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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第二部 第五章
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第79話 高速道路での会話

 どこまでも真っ直ぐに続く高速道路を一台のトラックが走る。

 先ほどようやく目的の地名が刻まれた看板が見えたが、まだ距離はあった。


「うまくいってるかなー」


 代わり映えのない景色を眺めることに飽きたのか、助手席に乗った滴が唐突に言う。


「……どっちが?」


「シツチョーだよ。シンラの奴はお前のためってことで全力で嘘つくだろうけど。相手がシツチョーだからなぁ。もしかしたらサラッとお前の考えを読んでくるかもな」


「その場合、朝日さんはどうすると思う?」


「そりゃー止めるだろう。全部上手く行ったとしても、部下が勝手なことすれば、シツチョーの責任にもなるんだし」


「だよなぁ」


 思わずため息が出る。


「なんだよ。今更後悔してんのか?」


 こちらを試すような物言いに、鼻を鳴らして首を横に振る。


「まさか。それは無い」


 むしろ今回の作戦が成功すれば、日本中に六つあるという異世界係全体にとっても良いテストケースとなりうる。

 ただ、問題なのはそれを余所の異世界係はおろか上司にすら報告せず、無断でやろうとしていることだ。

 これまで幾度もホウレンソウの徹底を提言してきた身としては気まずさを覚える。


『……ん、聞こえ……る?』


 ダッシュボードに通話中のまま置かれたスマホから、自信のなさそうな声が聞こえてきて、二人は会話を打ち切った。

 工事中の札を掲げ、立ち入り禁止にした水神丘古墳の登頂部で待機している小子の声だ。

 彼女はスマホどころか、電話も使うことができないため、出てくる前に秤が自分のスマホに電話を掛けさせて通話状態のままにして置いた。それに話しかけているのだ。


「おー、どうした? 神託が聞こえたか?」


 スピーカーモードならば、その場で話しても問題ないが、滴は前に出て声をかける。


『──まだ、何も。たださっき式神で見たら、朝日さんが来てた』


 車内に緊張感が走る。


「それで、朝日さんは気付いてたか?」


『……森羅さんが足止めしてたから、多分大丈夫』


「そうか。信託だけじゃなくて、そっちにもなにか異変が起こったら報告頼む」


『ん』


 小さな呟きは了承を意味しているのだろうが、無口な小子が相手では判断が付きづらい。

 再度聞き返す前にスマホからは小子が立ち上がり、移動していく音が聞こえてきた。


「今更だけど、音声電話じゃなくてビデオ電話にしておけば良かったな。今から通話切って改めてビデオ通話にするのは──」


「通話ボタン押すだけでも無理、あいつスマホなんて絶対触ろうとしないから」


 小子はとにかく電化製品を信用していない。

 ただし、本人なりに線引きがあり、ある程度乱暴に扱っても問題ない物であれば、使い方を説明して恐る恐る使いこなせるようになったが、スマホやパソコンなどの精密機器に関しては壊してしまうのではないか。と思っているのか、そもそも触ろうとしない。

