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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第三部 第二章
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第97話 交流会後の邂逅①

 眉間に皺を寄せたままの朝日が、ゆっくりと煙草を吸い、さらにゆっくりと吐き出す。

 一応気を使っているのか、秤が居る方とは逆側に向かって煙を吐き出すが、それでも甘ったるい煙草の匂いがこちらまで届いた。


 煙草は吸わず、匂いもあまり好きではない秤としては、思わず顔をゆがめてしまいそうになるが、何とか意志の力で無表情を貫いた。

 一服するから外で待っていて良い。と告げてきた朝日に無理を言って着いてきたのは秤自身なのだ。

 そうまでして朝日に着いてこの喫煙室にやってきたのは当然、先ほど終わった会議の話を聞きたかったからだ。


 一本吸い終わった朝日は、ゆっくりと次の煙草に火を着けた。

 眉間の皺もなくなり、リラックスしている様子の朝日に、頃合いと見た秤は、念のため入り口の方を確認した。

 人が来なそうな廊下奥に設置された喫煙室のドアには、ガラスがはめ込まれており、誰かが近づいて来ればすぐ分かる仕様になっている。


 もっとも、異世界帰還者もまだ幾人か残っている現状、透明化などの魔法を使われたらお手上げだが、そちらは朝日が感知してくれるだろうと話を切りだした。


「朝日さん。さっきのアレ、何だったんですか? 結局呼称決めだけで交流会終わっちゃいましたよ?」


「フゥ。そうだね」


 あの後、異世界関連用語の共通化という名目で始まった呼称決定会議は、それまでの適当さは何だったのかというほど白熱した。

 異世界で頻繁に使われ、こちらでも日常的に使用している魔法やスキル名などは、大体の名称は皆似たようなものだったらしく、多数決で簡単に決めることができたが、こちらの世界にやってきてから始めて名前が付いた特別な名称。

 秤たち異世界転生応援室が使っていたもので言えば、異世界送りや上位存在といったそれぞれの部署が独自に使用していた名称を正式なものとすべく、舌戦を繰り広げた。

 それは朝日もまた同様だ。


「おおよそ、僕らが使用していた名称のままになったし、なにより上位存在だけは勝ち取ることができたのは大きい。発案者が君だからね。森羅くんに怒られずに済むよ」


 やれやれと首を横に振ってみせる朝日に、会議の時に彼女が上位存在に関してだけは、ガンとして譲らなかった理由が分かった。

 秤が発案ということもそうだろうが、仮に他案にあった神やカミカタ、尊き人が採用されていれば、上位存在を憎む森羅は確実に反発する。


「でも天災は変わりましたね。龍災、でしたっけ?」


「龍穴と龍爪が採用されたから、そっちに合わせるのも当然といえば当然だが。慣れるまでは少々使いづらいかもしれないな」


 龍穴は他の異世界係でも使用されていたこともあってすんなりと決まり、それに付随して朝日が命名した龍爪も決定。

 さらには龍爪が起点となるのだから。と上位存在の起こす災害も名を変え、龍災の名称が付いた。

 日常的に使われている天災と使い分ける意味では、合理的だ。


「そうですね……いや、そうではなく。そもそも何であんなことになったんですか? その前に月白室長が話していた強盗しているっていう異世界帰還者の話も中途半端になりましたし」


