第87話 ハザードマップを作ろう②
しきり直しを宣言した後、朝日はなにも書き込まれていない線だけの白地図を取り出してテーブル上に置いた。
「でも、そのリューソーって奴はどうやって調べればいいの? アタシでもそんなの分からないよ」
「神気が流れてるっていうんなら、滴の肌感覚で分かるんじゃないの?」
探知能力に特化している滴は、神気を纏っている者を見分けられるため、その力を使って転生予定者の位置を探るレーダー役を勤めたこともある。
「地上でならなー。地下っつーか、アスファルトで固められてるせいか知らないけど、地面中に神気が充満してんだわ。だからアタシもそのリューミャクとやらがあるのすら知らなかったし」
「へぇ。そんなもんか」
アスファルトにそんな効果があるとは知らなかったが、魔法の力と人工物は相性が良くないらしい。
「うん。滴くんに分からないのなら、当然僕らにも分かるはずがない。まさか地面全部を掘り返す訳にもいかないからな……そこでだ」
朝日の視線が隣の小子に向けられるも、彼女は反応を示さずじっと地図を凝視していた。
「どうだろう、小子くん。君のアレなら龍脈と龍爪、その両方を正確に読み取れると思うんだが、任せて良いかな」
念押しするような台詞に、小子はようやく地図から視線を外し、特に考えることになく頷いた。
「……はい。大丈夫、です」
「おいおい、シツチョー。それって小子に市内中の捜索をさせるってこと? 流石にキツいでしょ。小子、お前も無理なら無理ってちゃんと言えよ」
一人掛けソファに座って変身を解いている滴は、人魚状態となったヒレの先端を器用に動かして、小子の体を突いた。
「大丈夫。やる」
ヒレを煩わしそうに外した後、彼女にしては珍しく力強く頷いた。
「ふーん?」
外されたヒレごと下半身全体を捻った後、不満そうに唸ると滴は今度は逆側にヒレを動かす。
滴の座る一人掛けソファは、小子と朝日が座ってる方に寄せて設置されているため、流石に小子のようにヒレで突かれることはないが、先端は明らかにこちらに向けている。
それに気付いた秤はそっと視線を逸らした。
彼女が自分に何をやらせたいのかは想像がつく。
先日の一件では、滴はもちろん小子にも世話になったので、借りを返すのはやぶさかではないが、つい先ほど森羅から告げられた内容を考えると、後込みしてしまう。
「……秤くん。さっき顛末書の訂正は順調だと言っていたね?」
そんな秤や滴の態度で状況を察したのか、朝日が話を振ってきた。
秤から提案するのではなく、朝日からの指示という形をとろうとしているのだと察し、一二もなくそれに乗った。
「はい。概要はできています。異世界サポートの方も今は落ち着いていますから、とりあえず手は空いてますけど」
先日異世界に転生したカガヤカオルに対する、異世界サポートは当然続いてはいる。
とはいえ、異世界とこちらの世界の時間差もあり、急がしたかったのは最初の数日のみであり、がんセンターに入院中教え込んでいた知識が活かせる世界だったことも併せ、こちらにメールをしてくるのは定時報告程度になっていた。
「なら、悪いが彼女に協力してやってくれ。あちこち回るなら足は必要だからね」
「私も免許ありますよ?」
秤が答える前に、森羅が口を挟む。
先ほど言っていたように、滴に続いて、今度は小子が秤と二人で仕事をすることが不満なのだろう。
「……君はまだ若葉マークだろ?」
「はー君だってそうですけど?」
素早く斬り返され、朝日は小さなため息と共に肩を竦めたあと、秤に目を向けた。
「だったら三人で行ってくれ。秤くんもそれでいいかな? 一人で運転し続けるのはつらいだろ?」
