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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第三部 第一章
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第91話 交流会の準備①

 握りしめた顛末書と時計を交互に見る。

 時刻は午前九時半。

 十時ちょうどから始まる交流会まで、あと三十分しかない。

 そんな中、秤は突然内線で呼び出された市長室で、待機していた。

 待っているのは市長室内に作られた応接室だ。


 先に奥の執務室に入っていった朝日は、未だに出てきていない。

 市長に呼びされた要件が不明であることに加え、時間が差し迫っていることにも焦りを覚え始め、相乗効果でキリキリと痛み出した胃を、押さえるように手を添えた。


「……飲むかね?」


「え?」


「胃痛薬だ。水なし一錠」


 薬を差し出してきたのは、ともに応接室で待機していた天災対策企画課の課長だ。

 顔は見たことがあったが、実際話しかけられたのは初めてだったかもしれない。

 受け取って良いものか少し考えたが、提案されただけならともかく、実物を差し出されて断るのも失礼かと思い、礼と共に受け取って薬を飲む。

 水なしで飲めると言われたが、念のため自分の前に用意されていた冷たい麦茶で一気に流し込んだ。


 それだけで何となく落ち着いた。

 薬が効くには早すぎるため、プラシーボ効果だろう。

 それでも少し楽になったことには違いない。と意を決し秤は課長に声をかけた。


「あの、課長」


「ん?」


「市長はいったい、どんな用件で僕らを呼んだんですか?」


 てっきり自分が作った表向きの顛末書について詳しい説明をしろ。という話だと思ったのだが、そうではなさそうだ。

 恐る恐る問いかけると、課長は渋面を浮かべた。


 四十になったばかりと聞いていたが、顔には苦労が皴となって刻まれている。実年齢より上に見えるせいもあるのか、その表情が良く似合っていた。


「君たちに着いていきたいそうだ」


「着いていくって、交流会にですか?」


 ああ。と頷いてから渋面のまま、ドアの向こうを見て続ける。


「ああなったら、私では止めようが無いから、朝日を呼んで説得してもらおうと思ったわけだ。しかし、これほど長引くとは」


 体中を使ってため息を落とした課長は、そのまま流れるような動きで胃薬を取り出すと、フリスクでも食べるような自然さで飲み込んだ。

 秤と異なり、飲料で流し込むこともしない様は、実に手慣れている。


「ご苦労、されているんですね」


「……ああ。この課を任せられてから、色々と後始末が多くてな」


 チラリと向けられた瞳は、意味ありげなものだ。

 お前の件も含めて、と言いたいのは明白だった。


「……すみません」


「いや。それも含めて私の仕事だ。ただ市役所内ならば私や市長がどうとでもしてやれるが、市外のことはそうはいかない。今回は上手く纏まったが……」


「はい。今後は気を付けます」


「そうか。ならこれ以上は言うまい。」


 腕を組んでむっつりと黙り込む様も、堂に入っている。


「あのう──」

「近衛長!」


 秤の声をかき消すような大声と共に、突然市長室の扉が開いた。

 立っていたのは、派手な赤いスーツを着た妙齢の女性。

 彼女の名は松竹桜華。新人市長にして、天災対策企画課の創設者だ。

 ニュース番組ではよく見る顔だが、実のところ彼女とも直接対面するのは初めてだった。

 挨拶をしようと、応接室のソファから腰を浮かせかけたところで、対面に座っていた課長が先に動いた。


「はっ! ここに」


 仕事に疲れた中間管理職の顔が一変する。

 胸に拳を押し当てて立ち上がり、直立不動の姿勢を維持する様は軍人、いや騎士のそれだ。


(もしかして、この人たちも異世界帰還者なのか?)


 課長の態度だけでなく、市長が放った時代掛かった台詞からもそうでないかと推測したのだ。


「市長。余計なことは言わないでくださいよ」


 後ろから疲れた顔で出てきた朝日が、市長の肩に手を置いて言うと、それを見た課長は目を三角にして眉を吊り上げた。


「朝日。市長に対して、その態度はなんだ」

「よい。此奴は我が騎士、多少の無礼は許す」


 妙に芝居がかった二人のやりとりに、困惑して朝日を見ると、途端に頭の中に声が響いてきた。


『彼らは二人とも異世界帰還者じゃないよ。市長はまだ程度事情を知っているが、課長は完全に一般人だ。君も余計なことは言わないでね』


『え? じゃあ、あれは?』


『課長は市長に合わせているだけだよ。彼女はちょっと、うん』


 互いの感情を直接交換する念話ですら、言い淀む様子を見て、秤は頭の中で市長を見て思いついた単語を思い浮かべた。


『そう。それだ! 中二病。彼女は子供の頃からそれがずっと治っていない。指摘すると面倒だから適当に合わせてくれ』


 そんな無茶な。と念話を送るより早く、魔法の効果が切れる感覚があり、同時に市長の視線が秤を捕らえた。

 ただでさえ大きな瞳を、濃い紫のアイシャドウで縁取り、更に大きく力強くなっている眼光から発せられる、魔法とはまた別の圧力に押され、秤は思わず身を引きそうになり、寸でのところで足を押しとどめた。


