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13. 再び、醸造町ヘルトニッヒ

 褒めちぎった後で少し間を置き、アンジーはシモンに質問した。


「ところで、どうして男爵が夫人に頭が上がらないことをご存じだったんですか?」

「ああ、それはね、あの人は『男爵』と呼ばれてはいるけど、実際には男爵じゃないからです」

「え? どういうこと?」


 あの男爵家の当主は、実は夫人なのだそうだ。

 だからあの夫人は実際には「男爵の夫人」ではなく、女男爵だった。女男爵の伴侶は、爵位もないし、本来は称号も持たないものなのだが、夫人は周囲が便宜的に夫のことを「男爵」と呼ぶのを許していた。法的には正しい呼称ではないが、それで夫の自尊心が満たされるならそれでよいと夫人は考えていたようだ。


 ただし勝手に呼び方だけそう変えたとしても、当主が夫人であり、爵位も財産も権限も、すべては彼女のものであることは変わらない。だから、どうしたって夫は立場が弱いのだ。

 家の中での立場が弱いのが理由で、浮気に走ろうとしたのだろうか、とアンジーは心の中で男爵の動機を憶測した。しかしたとえそうだとしても、やり方がひどい。同情の余地がどこにもない。


 シモンはヘルトニッヒを出発する前に、貴族年鑑で男爵夫妻の背景を確認した上で、商会長から領主の評判を聞き出していた。


 領主の統治に関しては、領民たちからの評判はとてもよい。不作だったり、災害があったりしたときには、きめ細やかに対応してくれるのだと言う。そうした評判から、実際に統治しているのは男爵ではなく夫人であろうと当たりをつけ、その夫人は責任感のある常識的な人物だろうとシモンは判断した。そしてそれは当たっていた、というわけだ。


 アンジーはシモンから話を聞いて、目に宿る賞賛の色をさらに濃くした。


「うん、ほんとすごい、シモンさん」

「ふふ。ありがとう」

「そのすばらしい洞察力を、ヒルデ嬢の捜索に発揮できればねえ」

「痛いところを突いてきますね……」


 ヘルトニッヒには昼前に到着した。

 シモンもアンジーも、隣町に出向く前に泊まっていたのと同じ宿をとろうとしたのだが、商会長に「身内を救ってくださったかたがたを宿に泊まらせるなんて、とんでもない」と強く慰留された。


「ぜひ我が家にお越しください。どうか何日でも遠慮なく、お好きなだけ滞在してくださって結構ですよ」


 シモンとアンジーは顔を見合わせた。アンジーが目顔で「まかせる」と伝えて小さくうなずいてみせると、シモンは商会長の厚意に感謝して世話になると伝えた。

 もともとヒンメル商会に用があるのはシモンなのだし、ちょうどよい機会ではある。


 商会長の自宅は、男爵家の邸宅に比べたらずっと小さいものの、平民の屋敷としては十分に立派な大きさで、ひとりずつに客室が割り当てられた。決して豪華ではないが、素朴で上品な飾り付けが施され、居心地のよい部屋だ。


 その日の夕食には副会長の一家も招かれ、すっかり「事件を無事に解決したことへの感謝の会」といった様相だった。中心となって立ち回ったのはシモンなので、それと同じように感謝されるとアンジーは少々居心地が悪い。


「今回の立役者はシモンさんですよ」

「いやいや。一番肝心な場面でアンジーがうまく加勢してくれたからこそだよ」


 ヒンメル商会側とすると、シモンとアンジーの二人に助けられたことに変わりはない。誰もが口々に感謝の言葉を並べる。中でも副会長とその夫人は、涙ぐまんばかりだった。


 溢れんばかりの謝意に圧倒されたアンジーは、話題を変えるべくシモンに水を向けた。


「ねえ、シモンさん。聞きたいことがあったんじゃない?」

「ああ、そうでした」


 シモンは副会長に、王都の春祭りで見かけたヒルデという女性を探していることを話した。


「王都の春祭りの運営に関わったヒンメル商会の関係者の中に、ヒルデという女性はいませんか?」

「おりませんなあ」


 ヒンメル商会は、規模がほかの商会に比べて小さいこともあり、運営に携わった人員もほかの商会に比べたらだいぶ少ない。

 今年の運営には、ヒンメル商会からは副会長が代表として参加しており、自商会内から動員した人員の名前はだいたいわかっているが、その中にヒルデという名の若い女性はいないと言う。


「やはりそうですか」

「やはり?」


 思わしい回答ではなかったのに、さして落胆した様子のないシモンに、アンジーは首をかしげた。あまり落ち込まれても困るけれども、淡白すぎるのも、それはそれで気になる。


「うん。昨日のうちに、たぶんそうだろうなと思えるだけの返事はいただきましたからね」

「なるほど」


 副会長は申し訳なさそうな顔をしつつも、ひとつ提案した。


「一応、念のために王都の支部に手紙を出して照会しておきましょうか」


 商会長は、地元から連れて行った人員については完璧に把握してはいるが、王都の支部から運営に関わった者については完璧とまでは言えない。臨時雇いの者がいたかもしれないからだ。

 だから念のため、王都の支部に問い合わせて確認してみようか、という申し出だった。


 シモンはもちろん、ありがたくそれを受け入れた。


「結果はどちらにお知らせしましょうか?」

「旅を終えたらいったん王都の屋敷に戻るつもりなので、そちらにお願いできますか」

「かしこまりました」


 そのやりとりを聞いてアンジーは、からかうような笑みを浮かべた。


「これで、ヒルデ嬢が実は王都にいるとわかったら、もう笑うしかありませんよね」

「それは言わないでください……」


 アンジーはヒンメル商会の面々に、シュラウプナーで知り合ったときのいきさつを暴露する。


「シモンさんったら王都で何も調べずに、春祭りが終わるなり王都を飛び出しちゃったんですよ」

「だって、あのときは焦ってたから。だけどそのお陰でアンジーと知り合えたわけでしょう? 結果よければすべてよし、ですよ」

「いや、まだ結果出てませんから」


 アンジーの容赦ない指摘に、食事の場は笑いにつつまれた。

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