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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第一部 第一章
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第8話 異世界送り

 森羅もこの場で話す気は無いのだと理解して、言われた通りパワーウィンドウボタンを押して窓を開けた。

 その間に滴を伴った朝日が一軒家の前に立ちインターホンを押す。ややあって相手と繋がった。


『はい?』


 警戒心のある声は変声期前の少年のもの。

 これがタカダユウマなる転生予定者だろう。


「お忙しいところ申し訳ございません。私どもは市役所から参りました。確認したいことがありますので少しお時間よろしいでしょうか?」


 人当たり良くバカ丁寧な口調で、朝日が少年に語り掛けると、インターホンの向こう側で戸惑う沈黙が流れた。


『あ、あの。今、親が居なくて──』


「そうでしたか! ですが、とても大事な確認なんです。少しで良いので時間を頂けませんか?」


 大声で相手の声を遮って続ける。

 声を聞く限り相手はまだ子供で性格も大人しい。そうしたタイプは、大人が強気に出て頼みごとをしてくると断り辛いものだ。


『あ、でも。えっと……わかりました。ちょっと待って下さい』


 案の定、押し切られた少年は消え入りそうな声で了承した。


 とりあえず、家から出すことには成功した。

 後はどうやって車まで連れ込むのか。じっと観察していると、朝日は突如その場でくるりと手首を回した。

 その動きと同時に、無手だったはずの指の隙間に名刺が現れる。

 名刺を見せて信用させようというのか。しかし今時名刺など個人でも作れるのだから、信用を得るのならば職員証の方が確実だと思うが。


「……っ」


 後ろの席から身を乗り出して並んで様子を見守っていた森羅の顔が強ばる。

 視線の先は、朝日の持つ名刺に縫いつけられていた。

 車内に奇妙な緊張感が満ちる中、玄関の扉が開き、線の細い少年がドアから顔を覗かせた。

 背が低く、声変わりもしていない少年は中学一年か、もしかしたら小学生かも知れない。


「あの。もうすぐ母が帰ってきますから、後で──」


「いえちょっとした確認で済みますから。まずはこちらを」


 またも少年の言葉を遮って、朝日は名刺を差し出した。

 しかし、朝日たちが立っているのは門の外。

 少年は嫌そうな雰囲気を出しつつも、諦めたように玄関を出て朝日たちに近づいて来る。

 門越しに名刺を受け取る直前、朝日は手を引いた。


 少年が驚き身を硬直させた瞬間、再び朝日が動き出そうとしたが──


「あのう。家に何かご用ですか?」

「お母さん!」


 ほっとしたような少年の声に引かれ、車内から視線を向けると、買い物袋を自転車のカゴに詰め込んだ中年女性が、朝日と滴を胡散臭そうに眺めていた。

 朝日はそちらに目もくれず少年を注視し続け、代わりに横に控えていた滴が母親と朝日の間に割って入った。


 代わりに母親に話しかけて誤解を解くのかと思いきや、滴は何を言うでもなく、ただ母親の視線を遮るように立っているだけで、母親は余計に警戒を強めている。


「これじゃ連れ出せない。やっぱり俺たちも行った方が良いんじゃないか?」


 明らかに怪しんでいる母親が警察か、市役所にでも連絡されたらアウトだ。

 そうなる前に自分たちもここを出て、加勢するべきではないか。という意図の問いに、森羅は首を横に振った。


「ううん。連れ出す必要はないよ。異世界送りは今この場で行われるから」


「こんなところで?」


 こちらの問いに森羅が答える前に、ずっと少年に視線を向けていた朝日がようやく滴の背後から母親に顔を向けた。


「失礼いたしました。私は市役所から参りました。こういう者です」


 言いながらも朝日の体は少年に向いたまま。そんな状態で挨拶を始めたことに、少年も母親も余計疑いの眼差しを強めたが、朝日は意にも介さず、少年に渡すはずだった名刺を挟んだ右腕を勢いよく振り抜くと、その動きに追従するように緑色の光が走る。


