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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第三部 第一章
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第88話 神人混淆の儀①

 走行中の車内に楽しそうな鼻歌が流れている。

 どこか牧歌的な雰囲気のある曲調は聞いたことがない。あるいはこちらの世界ではなく、異世界の歌なのかもしれない。


「ご機嫌だな」


「はー君と一緒に仕事するの久しぶりだから当然でしょう? それに。こーんなに密着できるのもね」


 このトラックは三人乗り。シートは一列で三人並んで座る形だ。

 先に運転者に立候補した秤の隣、つまり真ん中の席には当然のように森羅が座り、反対側の助手席に小子が座っている。

 三人掛けとはいえ、普通免許で運転できるこのトラックの乗車スペースにゆとりはなく、三人が並んで座るとかなり手狭だ。


 そのため自然と距離も近くなっている。森羅にとってはそれが嬉しいらしい。

 運転の邪魔をするようなことはせず、ギリギリの距離を保っているため、何も言えずにいた。

 だが、それもそろそろ終わりだ。


「とりあえず、あそこの駐車場に入るけどいいか?」


 市役所からほど近い有料駐車場。この辺りでは珍しく、トラックなどの大型車を駐めることが可能な駐車場だ。

 毎回有料駐車場を使うのは経費的にどうかと思うが、一回の儀式でどの程度の時間が掛かるか解らないため、まずは長時間駐車して問題ない場所で試すことにしたのだ。


「……ん」


 小さな頷きは肯定と否定、どちらか分からず仕方なく確認を取る。


「砂利は敷いてあるけど、あれは大丈夫なのか?」


 地図を凝視していた小子がようやく顔を上げて駐車場、正確にはその地面を凝視する。

 小子が最初の場所として提示した条件は二つ。

 一つは長時間駐車して良いこと、そして地面がアスファルトで舗装されていない場所であることだ。

 彼女はアスファルトによって遮断され、地面に神気が充満した状態でも龍脈を調べることができると聞いていたが、一つ目の場所だけは例外なのだそうだ。


「隙間から神様の気が漏れているから、大丈夫」


 小さな声で呟き、首肯する。

 確かにここは正式に整備された駐車場ではなく、土地が余っているからついでに有料駐車場として利用しているらしく、地面は砂利が敷いてあるだけで、ところどころその砂利が動いて地面も露出している。

 秤には見えないが、小子に言わせるとそうした部分から神気が漏れているらしい。


「ふーん」


 小子の返答を受けた森羅の声が、急激に低くなる。


「森羅」


 上位存在を嫌っている森羅としては、小子が神様呼びする事に思うところがあるのは分かっているが、それに関しては以前から言われているはずだ。

 それを思い出させる意味で名前を呼ぶ。

 当然のように森羅もその意味に気づき、微笑を浮かべて小さく頷いた。


「分かってる。心配しないで」


 微笑は作りものめいた嘘くささがあったが、とりあえず信用することにして頷き返すと、改めてウインカーを上げてトラックを駐車場の中に入れた。 


 ・


「えーっと。これで問題ない、はず」


 トラックの荷台には床一面に板が敷き詰められている。

 秤と森羅は着替えをしている小子に代わって、その板上で儀式の準備を整えていた。


「よし。じゃ私は小子ちゃん呼んでくるね」


 準備が完了した後、森羅が小子を呼びに行く。

 その間手持ちぶさたとなった秤は、準備し終わったばかりの床を眺めて時間を潰す。


 床板上にはマジックペンで大きな五角の星形を描き、その頂点に一つずつ蝋燭を立て、その真ん中に薄い座布団が一枚敷いてある。

 五角はそれぞれが木、火、土、金、水を指し、万物はそのいずれかからなるという五行思想に由来する、陰陽師もののマンガやアニメではよく見る五芒星だ。

 以前見た神降しの儀では、地面に魔法陣を描くような方法は取っていなかった。

 着替えも含めて、これだけの準備が必要ということは、よほど大がかりな儀式なのだろうか。


「はー君! 見てみて! 可愛いよ」


 そんな秤の思考を中断させたのは、妙に楽しげな森羅の声だった。

 声に引かれるまま顔を向けると、トラックの助手席からでてきた森羅が、小子の肩を後ろから掴んで、ぐいぐいと押しながら戻ってきていた。


「お、おぉ」


 間の抜けた声が漏れる。

 着替えた小子が身に着けていたのは巫女服だった。

 それもコスプレなどでよく見る安っぽいものではない。白い小袖と緋色袴、頭に被った派手なティアラ状の金色の冠に至るまで、その全てに歴史を感じさせる本物の巫女装束だ。

 砂利の駐車場という場所も含めて、非常に現実離れしており言葉を失い、ゴクリと唾を飲む。


 それは、そこまで完璧な準備を整える儀式を軽く考えていた、己を律するためのものだったのだが、森羅は別の意味でとらえたらしく、楽しげだった顔が一瞬で氷点下まで下がっていく。


