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11. 舌先三寸の救出作戦

 男爵とユリスのやり取りを、シモンは呆れたような顔をしながら静観していた。より呆れるべきは男爵とユリスのどちらに対してなのか判断がつかない、とでも言いたげな顔をしている。男爵たちの会話が一段落すると、シモンは男爵に向かって落ち着いた声で話しかけた。


「ところで『丁重にもてなしたいから、副会長の娘を連れてくるように』とおっしゃったと伺いましたが、場所はこちらで合っていましたか?」

「何が言いたい?」


 血管が切れそうなほど顔を赤くした男爵に剣呑な目を向けられても、シモンは少しも意に介する様子がない。


「我々をもてなしてくださるにしては、少々狭すぎやしませんか。実際、さっきからずっと立ちっぱなしですし」

「貴様らに座らせる椅子などないわ!」

「呼びつけておきながらその態度は、いかがなものかと思いますよ」


 シモンはわざとらしく肩をすくめ、両手を広げてため息をついてみせた。

 その様子に苛立ちをさらに刺激されたらしい男爵は、重ねて何か怒鳴ろうと口を開きかけたが、最初に玄関で対応した使用人が後ろから近づき、男爵に何か耳打ちした。


「は? デュッケル……?」


 怒りにまかせて横柄な態度を貫いていた男爵の顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。


「はい、デュッケル伯は私の父です」

「そ、それならそうと、最初に言ってくだされば……!」

「最初から家名も名乗っておりますが」


 しれっとにこやかに身分を振りかざしてみせるシモンに、アンジーは感心した。なるほど、身分とはこのように使うものらしい。


「しかし、後見のかたはまだしも、そちらの少年は────」

「ああ、やっと紹介を聞いていただけそうですね。こちらは私の親友、アンジーです」


 いつの間にかシモンの「親友」になっていたらしいことに、アンジーは吹き出しそうになった。が、ぐっとこらえて、よそ行きの笑顔を貼り付け、自己紹介をした。


「はじめまして、アンジー・シュニッツです。父がシュニッツ商会の商会長ですので、仕事でお世話になったことがあるかもしれません。お招きありがとうございます」


 アンジーとしては副会長とリンダの二人を無事に連れて帰れればそれでよいのだが、どうやら話の流れから見てシモンは男爵から招待を受けたことにしたいらしいので、話に乗っておく。

 ついでに、リンダの立場をより安全なものにすべく、ちょっとした小芝居を追加することにした。


 アンジーはリンダの顔をのぞき込んで、「リンダとは先日の春祭りのときに将来を約束し合った仲です。ね、リンダ」と微笑みかける。それを受けて、リンダはアンジーの腕にぎゅっと抱きつくと、恥ずかしそうに頬を染めてもじもじしながらうなずいた。打ち合わせもなしにアンジーのアドリブに即座に対応するこの彼女、なかなか機転が利く上に演技派でもある。


 アンジーの言葉を聞いた副会長はギョッとしたように「えっ」という声をもらして振り返った。

 リンダは父に向かって素早く首を横に振り、男爵に見えない位置で人差し指を立ててみせ、声に出さずに「しー」と口を動かす。

 副会長はそれを見てほっとしたような笑みを浮かべ、うなずいた。


 男爵はシュニッツ商会の名前を聞いて、顔色を悪くした。

 ワイン商であるヒンメル商会は国内の四大商会のうちで最も規模の小さい商会だが、シュニッツ商会は逆に最も規模の大きい商会である。


 自領地内に本部を持ち、比較的規模の小さい商会のため圧力がかけやすいと見て高圧的な態度に出ていた男爵は、その後ろに全国規模で支店を展開している最大手のシュニッツ商会がついている可能性を理解すると、急に大人しくなった。

 ましてや、その二つの商会にはデュッケル伯爵がついていると言うのだ。片田舎の男爵ごときに太刀打ちできるわけがない。


 このような状況判断により、男爵は方針を百八十度転換した。

 つまり、やっと男爵は立ち上がり、シモンたちにまともな挨拶をしたわけだ。へつらうような笑みを浮かべてはいるものの、その口もとは引きつりがちだ。


 挨拶が終わると、男爵は腹をくくったようにシモンたちを屋敷に招待した。


「もちろんこんな場所ではろくなおもてなしもできませんから、屋敷にお越しください」


 こうして一行は、男爵の屋敷に向かうこととなった。

 移動のために馬車に乗り、シモンとミリーの三人だけになってからアンジーはシモンに気になっていたことを質問した。


「どうしてわざわざ招待なんてさせたんですか?」

「ああ、今回は無事に終わりそうだけど、ああいう人は何度でも同じことを繰り返すものですからね。少し懲りてもらわないといけないと思って。言ってみれば、ちょっとしたお仕置きです」

「これがお仕置きになるんですか?」

「うん、うまくいけばね。まあ、考えがあるので、見ててください」


 いったいどんな考えがあるのだろう。少しだけわくわくしたような顔になったアンジーに、今度は逆にシモンから質問があった。


「アンジーは、春祭りのときにリンダさんと結婚の約束をしてたんですか?」

「え? してませんよ」

「え」


 シモンは眉根を寄せて首をかしげながら、「でも、さっき、将来を約束し合った仲だって……」とつぶやいた。

 そのつぶやきを聞いて、アンジーは「ああ」と合点がいったように笑い声を上げ、種明かしをした。


「春祭りで知り合って仲良くなったから、彼女が地元に帰った後もずっと友だちでいようねって約束しただけです。別に、結婚の約束をしたわけじゃありません」

「なんだ、騙された」


 明かされた事実に、シモンも声を上げて笑う。

 もちろんアンジーは誤解されることを承知した上で、敢えて誤解を招くような言葉を選んだわけで、男爵の誤解を解く気はさらさらない。そのほうが都合がよいからだ。ヒンメル商会とシュニッツ商会が縁戚になるのだと勘違いしたなら、そのまま放っておけばよい。


 やがて馬車は、男爵邸に到着した。

 さきほどの小さな家とは違い、こちらはいかにも貴族の邸宅らしい構えだ。盛装からはほど遠い旅装のままでは、玄関をまたぐのも少々ためらわれるほどだ。


 馬車を降りて玄関から中に入ると、男爵が慌ただしく使用人にいろいろ命じていた。

 騒ぎを聞きつけたのか、しばらくすると男爵夫人が姿を現した。夫の男爵とは違い、体型はほっそりしていて、どこか雰囲気がリンダと似ている。少々きつい印象を与えがちな顔立ちながらも朗らかで、話し方からは知性を感じさせる人物だった。

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