「は?」


 間の抜けた声を出したのは誰だったのか。

 ハカリか、少年か、母親か。

 あるいはその全員か。


 いや、少なくとも少年では無い。


 何故なら、朝日が腕を振り抜いたその瞬間。少年の首は切断され、地面に転がり落ちていたのだから。

 ハカリの位置からはその少年の姿も、後ろに立つ母親の姿もどちらもはっきりと見ることが出来た。


 首が落ちて、水気のある肉が叩きつけられて潰れたような嫌な音。

 母親の手がハンドルから外れ、バランスを失った自転車が地面に倒れこむ音。

 少年に駆け寄ろうとする母親の声にならない悲鳴。


 様々な音が一気に響き渡る。

 ハカリ自身も混乱したまま、とりあえず車から出るためシートベルトを外そうとしたが、後ろから肩を掴まれた。


「心配いらない。直ぐに始まるから」

「なにが──」


 声を上げた途端、突如として残された少年の体から緑色の光が放出された。


「っ!」


 あまりの明るさに目が眩むが、それも一瞬のこと。

 光は直ぐに収まり、目を開けた後、少年の姿は消えていた。

 少し離れたところに落ちていたはずの首と共に。


 地面を汚していた血も含め、なにもかも消え失せ、残ったのは倒れた自転車と中途半端な位置で足を止めていた母親だけだった。

 母親は現状がわからないとばかりに周囲を見回し始める。


「自転車、大丈夫?」


 母親と向かい合っていた滴が何事もなかったかのように語りかけると、地面に倒れた自転車に気づいた。


「あらやだ。いつの間に」


 自転車を立て直すものの、カゴに入れられていた食品などは散らばったままだ。


「滴くん」

「はいはい」


 朝日の指示で滴がそれらを手際良く拾い始める。


「ああ、どうも。それで、貴女たちは?」


 荷物を拾ってカゴに戻していく滴に母親は、戸惑った様子を見せながらも礼の言葉を口にした。

 まるで先ほどまでのことどころか、少年の存在まで忘れてしまったかのようだ。

 朝日は作り物めいた笑顔を顔に貼り付け、母親に近づいた。


「申し遅れました。私はこういう者です」


 今度はキチンと体を向けて両手で差し出した朝日の名刺を、母親は胡散臭そうに目を落とすが、直ぐに顔色が変わる。


「貴女、市役所の方なの?」


 先ほど市役所から来たと話したのは聞いていたはずだが、初めて聞いたとばかりに目を丸くする。


「ええ。これ職員証です」


 だめ押しとばかりに、朝日が首に掛けていた職員証を見せると母親はあっさり警戒を解いた。


「あら、ごめんなさい。セールスかなにかかと」


「いえいえ。よく間違われます。外回りでスーツを着ている職員は少ないですから」


「それで。市役所の方がどうして家に?」


「ええ。私ども天災対策企画課は、来年度から新設される部署でして、本格稼働前に先ずは市内の安全を確認しようと方々を回っているのですが、この辺りで何か変わったことはありませんか?」


「変わったこと?」


「特に中学校への通学路は古い歩道が多いですから、今日はその周辺の確認をしていたのですが、何か問題があるか聞いていませんか?」


「そう言われても。家の子たちはもう高校生ですし──」


 ごく自然に告げられた言葉を耳にして、背筋に冷たいものが流れた。


「あれ。そうでしたか。こちらに中学生の息子さんがいると伺ったのですが」


「誰がそんなことを? 別の家と勘違いしているんじゃないですか?」


「……そうですか。息子さんはいらっしゃらないのですね?」


 改めて確認する朝日に、母親は大きく頷いてきっぱりと答えた。


「ええ。家には高校生の娘が二人だけです」


 答えた母親は背後にある表札を指さす。

 釣られてそちらを見ると、表札が少し短くなっていることに気付く。

 一番下に刻まれていたはずの転生予定者、タカダユウマの名前が消えているのことを示していた。

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