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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第三部 第一章
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第89話 神人混淆の儀②

 五つの頂点全てに火を付け終えた後、小子はその場に正座する。

 頭の先からまっすぐに一本の芯が走っているかのごとき、美しい正座だ。


 彼女の動きに合わせて、式神も五芒星の中心に敷かれた座布団の上に腰を降ろし、正座の姿勢を取る。

 しかし、人間を模しているとはいえ、大ざっぱな手足しか無い式神では手の長さも違うらしく、膝上に手を置くことができないため不格好な姿勢だ。


「代役っていうのは、あの式神にやらせるってことか」


 未だこちらの手を握って離さない森羅の耳元に、声を落とす。


「そう。小子ちゃんの式神はいろいろな種類があるけど、あれは特別な式神で自分の分身みたいなものらしいわ。作るのに時間が掛かるけど、その分強力でね。短時間であれば、式神自身が札を使うことも可能、つまり戦闘能力でも自分と遜色ない分身が作れるってこと。万が一、失敗して上のボンクラを怒らせてもダメージは式神が引き受けてくれるの」


「自分と遜色ない分身をいくつも作れるって、かなりやばい力だな」


 戦乱が続いていたという彼女が転生していた世界では、大いに活躍したことだろう。

 平和なこの世界でも、自分の代わりをさせられるという意味では使い道はありそうだ。

 そんな秤たちの会話が聞こえているのかいないのか、少し離れた場所に正座していた小子は、二指のみを立てた手を持ち上げ、中空に字を書くかの如く素早く動かし始める。


 陰陽師もののマンガや映画などでよく見る動きだ。

 この指の動きに呼応して、光が残像のように残り、中空に文字が浮かび上がるというのがよくある展開だが、小子の場合は自身ではなく、同期していた式神の方に文字が浮かび上がった。

 書かれた文字は梵字らしく、意味を読みとることができない。


 梵字に向かって手を伸ばした式神は、そのまま地面に向かって手を動かす。

 すると、中空に浮かんでいた梵字そのものが動き出し、スルリと地面に沈むように消えていった。


「はー君。手、しっかり握っててね」


「何が──」


 始まるんだ。と言う間もなく、突如として地面から緑色の光が浮かび上がった。

 異世界送りや、世界改変の時に発生する神気の放出と同じ光だ。

 同時にトラックの荷台も大きく揺れて体勢を崩しそうになり、慌てて森羅の手を強く掴む。


「ふふ」


 対して森羅は流石の体幹というべきか、身じろぎひとつせずに秤が転ぶのを留めた。

 やがて、徐々に揺れも収まってくる。

 同時に光も消え始めたが、唯一式神が地面に近づけている手にのみ、小さい光が残っていた。


「小子ちゃん。どう?」


「……ん。通った」


 それだけ言うと、小子は一つ手を叩いて立ち上がる。

 先ほどまでは完全に同期していた式神だが、繋がりが切れたのか、式神は地面に手を置いたままだ。


「今はあの式神が地面に向かって気を送り込んでいる状態。小子ちゃんの気はあれの気と近くて同化しやすいから、送り込まれた気はそのまま龍脈を逆流して流れていくってこと」


