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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第二部 第五章
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第81話 最後の異世界サポート

 最後の復習は秤の方から質問をして、カガヤがそれに答えるという、いつもとは逆の形になった。


「……じゃあ、異世界でも代わりになる材料があって、簡単に作れて喜ばれる調味料の代表とその作り方は?」


「マヨネーズと醤油? でも醤油は発酵とかに時間がかかるから、簡単って意味ならマヨネーズですかね。卵と油と酢を混ぜるだけでできるけど、卵を生食できるかは分からないから、注意が必要。ですよね?」


 いつか森羅と一緒に調べたことだ。

 あれも後に現地の異世界人に大層喜ばれたと聞いている。


「その通り。けど注意事項は俺に言わせてくれよ」


「はは。すみません」


「じゃあ次は──」


 軽口交じりの会話を重ねつつ、脳内では別のことを考え続けていた。

 異世界で生きていく上で、必要となる知識や心構えを伝える異世界サポート。

 その最後の一つにして、おそらくは最も重要となるものを、彼にどう伝えればいいのか。


 実のところ、ずっと考えていた。

 今回の作戦を思いついた後からではない。

 センドウが死んだと知り、その理由が分かってからずっとだ。


 これは料理のレシピや交渉術と違って、正解が存在しない。

 必要となるのは、経験値。

 異世界帰還者全員が持っているものであり、秤自身が未だに持つことのできないもの。

 すなわち、他人を殺す覚悟だ。


 センドウが死んだのは、それを持てなかったからではないかと未だに思うことがある。

 彼はとにかく自分が死なないことに主眼を置いていた。

 手にした能力が防御系チートだったこともそれを示している。


 さらにそうしたチート能力に頼り切るのではなく、死なないための努力も惜しまなかった。

 だから大丈夫だと楽観していたが、今になって思えば、そうした努力と同じほど他人に害を与えることも避けている様子が見受けられた。


 モンスターを倒すことはできていたが、人を殺すことは選べず、回避するためにありとあらゆる方法を模索する。その意味ではセンドウは今の秤と似ている。

 違ったのは単に秤が基本的に安全で平和な現代日本で生活していることに対し、彼が転生した異世界は生優しい世界ではなかったというだけだ。

 自分が死なないために、人を殺す。

 そんな選択もできず、結果あっさりと死んでしまった。


 カガヤにはそうなってほしくはない。

 だから最後の異世界サポートとして、人を殺す覚悟を決めるように伝えなくてはならない。

 しかし、それを伝えるべき秤自身は未だに、人を殺す覚悟ができていない。そのせいで、今回のような面倒で非効率な方法を選ぶことになってしまった。

 だからといって、そのことを後悔しているわけではない。後悔しては協力してくれている滴たちに失礼だ。


 実際に体験していなくても、想像することはできるはずなのだから。

 想像力を働かせてさらに思考を回そうとした瞬間、突如として雷の音が響いた。

 雨は降っておらず、未だ雨雲もないというのに聞こえる遠雷の音。

 この時期ではさして珍しくもないが、今回は話が別だ。


「やっぱり雷か」


 思った通り、この地域で使われる天災は雷だったようだ。

 狙い通りで安堵するが、まだ早い。

 考えはまとまっていなかったが、時間がないためほとんど出たとこ勝負で口を開く。


「……最後に、一つ。必要な心構えについて話しておくよ」


「なんです?」


 雷に意識を取られていたカガヤが、不思議そうにこちらを窺う。

 秤は緊張を隠すように、こっそりと息を吐いた。


「異世界がとんな世界なのか、それは分からない。これまで話した知識や考えたチート能力も貰えるかも不明だ」


 この話も以前にしているが、改めて告げる。

 異世界は多種多様。

 最近はチートが貰える異世界が多いそうだが、すべての異世界に適応されるとは限らない。

 それは知識も同様だ。

 秤が教え込んだ知識はあくまでこの現実世界に即したものであり、滴が行っていた異世界のように、星の全てが海が没した世界では役立たない知識の方が多い。

 もっと言えば、物理法則そのものがこの世界とは違う可能性もあるのだ。

 その場合、すべての知識が意味をなさなくなる。


「でも、そうやって蓄えた知識や思考のやり方は役に立つ。ですよね?」


「ああ。だけど、一つだけこちらの世界では学ぶ術がなく、あちらの世界では必須となるものがある」


 こちらの言いたいことを先取りされても、なにも言わず話を進める秤に、茶化すことのできない内容だと察したらしく、カガヤは聞く姿勢をとった。


「人を殺す覚悟だ」


 殺す。

 その響きに、カガヤは喉を鳴らして息を呑んだ。


「異世界送りの目的は異世界の不調原因を討伐することなんだから、戦いは必須だと思っておいた方が良い」


「……それができないと」


「どんなチート能力や知識があっても意味がない」


「ッ!」


 言葉を失うカガヤに、秤はさらに続ける。


「その覚悟って奴を俺も以前は持っていたはずだけど、こっちに戻って来るときに忘れちまった。そもそも仮にあったとしても、それは誰かに教わったからって覚悟できるものじゃない」