「はー君ってコスプレ好きだったの? 早く言ってよ。ねぇ、小子ちゃん。今日の儀式終わったらこれ貸して」

「……これは、大事なものだからダメ。汚されたら困る」


「えー。大丈夫だよ。いくらなんでも汚すところまでは……いや、盛り上がり次第ではもしかしたら」

「ねーよ。そんな趣味はないし、コスプレ扱いはむしろ失礼だろ。小子は本物なんだから」


「あー、それもそうか。え? じゃあもしかして服じゃなくて小子ちゃんに見惚れたの? なんで? どうして? 私とどっちが好き?」


「それ、持ちネタにする気か?」


 そんなじゃれあいをしている二人を余所に、小子は黙ってトラックの荷台をのぞき込むと満足げに頷いた。


「……うん。これなら大丈夫」


「ずいぶん念入りに準備しているけど、そんなに難しい儀式なのか?」


 森羅の誤解を解く意味でも、疑問に思っていたことを確認する。

 しかし、小子は相変わらず感情の読めない瞳を向けて首を横に振った。


「それほどではない。数をこなす必要があるから式神に代役をさせられるように、準備してもらった」


「代役?」


「──中に」


 口頭で答えるのは時間の無駄だとばかりに、荷台の中を顎でしゃくる。

 確かに人通りはないとはいえ、往来で巫女装束は目立ちすぎる。

 言われるがまま先に荷台へ上がり、小子に手を伸ばした。

 巫女装束では登りづらいだろう。


「ん」


 特に疑問を挟まず、秤の手を取った小子を引っ張りあげる。

 子供のような体躯の小子ならば、いくら重たそうな服を纏っていたとしても簡単に引き上げられる。


「ん!」


 森羅がこちらに向かって手を差し出した。

 彼女は普段通りのスーツ姿であり、ステップを使えば──森羅ならばおそらく使わずとも──人の助けなど必要なく荷台に乗れるだろうに、わざわざそんなことをするのは当然、小子と同じことを自分もして貰いたいがためだろう。


 無視するのは簡単だが、得策ではない。

 先ほどの件も併せればなおのこと。

 だから、秤はなにも言わず差し出された手を取ろうとしたのだが、直前で手を引っ込められた。


「なん──」


 なんだよ。と言うとしたところで、森羅の方から、秤の手を取ってきた。

 それもただ握るのではなく、指と指を絡め合う、いわゆる恋人繋ぎだ。


「やっぱり恋人同士はこれだよね」


「誰が恋人同士だ」


 文句を言いつつも、離す気が一切ないのは分かっていたため、手を繋いだまま引き上げる。

 普通に握るより力は入りにくいが、案の定こちらの力添えなど必要ない軽やかさでステップを上った森羅は、そのまま荷台に上がると秤にピタリと寄り添った。


「……じゃあ念のため扉も閉めるから」


 手を外して。と一向に握った手を離そうとしない森羅に言外に告げるが彼女はニコニコしたまま、空いているもう片方の手で指を弾く。

 魔法でも使うのかと思ったが、いつも魔法を使う際に弾ける粒子は現れず、代わりに強めの風が吹いて自動的に扉が閉まる。

 昼間とはいえ、窓もなく気密性も高い荷台は真っ暗になった。


「風が来ることを読んだの。もちろん魔法じゃないよ。滴ちゃんじゃないんだから」


 こちらから何か言う前にケラケラと笑う。

 だから手を離す必要はない。と言いたいのだと気づき、思わずため息を吐いた瞬間、真っ暗だった荷台内に蝋燭の火が灯った。


「……始める」


 こちらのことなどまるで興味を示していない小子が、ツイと手を持ち上げた。

 彼女が蝋燭の火を付けたのかと思ったが、そうではなかった。

 五芒星の中央に置いた座布団の上には小子ではなく、人型に切り抜かれた式神が浮かんでおり、小子の動きに合わせて指の存在しない手を動かして、蝋燭に火を付けて回っていたのだった。

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