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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第二部 第五章
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第83話 八月九日

 週明けの月曜日、業務開始ギリギリで応援室に入った秤と滴は、すぐ朝日に呼び出された。

 室内には小子はいたが、森羅の姿はなかった。


「……ふぅーん。つまり、結局は秤くんじゃなく、滴くんが異世界送りを実行したと?」


 用意しておいた報告書を斜め読みしながら、朝日は片目を持ち上げる。

 その瞳には疑惑の色がありありと浮かんでいた。


「そういうこと! ほら、シツチョーも見てよ、アタシの導具」


 自分の導具であるシュシュをグローブのように填めたまま、拳を前に突き出して見せるが、朝日は反応を示さない。

 異世界送り直後に連絡を取った際、森羅は巧くごまかせたと言っていたが、明らかに疑っている。

 いや、この様子ではもう気づいている可能性の方が高い。

 本当のことを言うべきか。

 あの作戦の肝は、対象者のみを狙って天災を起こす上位存在がいる別の地域に転生予定者を運ぶことで、直接手を下す必要がなくなり、周囲に被害も及ばずに異世界転生を行える点にある。


 当然、よその異世界係が管理している場所に勝手に入り込むのだから、相手からすれば縄張りを荒らされたも同然。

 同じ市役所内ですら、それぞれの仕事場に別部署の者たちが入り込むことを嫌っているほどだ。

 それが別の役場相手ならばなおのこと。


 当然その責任は上司である朝日が負うものとなるが、それを一切知らず、部下が暴走した場合はどうか。

 完全とはいえずとも朝日の責は軽くなるはず。

 そうした思惑もあって朝日にはなにも伝えず、森羅に足止めをお願いしたのだが、どうやら失敗に終わったらしい。ならば仕方ない。


「今滴が言ったのは嘘です。すみません。よその上位存在の雷を使って送りました」


 軽口を続けようとする滴を手で制して、秤は深く頭を下げつつ、正直に告げる。


「……潔いのは良いが、それなら初めから」


「やるな、ですか?」


「いや。初めから相談しろ、だ。まあ、今回は僕も少々裏から手を回していたから、信用できなかったというのも分かるけれどね」


 朝日の視線がチラリと滴に向けられる。


「そーそー。シツチョーってば、アタシに全部任せてさ。ほら、例のセンドウが死んでショック受けてるだろうからって」


「あー、なるほど。それでか」


 ここ最近、基本的に唯我独尊を地で行く滴が妙に優しいと思っていたが、ようやく腑に落ちた。


「一緒にされては困るな。僕がやっていたのは職員のメンタル管理。対して君は僕や課長を騙して、公用車の無断使用を初めとして勝手に、市外に出向いて問題を起こした。たまたま上手く行ったから良いが、場合によってはこちらとあちらの上位存在間で諍いが発生したかも知れない。神が如き力を持った者たちが争えばどうなるか、予想できなかった訳じゃないだろう?」


 淡々と重ねられる言葉は正しく正論だ。


「本当にすみま──」


「はー君が頭を下げる必要はないよ」


 再度下げようとした頭が、無理矢理持ち上げられた先には転移で現れた森羅の姿があった。


「シンラ。お前、今までどこに行ってたんだよ」


 滴の声に不満が混ざっているのは、作戦内容が朝日に気づかれてしまったことに対してだろう。

 森羅も少し罰悪そうにしているが、彼女が口を開く前に朝日が言う。


「やっぱり、天地さん怒ってた?」


「んー。どうですかね。あの人、朝日さんとは別の意味で感情が読みづらいので」


 アマチという名には聞き覚えがあった。

 その名前の主を思いだした瞬間、背筋にぞわりと鳥肌が立つ。


「アマチって、あそこの異世界係の課長だっけ? おいおいシンラ。なんでそっちにもバラすんだよ」


 秤と同時に思い出したらしい滴が食ってかかるが、森羅は困ったように眉を持ち上げた。


「私が知らせた訳じゃないよ──」


 言葉を濁した森羅の視線は秤に移る。


「俺?」


「というより、君が送ったカガヤ少年だね。天地さんから自分たちが担当していない異世界転生者から、無事転生できたとメールが届いたって連絡があったから森羅くんに確認しに行ってもらったんだよ。僕もそこで初めて君たちのやっていたことを知らされたんだ」


 横から朝日が口を挟む。


「え。なんで?」


 やはり秤がいいわけを始めた時点で既に見抜かれていたようだが、驚いたのはその理由の方だ。


 カガヤが持っていけなかったのは手に持っていたナイフだけで、スマホは一緒に持ち込むことができたはずだが、異世界からこちらの世界にメールを送るには、異世界と繋がっている特別なパソコンが必須となる。

 そのパソコンのアドレスを知らないカガヤがメールを送れるはずがない。


 驚く秤に朝日は怪訝に眉を寄せた。


「荷物の中にアドレスが書いた紙が入っていたと聞いているが?」


「いえ、俺はそんなこと──」


 した覚えはない。と言い掛けたところで二人は同時に気がつき、犯人に顔を向けた。


「……いや。ほら、高速走ってるとき小子に頼んで式神でちょちょいとね。あっちのパソコンには、たくさんメール来てるらしいし、気づかないかなぁって。ちゃんとアドレスいじって森羅が担当してる奴のアドレスと一文字違いにするように言っておいたし、バレないと思ったんだけど」


「……似せるって。アドレス登録してるんだから意味ないだろ」


 怒りを押さえ込みながら告げると、滴は首を傾げた。


「? だから似せたんだろ? 最後の方一文字変えただけだからじっくり見ないと気づかないと思ったんだけど。あっちの異世界係の奴はホント真面目だな」


 話がかみ合わない。

 滴が何を言っているのか分からず首を傾げていると、唐突に朝日が手を叩いた。

 

「……ああ。そういう」

「え?」


「滴くん。君、メールとか電話するとき、アドレス帳から呼び出さずに、いちいち打ち込んでるだろ?」


 怒りの代わりに呆れを多分に含んだ息を吐いた朝日の言葉で、秤もようやく理解できた。

 メールアドレスや電話番号と共に、名前を登録するのが当たり前となった現在ではほぼ起こらないが、昔は電話番号などは手書きのアドレス帳に記入し、毎回それを見ながら電話するため間違え電話が多発したと聞いている。


 スマホやパソコンに慣れていない滴はメールでもその感覚を引きずっているということだ。


 だから、アドレスを似せればあちらの異世界係も気づかず、森羅が担当している転生者だと勘違いして一緒にメールを送ってくると考えたのだ。

 そして、そんなことになっているとは知らないカガヤはこれからもメールで異世界サポートが受けられると思ってメールをしてきた。というのがことの真相のようだ。


 滴のやったことには怒りを覚えるが、同時に安堵する。

 カガヤが無事に転生できたことが確定したためだ。


 それもあって彼女を責める気にはならなかったが、それはあくまで秤だけ。

 朝日はもちろん、濡れ衣を着せられそうになった滴もまた冷たい視線を滴に向ける。


「ちょっ。アタシはよかれと思って、おい! 秤。シンラを止めろ。こいつ目がマジだ!」


 滴の悲鳴にも似た情けない声を聞いて、すぐに助けに入るべきか、それとも反省してもらうため、少し時間を置いてから助けるべきか。

 口元に浮かぶ笑みを手で隠しながら、秤は思考を巡らせた。

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