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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第三部 第二章
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第94話 第二回全国異世界関連部署交流会②

 異世界帰還者たちが集まる交流会の会場は、予想に反してごくありふれた普通の会議室だった。

 移動式の大きなホワイトボードが部屋の隅に置かれている以外は、安っぽい長テーブルが三つずつ、合計六個が向かい合うように固められ、それぞれのテーブルにはパイプ椅子が二脚ずつ置かれているだけ。


 殆どのテーブルには既に人が着席しており、空いているテーブルは二つ。

 おそらく秤たち異世界転生応援室と、黒田が待っていた次に来る異世界係のための空席だろう。


 同時にざっと他の参加者たちを確認してみるが、髪色や服装、態度など明らかに一般人とは違う風貌の者は少なく、大半はごく普通の社会人らしい格好をしていた。

 室内を観察しつつ、朝日に続いて秤が室内に一歩足を踏み入れた瞬間、刺すような鋭い視線が全身を貫いた。

 強い視線にさらされることはこれまでいくらでもあったが、ここまで明確な敵意、いや殺意は初めてだ。


(ん? 初めてじゃないから、殺意だって分かるのか?)


 そんなことを考えたのだ瞬間、返事をするように心臓が一つ鳴った。

 これまで何度か経験した、異世界を生きていた頃の残滓だ。

 最近大人しかったから驚いたが、そちらに意識が向いたおかげで気が付いた。

 この殺意が向けられている対象が、秤ではないことに。


「重役出勤ご苦労様だな。朝日」


 ハスキーな声が鼓膜に直接纏わりつく。

 自分が言われているわけでもないのに、その声を聴いただけで、耳から背筋まで冷たい氷でなぞられたような寒気を感じた。


「そう、威嚇しないでよ。犬じゃあるまいし」


「あ?」


 不機嫌な濁音と共に更に殺気が増し、息をするのも忘れて立ちすくんでいた秤の背を、朝日がパンと叩いた。

 その衝撃で背筋が伸び、呼吸もできるようになる。


「転移事故を防ぐために時間をズラして来るように指示があったの聞いてないの? ねぇ、時田さん」


 朝日が声をかけたのは、一番手前のテーブルを一人で使っていたスーツ姿の青年だ。

 彼は服装こそ普通だが、パイプ椅子を少し後ろに下げ、足を組んで膝の上に肘を置き、手の甲を顎の下に乗せる、いわゆる考える人のポーズで固まっていた。

 艶のない灰色に染まった髪は、白髪染めをした老人のそれそのものだが、顔はまだ若い。

 彫りの深い顔立ちも相まって、それこそ彫像のようだ。


「うん」


 時田と呼ばれた青年はポーズを崩さずに頷くが、視線は前方に固定されたままで、朝日の問いかけに答えているのかいないのかも分からない。

 どうしたものかと朝日と時田、そして未だにこちらをにらみ続ける女性の三者をぞれぞれ窺っていると、背後から優しく声を掛けられる。


「失礼」


 振り返った先では、先ほど会った黒田が後ろに二人、別の異世界係の職員と思われる男女を引き連れて立っていた。

 小さく頭を下げて、秤と朝日の横を通り過ぎた黒田は、そのまま時田と呼ばれた青年の傍に移動して肩を叩いて声をかける。


「係長。時間ですよ」


「うん。では始めよう」


 姿勢はそのまま視線だけ動かした時田がそう言うと、これまで黙っていた他のメンバーたちもそれぞれ同意を示す。


「チッ」


 朝日に絡んでいた参加者も、これ以上は意味はないと思ったらしく、舌打ちを一つ残すと、席に戻りそっぽを向いてしまった。


「僕らも座ろう」

「あ。はい」


 思ったより普通の人物が多いと思ったが、未だ考える人のポーズから動かない時田や、あの声だけで人の動きを止めるハスキーボイスの女性だけ見てもわかるように、やはり異世界帰還者はキャラの濃い者たちしかいないようだ。


 そうした人間だから、異世界送りに選ばれたということはないはずだ。

 少なくとも秤が送り出した転生予定者は皆、普通の人物だった。

 そんな普通の人物でも、異世界で暮らしているうちに性格が変わっていくものなのだろう。

 そうでなければ、異世界で生き抜くことはできないのかもしれない。


(記憶を失っているだけで、俺も異世界ではこんな感じだったのかもな)


 先ほど久しぶりに応えた、自己主張の強い心臓の鼓動のことを考える。


「では。開始します」


 全員が席に着いたのを見計らったのか、ようやく時田が動き出した。

 とはいえ、顎先に置いていた手をずらして、そのままスーツの内ポケットに滑り込むように動かしただけで、相変わらず顔は正面を向いたままだ。

 スーツの内ポケットから抜き出された手には、黄金色の懐中時計が握られていた。

 それを見て、例の室内に流れる時間を遅らせる特別な魔法を使おうとしていると察する。

 

 何の説明もなく、そのまま蓋を開いた時田はストップウォッチを押すかの如く、時計上部に取り付けられていたボタンを一度押した。

 時計を中心に髪と同じ灰色の光が球状に広がり、それが部屋中を包み込んで行く。

 体には特に変化はない。

 それは部屋の中も同様だ。


 これで本当に時間が遅くなっているのだろうか。

 口には出さず考えていると、隣に座っていた朝日はニヤリと笑って、自らの手首を指で叩いた。

 彼女は腕時計をしていないので、自分の腕時計を見てみろ。と言っているのだと察し、スーツの袖を引いて自分の時計を見る。


 時計は、ゆっくりと動いていた。

 市役所で働くようになってから買ったばかりで、まだ新品同然。故障や電池切れとは思えない。

 そもそも、それなら完全に停止するか、前後に震えるように揺れるはずだ。

 だが秤の腕時計の秒針はゆっくりと、しかし確実に動いていた。


 この時計はシームレスではなく、一秒ごとに一目盛り秒針が移動するタイプだ。

 つまり本来は一瞬で移動するはずの秒針の動きが見えるほどに、周囲の時間が遅くなっていることを示していた。


「はい。では後はよろしく」


 誰に言っているかも定かではない時田の言葉に答え、立ち上がったのは彼の隣に座っていた黒田である。


「……えー。では、進行役は私が勤めさせていただきますが、よろしいですか?」


 呆れたような息を吐いてから、彼女は切り出した。

 特に誰の反論もなく、進行役となった黒田は、改めて全員の顔を見回してから声を張る。


「では。 第二回全国異世界関連部署交流会を始めさせていただきます」

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