気よく「ありがとう! 頑張ります!」と返していた。
しっかり踊りを覚えてから昼食をとり、村の中央広場に向かう。
若者を中心に、次第に人が集まりつつあった。踊り比べの参加者は、広場の中央に集められている。その周囲を囲むようにして、観客が並んでいた。
やがて始まった踊り比べは、アンジーが想像していたものとは少し違った。
踊りの様子を誰かが評価して優劣を競うのだろうと思っていたのに、実際の踊り比べはそんな優雅なしろものではなかったのだ。音楽が少しずつ速くなっていき、速さについていけずにステップを踏み間違えた者は途中退場となる。息が切れて自ら退場する者もいる。
完璧に体力勝負だ。
どんどん人が抜けていく中、アンジーは意地をかけて頑張る。その横でミリーも健闘していた。
そしてついに音楽が鳴り止んだとき、中央に残っていたのはアンジーたち四人だった。四人ともすっかり息が上がっているが、顔を見合わせて笑顔になる。飛び入り参加のよそ者の健闘に、観衆からは大きな拍手と声援が贈られた。
優勝者の賞品は、昨年の地元ワイン品評会で最高点をつけられたワインだった。最後に四人も残ることは想定されていなかったようで一本しか用意されていなかったが、アンジーは「ヒルデ嬢への手土産にしたらいいよ」と言ってそれをシモンの手に押しつけた。
「お金を出して買ったものより、価値があるでしょ」
そう言ってくったくのない笑みを見せるアンジーに、ミリーとユリスも賛意を示す。
最初は遠慮しようとしていたシモンも、最後は礼を言って受け取った。
踊り比べで完全に体力を消耗しきった四人は、その後はのんびり屋台と店を見てまわった。
ワインで知られる村ではあるけれども、実はりんご酒も結構作られている。りんご酒にも甘口や辛口、発泡性のものや非発泡性のものなど種類がいろいろあるが、アンジーは発泡性で甘口のものが好きだ。店頭で試飲させてもらった中から、気に入ったものを数本仕入れておいた。
歩いて周りながらもやはり、踊り比べが話題に上がる。
「シモンさん、意外にかっこよかった」
「意外にってとこが気になるけど、ありがとう」
アンジーの微妙な褒め言葉に、シモンは苦笑しながら礼を言った。
「姿勢がいいからかな? 同じ動きでも上品で、かっこいいの」
「ああ。社交ダンスとは違う動きのようでいて、基本は一緒の部分がありそうだから。それなりに社交ダンスをたしなんでいるお陰かもしれないね」
あまり貴族っぽくなくても、やっぱり貴族なんだなあ、と思いながらアンジーは聞いていた。
そのアンジーに、シモンは逆に羨望の眼差しを向ける。
「今日もやっぱり、若い女性の視線はアンジーが独り占めしてたよね」
「えええ?」
「そりゃ、この子は天使ですから」
同意しかねて首をかしげるアンジーの横で、ミリーは得意そうに満面の笑顔を見せた。
アンジーは少し考えてから、シモンに質問する。
「シモンさんは、若い女性の視線を集めたいの?」
「うーん」
シモンは顎に手を当てて、何と答えたものか思案した。
もちろん彼にも人並みに、異性にもてたい欲はある。けれども単純にそう答えてしまったら、アンジーの質問に対する答えとしては何か不足している気がした。なぜこの頃、若い女性たちの目がアンジーにばかり向いていることが気になって仕方ないのか。それは────。
「視線を集めたいというより、ヒルデ嬢に会ったときに彼女の視線が私でなくアンジーのほうに向いていたら、悲しいだろうなあと」
「ええっと、つまりシモンさんは、ヒルデ嬢の第一印象をよくしたいんですね?」
アンジーが考え考え、シモンの願望を推測して言葉にすると、シモンはうなずいた。
「そうだね。そういうことになるかな」
「だったら、簡単にできることがひとつありますけど」
「え、そんなのあるの? 教えてください!」
シモンが身を乗り出して食いついてきたので、アンジーは若干引き気味になる。そして「気を悪くしないで聞いてくださいね」と前置きした上で、提案した。
「ひげを剃りましょう」
「ひげ、だめですか」
「女性受けをよくしたいなら、お薦めできませんね」
「そうなんだ……。男らしいと思ってもらえるものかと……」
人の受け取り方や好みはそれぞれではあるけれども、一般的にひげというのは相手に威圧感を与えるものだ。相手になめられないための外観を整えたい場合には有効だろうが、思い人からの第一印象をよくしたいなら、やめておくのが無難だ。
そう説明しながらアンジーは、しょんぼりと肩を落としたシモンを気の毒そうに見やった。
「ひげが男らしいことは否定しませんけど、女性受けする男らしさとは方向性がちょっと違うんですよ」
「なるほど……。ありがとう、アンジー」
「どういたしまして」
アンジーとしては乞われるままに助言はしたものの、正直なところ劇的な効果があるとまでは思っていなかった。翌日、その効果のほどを目の当たりにするまでは。




