第86話 ハザードマップを作ろう
「ハザードマップを作るよ」
いつものように市長から呼び出され、戻ってくるなり朝日は全員を休憩スペースに集めて宣言した。
「なにそれ?」
真っ先に声を上げた滴は当たり前のように首を捻る。
昔からあった言葉ではないとはいえ、最近は世間の防災意識が向上したことで、どの自治体でも作っているものであり、少し大きめの地震や台風が来る度に確認するようニュースで訴えているはずだが。
(まあ、ニュースとか見なさそうだしな)
直接言うと煩そうなので心の中で思っていると、当然のように秤の隣に座っていた森羅が口を挟む。
「確か、災害が起こった場合の被害予想を記した地図ですよね。あれってもうあるんじゃないですか?」
「あるにはある。しかし、結構古いものでね。その上ほら、僕らが小子くんを保護するまでは、土砂災害が頻発していただろ?」
「ああ。そもそも天災対策企画課ができたのはそれが理由って言ってましたね」
土砂災害が頻発している中、部署間の縄張り争いなどで素早い対応が取れないため、それらを纏める部署が必要だと市長が公約を掲げて当選したことで、新設された部署だ。
もっとも、実際は朝日たち異世界帰還者を、動きやすくするための隠れ蓑というのが主目的らしいが。
「問題は、その土砂崩れがいずれも前に作られていたハザードマップとは関係ない場所で起こっていることだ。まあ、当然といえば当然。あれは自然災害ではなく天災だからね」
自然災害と天災。
本来はどちらも同じ意味合いを持った言葉だが、天災対策企画課・情報精査室を隠れ蓑にしている異世界転生応援室の中でのみ、天災は異なる意味を持つ。
すなわち、上位存在が異世界送りを行うために、狙って発生させる災害だ。
その災害は異世界に送り出す転生予定者一人を狙うため、地盤的に災害が起こるはずがないような土地であっても、強大な神気を使って無理矢理土砂崩れを引き起こす。
実際秤はその現場を目撃したことがあった。
「でも、新しく作るといっても、対象が好き勝手に動く以上、天災がどこで起こるかも分からないわけですし、危険地帯がどこかなんて俺たちでもわからないじゃないですか?」
それが分かればトラックによる異世界転移もずっとやりやすくなるはずだ。
そう思っての問いに朝日が答えるより早く、上位存在嫌いの森羅が不満そうに鼻を鳴らす。
「だいたい、もう異世界送りは私たちの仕事で、アレが天災起こすことなんて無くなるわけですから、新しく作る意味もないでしょう。転移させるならトラックで転生が必要なら、この間はー君が考えたやり方を使って余所に運搬すれば、被害なく送り出せるんですから」
「……トラックはともかく。転生に関しては、認められたわけではないよ。ところで秤くん、顛末書の訂正は進めているんだろうね?」
森羅の言葉を受けて、嫌なことを思い出したと眉間に皺を寄せた朝日がこちらを睨む。
「も、もちろんです」
先日秤が朝日に無断で行った、対象を余所の上位存在の力で転生させるという方法は、土地を管理している異世界係にも知られることになった。
そのため近いうちに行われる異世界係の代表者を集めた交流会の議題で挙げられることが、ほとんど確定している。
そこでうまく説得ができれば、今回の失態を取り戻せるだけでなく、森羅が言ったように、その時々の転生予定者に合わせたやり方で、異世界送りを実行できるようになる。
もっとも朝日としては、その交流会の場を切り抜けることに重きを置いているらしく、今回の件が事前に計画されたものではなく、単なる事故であったように装う顛末書を作るように命じてきた。
そちらも大枠では既にできあがったため、一度提出したのだが、そこでいくつか修正箇所を提示された。
その中で最も重要な部分がクリアできていないこともあり、声が上擦ってしまった。
そんな秤の態度を見抜いたのか、朝日は小さく息を落としたあと気を取り直す。
「話を戻すが、転生予定者の行動によって土砂災害が起こる場所が変わるのは確かだが、それでもある程度規則性があることが判明した。小子くん」
「……はい。今まで土砂災害が起こった場所は、全部龍脈の先端でした」
「リューミャク?」
なにそれ。と滴が首を傾ける。
「例の水神丘古墳をパワースポットの中心にして、そこから広がった神気の流れのことだ」
いつぞや秤が教えた言い方を引用して朝日は説明する。
この土地が上位存在の力が発揮しやすいパワースポットだからこそ、異世界送りが実行できるのだ。
考えてみれば、パワースポットとは言葉通りあくまで力が出てくる点、つまり源泉のようなもの。
源泉から出た水が流れて川になるように、上位存在の力の源でもある神気が流れていても不思議はない。
「その先端だから、さしずめ龍爪と言ったところかな。天災は全てそこを起点に始まっている。これは僕の推察だが、小子くんに下される神託の後、実際に天災が発生するまでタイムラグがあるのは、対象が龍爪近辺まで移動するのを持っているのではないかな」
朝日の説明で思い出されるのは、トラックで送り出した最初の異世界送り。
あのときも、実際に天災が発生したのは、対象が移動して土砂の流れる場所に近づいた後だった。
「あー、なるほど。じゃあ、あの時に最悪のタイミングで天災が起こったのは、上位存在の怒りを買ったからじゃ無かったんですね」
あのときは三つの想定外が最悪の形で重なった。
その理由を、上位存在にも人間のような感情があり、仕事を邪魔した秤たちに嫌がらせをしてきたのではないか。と推察したことがあった。
「そうだったのなら、この間君がやったことに対しても、何らかの報復があってしかるべきだからね。やはり上位存在に感情はないか、あったとしても、僕らのような下々の者は眼中にないんだろう」
話が再び前回の異世界送りに戻ってしまった。
やぶへびだったか。と無言で肩を竦ませると朝日は一つ鼻を鳴らしてから話を戻す。
「だからこそ、今度はその龍爪を中心に新しいハザードマップを作成していく。上手く使えば今後異世界送りを実行する際、対象を誘導してそこに近づけないようにすれば、天災を起こさせることなく、対処が可能になるだろう?」
「それは良いですね! アレを出し抜ける」
森羅の弾んだ声を聞きながら、秤はおそるおそる小子を窺った。
彼女は元神職ということもあって、この中で唯一上位存在を神として崇めているからだ。
無表情ゆえに態度には出ないが、こうして上位存在を貶めるような発言を繰り返すと、内心では怒りを覚えるのではないかと、心配になったのだ。
「……なに?」
案の定というべきか、小子はあっさりこちらの視線に気づく。
「いや、別に」
適当に言葉を濁す。
声は普段通りで、不満を抱いているかは分からない。
後で滴に聞いてみよう。
なぜそこまで彼女の機嫌が気になるのかといえば、先ほど朝日に言った交流会で話す顛末書。
そのクリアしなくてはならない課題に、小子の承認が必要だからに他ならない。
どう切り出すべきかと考えていたところで、今度は真横から冷たい視線が突き刺さる。
「なぁーに? はー君今度は、小子ちゃんに粉かけるの? 私には一向に手を出してくれないくせにぃ」
冗談めかした口調ではあるが、底冷えするような冷たさが込められた言葉に、ひきつった笑みを浮かべて、全力で首を横に振る。
「……話を戻して良いかな?」
「もちろんです!」
呆れた朝日の声に、秤は全力で頷いた。