「だったら。僕はどうすれば」


 迷子の子供のような顔は、かつて両親を失った後、施設に置き去りにされた自分の顔と重なった。

 あのときの自分がどうやって立ち直ったのか。

 それを思い出した瞬間、最後のピースがはまった。

 秤の口からはほとんど何も考えず、言葉が出ていた。


「約束を、しよう」


「約束?」


「ああ。君が異世界に行った途端、この世界は改変されて君の家族すら、君のことを忘れてしまう」


「……」


「だけど、俺は忘れないと約束する。お互いのことを忘れずに生きて、いつか。必ずもう一度会おう。だから君はそのために必ず生き延びると、生きるためにどんなことでもすると約束してくれ」


 異世界帰還者だけは、誰かが異世界に送られたことに気づくことができる。

 異世界送り後に行われる世界改変の余波を関知することができるためだが、その場所までは正確にはわからない。

 だからこそ、秤たちさえ黙っていれば、この地域の異世界係でもカガヤが、ここから異世界に行ってしまったことは知ることはできないため、センドウのようにパソコンを使ったサポートはできない。


 その代わりにはならないかもしれないが、少なくとも自分を知っている者がいて、叶えるべき目標があれば、人は頑張れる。

 それを秤は誰よりよく知っていた。


「──いいですね。それ」


 約束。約束。と何度か口の中で言葉を転がした後、カガヤは微笑を浮かべる。

 本心から納得したのか、それとも中学生にしては聡明で大人びたカガヤがこちらに気を使ったのかは分からない。

 だが、秤は前者であると信じている。


(ああ、そうか。異世界サポートで本当に必要なのは、これだったんだな)


 唐突に理解する。

 担当者と友達になる必要も、仲間になる必要もない。

 ただ互いに信頼関係を構築する。

 それは異世界とは関係なく仕事をする上で、当然の心構えなのだと、今更気づかされた。


「それじゃ」


「ああ」


 言葉少なに差し出された手を握る。

 枯れ木のように細く冷たい手は、しかしとても力強い意志が込められていた。

 

 ポツリ。

 

 手の甲に水滴が落ちてきた。

 空を見上げると、いつの間にか真っ黒で分厚い雲が頭上を覆っていた。

 直後、大粒の雨がスコールのように一気に降り始め、キャンプ場のあちこちから悲鳴が聞こえてくる。

 そんな中、二人は互いにもう一度頷きあってから手を離した。

 そうしてからカガヤは、事前に用意しておいたサバイバルセットが入ったバックを肩から掛けた。

 もしかしたら服などと一緒に手荷物も持ち込める可能性があるからだ。


 ただ一つだけ。

 ここに来る前にカガヤの家に寄り、こっそりと持ってきた父親に買って貰ったというサバイバルナイフだけはバックではなく、手に握りしめる。

 その様子を確認後、秤はその場を離れた。


「必ず、また」


 トラックの傍までたどり着いたあたりで、そんな声が聞こえた。

 土砂降りの雨音の中でも、はっきりと聞こえた声に、秤は笑って返答する。


「ああ、約束だ」


 声に被さるように、稲光と共に落雷の音が響き渡った。

 目が眩むような輝きが消えると、そこには地面に転がり落ちた少年の姿があった。

 自然と唾を飲み、喉が鳴る。

 一番最初、市役所に初めて訪れた際に見た異世界送りの時と同じだ。

 異世界転移とは異なり、魂だけが移動するため、即座に消えるのではない。

 死亡後、僅かなタイムラグがあり、直後。


「っ!」


 稲光とは異なる緑色の光が放出された。

 この光こそが異世界送りそのものであり、同時に世界改変が行われた証でもある。

 光は直ぐに収まり、眩んでいた瞳が正常に戻った時には、そこには誰もいなかった。

 残っていたのは直前まで彼が座っていたデッキチェアに残った落雷による焦げ痕と、僅かな煙だけ。

 その煙も雨に濡れて直ぐに消えていく。


「……上位存在に、よろしくな」


 もうこの世界にはいない少年に送った言葉に答えるように再び稲光が(いなな)き、ここではない、どこか遠い場所に落ちていった。 

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