第95話 第二回全国異世界関連部署交流会③
予想に反して、交流会は和やかに始まった。
ただ、ある意味肩すかしを食らったのは、時節の挨拶の後だ。
てっきり、それぞれの異世界係紹介と職員の自己紹介が行われるかと思ったが、そうしたものは一切なく、そのまま話が進んだ。
二回目だから、わざわざ紹介する手間を惜しんだのかもしれないが、初参加の身としては不親切さを感じてしまう。
結局話はそのまま本題、それぞれの地域で起こった異世界関連話の近況報告に入っていく。
市長の計らいで、件の事件はすでに、異世界送りとは関係ない役場同士の連絡ミスということで決着がついている。
しかし、それはあくまで結果論。
自分たちの頭上で勝手に話を纏められたことに、直接迷惑を被った異世界転生補助課の天地人理課長は納得していないはずだ。
だからこそ、この場で再び話を蒸し返す可能性は高かった。
その際、あれはあくまでただの事故であり、問題もすでに解決していると抗弁して、周囲を納得させるのが秤の役割だ。
とはいえ、近況報告は今のところ、自分たちが見つけて保護した異世界帰還者が生意気だとか、この間ニュースでやっていた、台風が特定地域に長時間居座って大きな被害をもたらしたのは、異世界送りの可能性が高い。逆に自分のところは異世界送りが全く行われなくなっているのが怪しい。
などなど。自分たちとは関係のないものばかりだった。
異世界送りの話になったときは、いよいよかと身構えたが、そこもあっさりと流されてしまった。
(あの人はまだ動かない? それとも動く気はないのか?)
奥の席に着いていたOL風の制服を着た女性の報告を聞いているふりをしながら、その近くに座っていた人物に目を向ける。
入室直後朝日に突っかかってきた、あのハスキー声の女性だ。
交流会が始まってからずっと、目を伏せてむっつりと黙り込んではいるが、彼女が朝日に強い怒りと不満を覚えているのは確実。
その不満が例の事件に由来したものだと考えると、あの女性が天地課長の可能性が高い。
そう推察した秤は、彼女の動向を気にしていたのだが、一向に動く気配がない。
もしかすると、すでに上からの指示で今回の件が解決したことを知らされていて、蒸し返すことを禁止されているのかもしれない。
だからこそ、関係ないことで朝日に苛立ちをぶつけて、不満を解消しようとしていた。と考えることもできる。
ならば、このまま何事もなく交流会が終わることもあり得るのではないか。と少し期待してしまう。
「えーっと。では他に、何か報告がある方はいらっしゃいますか?」
話がひと段落した頃合いを見計らい、黒田が全員を見回す。
なにもなければ次の議題へ。と行くための前振りだったのだろうが、ここで秤の期待をあざ笑うように彼女が目を開き、動き出した。
「うちから一つ」
手を挙げた後、名指しされる前に立ち上がる。
そのまま彼女は黒田と同じように全員をゆっくりと見回したが、その動作は威嚇をする狼のような獰猛さが感じられた。
何度か盗み見はしていたが、彼女が立ち上がり視線を集めたことで、ようやく秤も彼女をしっかりと見ることが出来た。
立ち上がって初めて分かったのはスタイルの良さ。
それもグラビアアイドルやモデルのような女性的な美ではなく、もっと野生的な、それこそ狼やチーターのような生物としての機能美を追求したかのような、引き締まった体躯をしている。
首もと程度の短い黒髪は前髪も含めて全て後ろに流したオールバック。
顔立ちも整っているが、その中で最も目を引くのはやはり鋭い瞳。
瞳自体は大きいものの瞳孔は小さく、白目部分がよく分かるいわゆる三白眼だ。
それ故に瞳孔の位置で、どこを見ているのか分かりやすい。
