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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第二部 第五章
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第82話 死と再生の舞踏

 異世界送りが終わっても、雨は止まなかった。

 トラックの荷台に上がる用のステップに腰を降ろして、ぼうっと誰もいないデッキチェアを眺める。


 世界改変も終了し、カガヤの遺体は消えた。

 同時に背負っていたリュックサックも消えていることに気づき、秤は口元を綻ばせる。

 どうやらリュックなどに入れた上で身につけていれば荷物ごと持ち込めるようだ。


「これは役に立つな」


 今後、異世界転移ではなく転生の際には同じやり方を採ることもあるだろう。

 もちろん、今回のような無断で転生させるやり方を何度もするわけにはいかない。

 そのときはきちんとこちらの異世界係に話を持っていった上で許可を取る形にしなくてはならないが、その時のセールスポイントとして転生でもある程度ならば持ち物を持っていけると分かったのは幸いだった。


「ん?」


 ふと煙が消えたデッキチェアの上に、焦げ痕とは違う細長いものが落ちてることに気づいた。


「なんだよ。一番大事なもの、持っていけなかったのか」


 近づいてみて、落ちてる物が何か分かった。

 折り畳み式のサバイバルナイフだ。

 カガヤが父親から買って貰ったと自慢していたものであり、これだけは持ち込みたかったらしく、リュックに入れるのではなく直接手に握りしめていたというのに。


 逆に握っていたからこそ持ち込めなかったのか、それとも雷に撃たれた際に体が勝手に反応し、手から離れてしまったのか。

 もしくは──


「……はぁ」


 ため息をついてステップを降りてデッキチェアに近づく。

 雷に撃たれて帯電していないか確認するように指先でつついた後、ナイフを拾い上げた。

 帯電はしていなかったが、雷の影響なのか、それともカガヤが握りしめていたためか、雨に打たれてもなおそのナイフは熱を帯びていた。

 念のため鞘を抜いて刀身を覗き見る。

 プラスチックとゴムでできた外側より、金属製の刀身部分が雷の影響を受ける気がしたのだ。

 しかし、予想に反しナイフの刀身には傷一つなく、むしろカガヤが言っていたように、しっかりと手入れがされ、鏡のように磨かれていた。


 そこには、一人の男が写っている。


 黒髪と目尻が下がった瞳と併せて、どこか気が抜けたように見える顔立ち。

 そんな中、唯一目を引くのは、異世界とは関係なく記憶にも残っていないほど小さい頃に負った傷跡だ。

 普段は前髪で隠している右眉の上に水平に走った傷は、抉れているのではなくむしろ薄く盛り上がっていた。

 その部分は毛細血管が他より多く張り巡っているのか、興奮すると赤みを帯びる。

 平静でいられたつもりだが、彼を見送ったことで興奮していたのだろう。今もうっすらと赤らんでいた。


 それを除けばどこにでもいる平凡な顔だちの青年、釣合秤がそこにいた。


「酷い顔だ」


 毎日家の鏡で見ているというのに、なんだか久しぶりに見たような気がする。

 傷跡以外はむしろ血の気が引いていて顔色が悪く、別人のように見えているのかもしれない。


「忘れ物か?」


 後ろから滴にのぞき込まれ、慌ててナイフを鞘にしまい込む。


「そうらしい……って、お前な」


 振り返った先にいたのは既に見慣れてしまった変身を解いた、いや彼女本来の姿である人魚形態だ。

 見慣れた光景ではあるが、室内ならともかくこんな見通しの良い場所で、あっさり魔法を使うことを注意しようとして気がつく。

 自分たちの周囲にドーム状の薄い水色の膜が張っていることに。


 おそらくは認識阻害系の魔法だ。

 外からは普通の姿に見えるか、滴の姿が見えなくなっているのだろう。


 滴はこちらが何かを言う前にその場で宙返りを始めた。

 海中ほどとは言えずとも、大降りの雨の中は人魚である滴にとっては、快適な状態なのだ。


 魔法を使用しているとはいえ、拓けた場所であり、先ほどの落雷を心配して人が来る可能性はあるため、やはりうかつな行動には違いない。


 まだ森羅や小子に無事終わったことを報告していないことも含めて、さっさと止めてトラックに連れ戻そうと声をかけようとしたところで、その動きに規則性があることに気づいた。

 ただ泳いでいるのではなく、身振り手振りに意図が感じられる。


「ダンス?」


 そう。これは舞踏(ダンス)だ。

 水神丘古墳の登頂部に初めて出向いた夜、神降しの儀を行っていた小子の、邪魔することすら烏滸がましく感じてしまう神聖さすら感じる舞とは違う、もっと荒々しく動的なもの。

 力強くもしなやかで、重力の楔から解き離れた彼女だからこそ出来る三次元的な動きは、見る者の視線を離さない。


 どんな意味がある踊りなのかは分からないが、その眩しさすら覚える生命の輝きを内包した踊りは、異世界に旅立ったカガヤに向けられているような気がした。


「……はっ」


 思わず笑いが漏れた秤は呼び止めるのを止め、スーツのまま寝転がった。

 デッキチェアではなくその横の芝生の上に。

 何となく、今はイスやハンモックなどの人工物ではなく、自然を全力で感じたかった。

 芝生に吸われた雨水がスーツを透過して背中を濡らす。

 しかし、そんなことは気にならない。


 立っているときとはまるで違う視点から見た滴の踊りは、秤の意識を海に連れていった。

 もう水中なのだから、全身が塗れているのもまた当然のことだ。


 そんな風に自分を納得させて、彼女を見ていると滴も小さく笑い、そのまま踊る場所を変えて秤の真上に移動した。

 特等席で眺める彼女の踊りを堪能していると、同時に小さな鼻歌が聞こえてくる。


「死と再生の舞踏だよ」


 そう前置きをしてから前奏が終わり歌に入る。聞いたことのない曲調の歌は異世界の物かもしれないが、不思議なことに歌詞は日本語だった。


 そう言えば、いつだったか滴が雑談の中で言っていた。

 彼女が言っていた異世界で使われていた言語は、不思議なことに最初の転生者である滴の母が現れるよりずっと以前から日本語が使われていたのだと。

 ただし名前だけは日本式でなく、発音も全く異なる文化様式のものであるため、今でも人の名前を呼ぶときだけは発音がおかしくなるそうだ。


 それはもしかしたら、彼女の母よりずっと以前に異世界へ転生した者がいた証なのかもしれない。


 そうした永い時を経て最終的に異世界を救って戻ってきた滴が、死にゆく定めを変え、新たな生を獲得できる世界に旅立ったカガヤに対する餞として歌と踊りを送っている。


 やがて、歌が終わりに近づいていく。

 それに合わせるかのごとく雨は上がり、雲の切れ間から太陽が照らす。

 雨に濡れた鱗に七色の光が反射して、これまで以上に輝いて見える滴を眺めながら、今頃は上位存在と会っているだろう、カガヤに思いを馳せる。


 ふと、手にしたままのナイフを持ち上げた。

 何故このナイフがこの世界に残っていたのか、確かめるすべはもうない。

 だからこそ、勝手に理由を決めることにした。

 これは、秤とカガヤカオルがもう一度会うための約束手形だ。


「早く取りに来いよ。それまでは俺が預かっておいてやるから」


 手にしたナイフにそう告げて、スーツの内側に仕舞い込み、そのまま目を伏せた。

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