「良いですけど、トラック以外の公用車を借りても良いですか? あれ小回り利かないから、いろいろな場所を回るのに向いてないんで」
以前、異世界帰還者捜索業務の手伝いを頼まれた際にはトラックを使用したが、軽トラならまだしも、2トントラックは車体も大きく、停める場所を探すだけでも苦労した。
異世界送りをするときはともかく、そうでない場合はあの巨大な車体は邪魔にしかならない。
そういう意味での発言に、しかし朝日は首を横に振った。
「残念ながらそうは行かない。普通の車ではスペースが足りないからね。そうだろ? 小子くん」
「スペース?」
なんのことかと小子を見ると、彼女も当然とばかりに首肯する。
「……龍脈を探すためには、儀式が必要になる。私は外でやっても良いけど」
儀式と言われて思いつくのは、幾度か見た導具を作成するための神卸しの儀。
神々しさを感じさせるあの儀式は、あくまで水神丘古墳という土地で行われるからこそ絵になる物であり、それ以外の場所では確実に怪しい宗教の儀式を疑われる。
「流石に市役所職員が平日昼間から方々で踊り歩いてるなんて評判は避けたいからね。トラックの荷台の中なら、まあ手狭ではあるが出来なくもないだろう。あの車自体導具だから儀式もやりやすいだろうしね」
「荷台の中で儀式するってことですか?」
それはそれで万が一誰かに見つかった場合、言い訳の余地もなくなりそうだが。
「そう。音漏れとかは森羅くんが魔法でサポートしてあげて」
「了解です!」
先ほどまでの仏頂面が嘘のように、森羅は笑顔の華を咲かせる。
何がそんなに楽しいのか。と呆れ顔を向けていると彼女はその笑顔のまま、秤をみた。
「だってはー君と一緒に仕事するの久しぶりだもの」
「さらっと読心魔法使わないでくれ」
思わず自分のスーツを触る。
このスーツには防御系魔法が掛けられているという話だったが、あれはデマだったのだろうか。
そう言えば着ているときでも普通に念話などは使えていた。
「違う違う。これは魔法じゃないわ。そんなものを使わなくてもはー君の心を読むことはできるのよ」
胸元に手を当てて、自慢げな口調で言い出した森羅はそこで言葉を切った。
確かに、読心魔法など使わなくても、相手の言いたいことが分かることはまれにある。
たとえば今、森羅はわざと言葉を切ることで、読心魔法でなければなんだ。と秤から聞いて欲しいに違いない。
(でも聞かないと、それはそれで面倒くさいこと言い出しそうなんだよな)
期待のまなざしを向ける森羅に、どうしたものかと思案していると、視界の端で再び滴のヒレが何かを訴えるように揺れているのが見えた。
これもまた言葉にされずとも分かる。
話が進まないから早く聞けと言いたいのだ。
「……じゃあなんだよ」
「もちろん! 私のはー君への愛故に……って、なんで滴ちゃんに促されて聞くの?!」
「うわ! こっちに来た。もっと巧くやれよ秤」
「お前の態度が露骨なせいだろ」
怒りの矛先を滴に向ける森羅。
互いに責任転嫁を謀る滴と秤。
滴と秤の仲が近づいたと森羅が勝手に誤解していることもあり、最近ではよく見る光景だ。
「それじゃあ、後はよろしくね小子くん」
つき合ってはいられないと立ち上がった朝日は去り際、小子の肩に手を乗せる。
「……はい!」
「ん?」
小子らしからぬ妙に気合いの入った声に思わず目を向ける。
彼女は朝日どころか、こちらのじゃれ合いにも一切興味を示さずに、再び地図を眺めていた。
その意味を問うより早く、隣に座った森羅が秤の顔を掴み、無理矢理自分の方を振り向かせる。
「改めて、よろしくね。はぁ君?」
花は花でもラフレシアがごとき毒々しい笑みと共に再度笑い掛けられる。
「あ、はい」
その迫力の前にして、秤は素直に頷くしかなかった。