周囲をぐるりと睨みつけた後、彼女は両手をテーブルに叩きつけて身を乗り出した。
「どいつもこいつも。くだらない世間話なんかしている場合かよ。もっと大事件が起きてんだ、さっさとその話をするべきだろうが」
大事件と聞いて、思わず息を呑む。
秤が行なった異世界転生補助課に迷惑をかけたあのやり方は、やはり大きな問題だったのか。
それともそう思わせて、表向きの解決だけでは償いが足りないと、朝日が予想していたように、無理難題でも押し付ける気なのか。
あの震えるような殺意が込められた瞳が、自分に向けられることへの恐れも併せ、秤は身を堅くしたが、朝日は特段気にした風でもなく、リラックスして背もたれに体を預けたまま話を聞いている。
「えーっと。何の話ですか?」
「決まってるだろ! 各地で起こってる連続強盗事件だよ! あれ、明らかに異世界帰還者が関わってるだろ?」
「え?」
「え? じゃねぇよ。朝日ィ。お前んとこの新入りはニュースも見ないのか? 現場にバリバリ痕跡映ってただろうが」
「……いちいち僕に突っかかるのは、やめてくれないか。月白くん」
「月白?」
呟いた瞬間、視線がこちらを捕らえる。
やはり瞳には特別な力でもあるのか、瞬間的に身が凍った。
「新入りが呼び捨てにすんな。うちは異世界問題解決室の室長。月白室長と呼べ」
自信ありげに胸を張って言ってくる様に、ようやく秤は自分の勘違いに気が付いた。
三白眼の女性は天地ではなかったのだ。
「失礼しました。月白室長。話を進めてください」
安堵から素直に謝罪して続きを促すと、逆に月白の方が驚いたように瞬きを繰り返した。
「お、おう。朝日の部下にしちゃ素直だな。よし。黙って聞いてろ。いいか、ニュース番組では犯人はもう分かっているって話だが、そいつは明らかにフェイクだ。あれは変身魔法で他人になりすましてやがった。当然、そんなこと出来るのはうちら異世界帰還者ぐらいしかいない」
言われてから思い出すと、確かにここ最近複数の強盗事件が起こり、いずれの事件も犯人は特定済みで逃走中というニュースを見た記憶があった。
単純に強盗事件が頻発しているだけだと思っていたが、変身魔法を駆使して別人に成りすました同一人物の犯行だとすれば説明はつく。
異世界帰還者が魔法を使って事件を起こしているとすれば、確かに大問題だ。
「でも確か、最新の事件は、君のところの異世界問題解決室の管轄で起こっているんじゃなかったか? それが分かっていて、まだ見つけられないの?」
お返しとばかりに朝日が指摘すると、月白はただでさえ鋭い瞳を更に細める。
視線だけで人を殺しかねない強い眼力を前にしても、朝日は相変わらず涼しい顔をしたままだ。
そんな彼女に月白は苛立たしげに舌打ちを落とした。
「それが問題だって言ってんだよ。うちの鼻でも、変身魔法を使った後の痕跡が追いかけられねェ」
そう言った瞬間、室内がざわめき出す。
「君の鼻で?」
「マジです?」
「やっばー。対策とらないとまずいじゃん」
口々に交わされる会話は全て緊張感のある声色で、本気を窺わせる。
どうやら彼女の鼻はよほど信頼がおけるものらしい。
そんな周囲の態度に月白はすっかり機嫌を直して、自信たっぷりに告げた。
「こいつァは間違いなくファーストの能力だ」
「ファーストってなんですか?」
「んだよ。新入りはそんなことも知らねェのか。仕方ない教えてやるよ」
鼻を鳴らした月白は更に体を反らし、偉そうな態度で言う。
(この人、口は悪いけど案外面倒見良いな)
そんなことを考えてる間に、月白は自慢げに説明を開始した。
「ファーストってのはなァ。一番始めに異世界に転生した奴に送られる称号だよ。奴らはうちらとは別種の力を持ってやがるのさ」