「フッ。余の魔眼に耐えるとは。若いながら、なかなか見所がある。流石は余の騎士と同じく異界より戻りし者だな」


 整った顔立ちと派手なメイクも併せて、舞台役者のような雰囲気を纏った市長の言葉は、それこそ舞台で見る演劇じみている。

 どう答えるべきか悩んでいると朝日が動いた。


「陛下。改めて紹介させていただきます。我が異世界転生応援室、最後の一人にして、既に様々な場面で斬新なアイデアを出して成果を上げている期待の新人、釣合秤です」


「ほう」


 斬新なアイデア。という部分は、多少皮肉も込められていそうだが、秤を褒めちぎる朝日に市長は感嘆の声を上げ、視線を戻した。

 さらに、朝日と課長の両名からも無言の圧力を送られてくる。

 曰く、空気を読め。


「──ご紹介に預かりました。釣合秤と申します。此度は陛下に拝謁の機会を賜り、大変光栄に存じます」


 感情を押し殺した秤は、先日読んだ異世界物の小説に載っていた王様への挨拶を引用しつつ、胸元に手を当てて騎士らしい礼と共に頭を下げた。



 ・



「くっくっくっ。良くやった。あれで市長も満足して交流会参加を諦めてくれた、いや。忘れてくれたというべきかな」


 市長室を出て応援室に戻る途中、市長に負けず劣らず演劇じみた忍び笑いと共に、朝日が言う。


「勘弁してくださいよ」


「そんなこと言って、なかなか堂に入っていたじゃないか。演劇でもやっていたの?」


「まさか。施設の子供にせがまれて、ヒーローごっこの悪役をさせられていた程度ですよ」


 とはいえ、そのときの経験が役立ったのは間違いない。

 ある程度歳を取ってくると、子供とのごっこ遊びであっても全力で演技をすることに羞恥心を覚えるものだ。

 しかし、施設の子供たちとは四六時中共にいるため、やらなければいつまでも付きまとわれることもあって、さっさと相手をしてやるのがもっとも手っとり早い。

 その際、羞恥心を消すため、頭を空にして感情を押し殺す方法を覚えたのだ。


「確か、君には幼なじみも居たよね。ほら、例のトラックを使った一回目の異世界送りの時に、偶然居合わせた」


「沙月ですか」


「そうそう。なかなか気の強そうな子だったが、彼女もそういうのにつき合わされていたの?」


「いえ。あいつは俺以外とは距離取ってましたから。むしろ、お互い近づかせないようにするのに苦労しましたよ」


 なぜ突然そんな話を。と思いつつも話に乗る。

 基本的に沙月は、秤以外の誰とも関わろうとしない。

 それは皆知っていることなのだが、事情を分かっていない入園したばかりの子供たちは何も知らずに、年上のお姉さんに遊んでもらおう。と近づいてくることもあった。

 そんな時でも沙月は己を曲げることなく辛辣な態度を示し、結果子供たちを泣かせてしまうことがあった。

 その件が職員に気づかれる前に、子供たちをあやして泣きやませるのも秤の仕事だったのだ。


「ふぅん。通りで滴くんの扱いがうまいわけだ」


「それ。あいつが知ったらまた暴れますよ」


 滴と重ねているのが、沙月か、園の子供たちかは知らないが、どちらにしても元社会人だと公言している彼女のことだ。

 自身を子供扱いするような真似をしては、どうなるかなど想像もしたくない。


「ははは。それなら内緒で頼むよ……さて、そろそろ準備と覚悟はいいかな?」


 軽く流した後、朝日は腕時計で時間を確認した。


(そういうことか)

「はい。大丈夫です」


 突然沙月のことを口にしたのも、今の軽口も、どちらも狙いは同じ。

 秤の緊張をほぐすためだ。

 交流会の場で硬くなり過ぎないよう、事前に肩の力を抜かせようとしているのだと気付いた。

 そんなことを考えている間に、応援室に到着した。


「君、自身が転移も初めてだよね?」


「そうですね。転移している現場は何度もみましたけど……」


 自分で転移したことはない。

 今更ながら、そのことにも緊張してきた。


「そう堅くならない。僕の魔法は基本的に大味だが、転移魔法だけは自信があってね。転移ミスなんて起こらないよ」


 さぁ。と言いながら応援室のドアを開ける。

 市長に呼ばれたときから変わらず、室内には他の職員の姿はない。

 今は秤の代わりに滴が一緒に着いていき、龍脈と龍爪の探索を行っているためだ。


「彼女たちが帰ってくるとまたうるさそうだから、さっさと行こう」


 部屋の中央まで進んだ朝日は、軽い口調で秤に手を差し出した。

 転移は自分が振れている物にしか作用しないと聞いていたため、意図は直ぐ察する。

 転移と交流会。


 どちらも初めての体験だが、先の朝日の気遣いのおかげもあってか、思ったよりも緊張はない。

 顛末書を片手で握りしめ、もう片方の手で、差し出された朝日の細くしなやかな手のひらを握りしめる。


「転移」


 魔法発動と同時に粒子が弾け、一瞬で視界が変わった。

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