 さきほどから森羅がべらべらと聞いてもいないことまで説明しているのは、朝日に言われたように言葉足らずな小子をサポートしているのだろう。


「なるほど。それを本体の小子が感じ取って地図に写すわけか」


 地面下に充満している神気を読み取ることはできずとも、自分(今回は式神だが)が流した気の流れならば、どう流れていくのか読み取ることは可能ということだ。


「そ。龍脈の大凡の位置と同化できる小子ちゃんだからこそできる神人混淆の儀。ただ、問題は範囲ね」


 森羅がチラリと小子に視線を送る。

 その辺りで式神の手に灯っていた光が完全に消え、コンテナ内は再び蝋燭の光だけが光源となった。

 流石に明かりが足りないため、ようやく手を離してくれた朝日から離れて、コンテナの天辺に付けられた蛍光灯を着けた。


「地図」


「はいはい」


 明るくなった室内で、眩しそうに目を細めて手を差し出す小子に、森羅はどこからか取り出した白紙の地図を渡した。

 受けとった地図をじっと見つめた後小子は、指で直径十センチほどの円を描く。


「正確にわかったのはこの辺りまで」


「そこから先は、小子ちゃんの気が同化して消えちゃったってこと?」


「ん」


 言葉足らずの小子を、再び森羅が補足する。

 小子が持っているのは大判サイズの市内地図のため、市内全域を調べるにはやはりかなりの回数繰り返す必要がありそうだ。


「……こう伸びて、こっちは行き止まり」


 そんなことを考えている間に、小子は赤のマジックを使って地図に線を書き込んでいった。

 自分たちが今いる場所を経由して、二つの経路に分かれたうちの片方に点を打つ。


「つまり、ここが龍爪か。一つ目からでてくるってことは、やっぱりそこら中にあるんだな」


 異世界送りの大規模天災での起点となる場所が、早くも見つかった事実に、背筋に怖気が走る。

 これまで秤が意識せず歩いていたような場所にも、同じように龍爪が存在しても不思議はないのだ。

 そこに上位存在が力を込めれば、一瞬で大規模な災害が起こせる以上、これまで自分が薄氷の上に立っていたことを自覚した。


「これからは近づかないようにしないとね」


「異世界送りのときもな」


 しかし、普通の人間と違って、異世界送りの際は神気に包まれている転生予定者には、思考誘導等の魔法も効果がない。

 工事を装って誘導することもできないわけではないが、それでも完璧に誘導できるわけではない。

 いっそ前回担当したカガヤカオルのように、これからは全てを話して協力してもらい安全な場所に連れて行くか、余所の上位存在を利用して、雷で送ってもらった方が安全なのではないだろうか。

 だがそれも近々開催される、異世界関連部署の交流会次第だ。

 最低でも、異世界転生補佐課のトップである天地課長を説得する必要がある。

 そのためにも。


「……ん。これで全部」


 地図に龍脈を写し終えた小子はもう一度手を叩くと、再び式神と同期して蝋燭の火を消させる。


「次のところにいく前に、小子。ちょっと話があるんだけど」


「ん」


 小子は相変わらず興味があるのかないのか、よく分からない短い返事をしつつも、視線はこちらに向けた。


「今度の交流会で、俺は室長と一緒にこの間の異世界送りの釈明をすることになってる」


 無言のまま、だから? とでも言いたげに首を傾げる小子に、秤はスマホを差し出した。


「……なに?」


 機械類が苦手どころか敵視している節すらある小子は、差し出されたスマホを受け取ろうとはしない。


「ちょっと失礼」


 そんな彼女を見かねた森羅が、スマホを代わりに受け取った。

 スマホに表示されているのは、朝日から言われて用意したカガヤカオルの異世界送りの事故に関する顛末書だ。

 一度朝日に提出したのだが、その中でいくつか修正が必要な箇所があり、その一つに小子から許可をもらわなくてはならない部分があるのだ。


「──ふーん。はー君って本当にまじめだよね」


 顛末書を最後まで確認し終えた森羅が呆れて言う。


「これぐらい、当然だろ」


「……だから、なに?」


「えっとね。はー君が言いたいのは今度の交流会で」


「森羅。俺が言う」


 言いづらいのは確かだが、そんなことまで彼女に頼るわけにはいかない。

 言葉を遮った秤に、森羅もそれ以上は何も言わず、小さく肩を竦めると横に移動した。


「余所の異世界係にこの間の件を説明するために、小子の神託がどういう力なのか詳しく知りたいんだ」


「私の力?」


「ああ。神託でどんなことができるのか、詳しい能力の説明をしないと納得してもらえないと思う。だから、お前の話を詳しく聞かせてほしい」


 小子の無表情は変わらないまま、空気が一変した。

 こうなる可能性は考えていた。

 彼女たちにとって、異世界で手に入れた力を話すことは、そのまま異世界での話をすることに繋がるからだ。


 滴のように、自分の意志で話してくれるのならばともかく、こちらからは異世界の話を聞いてはならない暗黙の了解がある。

 そう思っていたからこそ、これまで聞けずにいたのだが、交流会がいつ行われるかわからない上、ハザードマップの製作業務も並行して行うからには、そうも言っていられない。


「……」


 秤の頼みを聞いた小子は、黙って目を伏せた。

 明らかに言いたくない雰囲気が漂っている。

 断られたときはどうするべきか。


 そんなことを考えながら、秤は小子の答えを待つ。

 永遠とも思えるほど長い間を開けた後、ゆっくりと目を開いた小子は秤を見据え、小さく頷いた。


「分かった……話す」

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