 思わずノリツッコミのような形になってしまったが、強引に話を戻すと朝日は一つ舌打ちをした。


「その月白くんが言っていた内容が問題なんだ。特に彼女が最後に言いかけていた異世界帰還者を探すために、部署内の連携を強めようって話。あれが一番の問題だ」


「問題?」


「前に言わなかったかな? 僕らを管理しているフィクサーは異世界係が手を取り合うことを警戒している」


「それは、魔法とかを使える異世界帰還者が複数手を組むと、自分の立場が揺らぐってことですか?」


 秤以外の異世界帰還者たちは皆、現代科学をもってしても再現不可能な異能を持っている。

 最初の異世界帰還者とはいえ、そんな者たちが手を組まれると己の権力をも超えかねないと考えても不思議はない。


「僕らの力というより、月白くんのいうファースト同士が手を組まれることを、だね。分かっていると思うが、小子くんの神託もファーストの力だ」


「あ、やっぱり。後は異世界転生補佐課のパソコンもそうですよね」


「蜘蛛の糸、だったかな。アレもそう。そして時田さんの時間操作か。他にもあるけどそれらが合わさると上位存在のまねごとが可能になる。それを恐れているんだよ」


「そうならないように、わざと話を逸らしたってことは、あの最初に提案した人はフィクサー派の人ってことですか?」


「そうだ。それに他の者たちもあっさりと話に乗っただろ? 下手なことをして上に目を付けられたら面倒くさい。だからなあなあで事を納めようとした」


「でも月白室長は──」


 秤の言葉に、朝日は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「月白くんはバカだからね。はっきり言うと逆に意固地に成りかねない。だから時間潰しのために名称会議を提案してみんなが乗った。それだけのことだよ。月白くんの言っていたファーストに関する問題は、誰かが上に報告して対応が決定したら僕らのところに降りてくる。それまでは適当に流していればいいんだよ」


「問題が起こるまではなぁなぁですか。お役所仕事ですね」


「お役所だもの──ん?」


 秤の皮肉も軽く受け流して肩を竦めた朝日だったが、不意に何かに気づいたように、火を着けたばかりの煙草を灰皿に押し付けた。


「来たみたいだ」

「え?」


 朝日は片目を伏せてにやりと笑う。


「呼称決定会議のおかげで助かった事もあっただろ? 査問会にならずに済んだ」


 秤が手にしていた顛末書を指さした。

 朝日の言うように、呼称決定会議で交流会が終わってしまったため、この顛末書の出番はなかった。


「その理由があれだよ」


 あれといって朝日が顎でしゃくったのは、喫煙室のガラス扉だ。

 先ほどまで誰もいなかった廊下に、歩いてくる人影が見えた。

 まだ距離はあり、顔までは分からなかったが、その髪色と髪型には見覚えがある。

 染色にしても珍しい薄桃色のひっつめ髪。

 男か女かも分からない、スラリとした中性的なスタイル。


「あの人、さっきの」


 呼称決定会議を提案した交流会の出席者だ。

 名前を思い出そうとしたが、出てこない。

 というより、提案の時も名乗りはしなかったはずだ。


「あの人が天地課長だよ」


「あの人が?」


 秤の独断作戦によって迷惑を掛けた異世界転生補助課の課長。

 今回の交流会も彼(あるいは彼女)の発案で行われることになったと聞いている。

 その目的を、朝日は皆の前で秤の独断作戦に付いて詰問し、自分たちに無理難題を押し付けようとしていると考えていた。


 だが、そう考えるとおかしい。

 目的が異世界転生応援室を糾弾することならば、先ほどこそ絶好の機会。

 理由は不明だが朝日を目の敵にしている月白の前で、朝日の管理している応援室の不祥事を上げれば、その瞬間月白はこれまで話していたファーストの問題を棚上げにしてでも、朝日を責め立てたはずだ。

 天地はあえてそうせずに、別の議題を出したことになる。


「なにか目的があって、わざと話をしなかったってことですよね?」


「だろうね。ここで待つように言ってきたのは天地さんだしね」


「え? そうだったんですか?」


「だから、外で待ってて良いって言っただろう? 目的は不明だが、恐らく話はその件に関することだ。張本人の君がいなければ、回答は後日改めてと言えたのに」


 名残惜しそうに持っていたシガーケースをスーツの内ポケットに戻しながら、朝日はやれやれと肩を竦ませた。


「だったら最初からそう言って下さいよ」


 ため息を吐く秤に、朝日は一つ鼻を鳴らしただけで返答はせず、扉のガラスに目を向けた。


「それにしても──」


「ですね」


 言いたいことはすぐに分かった。

 姿は見えているが、いつまで経っても天地が入ってこない。

 足運びがのんびりとしていることに加え、歩きスマホをしているためか、歩行速度が異常に遅いせいだ。


「はぁ」


 今回の件での非がこちらにある以上、さっさと来いと言うこともできず、朝日と秤は苛立ちを隠すように、同時にため息を吐いた。

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