 今スマホを持たずに離れたのも、スピーカーモードにしているからというだけでなく、スマホに触ることを嫌がったためだろう。


「確かに」


 そのことを認め、共に笑い合う。

 しかし、その笑いもすぐに収まり、場に沈黙が流れた。

 運転をしながら、どちらかが話題を思いつき、それについて一言二言短い会話をして、また沈黙が流れる。

 先ほどからずっとこの繰り返しだ。

 互いに本題を先延ばしているのだとわかってはいたが、目的地に近づき小子からも連絡が入ったことで、もはや限界だと秤はこっそりと息を吐いた。


「……上手く行くと思うか?」


「さぁーな。正直わからん」


 こちらが覚悟を決めたことを理解したのか、滴の口調は軽いままだが、本気の意志が込められていた。

 一度言葉を切ったのち、ただ、と前置きをして続けた。


「今までの話を総合すると成功率は高いはずだ。シンラもそう言ってたしな」


 自分と異なり、異世界の記憶や法則を理解している滴と森羅から言われると安心できるが、同時にそうでなかった時のことも考えておかなくてはならない。


「そうか……でも、もし。失敗したときは──」

「アタシがやるよ。そのために昨日こいつを作ったんだからな」


 秤の言葉を遮って、滴は髪を纏めていたシュシュを外した。

 同時に彼女のトレードマークでもある通常よりも高い位置で纏められたポニーテイルが解け、深海を思わせる青みかがった濡羽色の髪が広がる。

 そのまま彼女は外したシュシュを腕に填めた。

 一見、なんの変哲も無い市販のシュシュにしか見えないが、腕に填めた途端見慣れた緑色の光が発生した。


「それで、どうやってやるんだ?」


「そりゃもちろん拳に纏って。こう!」


 こう。と言いながら拳を前に突き出した。と思われる。

 断定できないのは、腕が動いている瞬間が見えなかったためだ。

 瞬きをしていたわけではない。

 単純に滴の動きが早すぎて目で捉えることができなかったのだ。

 マンガでありがちな空気を裂いた際の轟音すら聞こえない神速の拳は、人に当たった場合どうなるか容易に想像させる。 


 彼女たちは異世界で強くなり世界を救って帰ってきた異世界帰還者だ。魔法を使わない身体能力だけでも人を遙かに凌駕している。

 そんな彼女が本気で殴りつければ、人間の体などひとたまりもないということだ。


「それにしてもお前、殴るって」


 続く言葉が思いつかない。

 朝日のように一閃で首を落とすのもどうかと思うが、素手で直接手を下すのは、見ている側もそうだが、本人も辛そうだ。


「しょうがねーだろ。このデカブツは例外だろうけど、導具は基本いつも身につけていても問題ない物に限るってシツチョーが決めたんだから。アタシがいつも持ってるのなんてこれぐらいだよ」


 そう言われてみると確かにそうだ。

 朝日のように名刺も持っていない滴があの場で用意できた物は、これだけだったのかもしれない。

 このシュシュは昨夜、水神丘古墳で神降しの儀によって新たに作られた導具だ。

 これは本来予定にはなかった。


 計画が失敗した際、異世界転生の実行役は秤自らが引き受けるつもりだったのだが、彼女がそれを止め、自分がやると言って無理矢理導具を作り出したのだ。

 小子もすんなり儀式を始めた辺り、二人の間ではすでに話が済んでいたのかもしれない。

 そしてその理由も、流石にもう気づいている。

 だがそれは秤も同じだ。彼女の過去を聞いた後では滴にも手を汚して欲しくない。

 だからこそ。


「いや。もしもの時は俺がこいつで送る」


「……今回は速度を出せる場所を探す余裕なんてないぞ?」


 異世界送りに必要なエネルギーを生成できる速度が出なければ、トラックで轢いても体ごと異世界に送ることができず、朝日がやったような魂だけを送り出す異世界転生にシフトしてしまう。


 以前滴が遠視で調べあげた交通量が少なく、スピードを出しやすい直線道路は近くにはない。

 正確にはあるかどうかも分からない。

 なぜなら今秤たちが走っているのは、カガヤが入院していた病院どころか、秤たちの暮らしている県すら跨いだ場所だ。

 当然、この辺りの地理にも詳しくなく、道路の交通状況などもってのほかだ。


「分かってる。というか、そんな道があっても今回は無意味だろ」


 今回の作戦は異世界で生まれ変わり、チート能力を貰えるようにするためのもの、つまり。

 カガヤカオルを生きたまま転移させるのではなく、死亡させて魂だけを送りだす異世界転生を行うのだから。


「ふぅん。お前が良いならいいけど、シンラがまた怒りそう」


 呆れたように言ったあと、滴は身を乗り出すと視線を上空に向けた。

 秤も見てみたかったが運転中のため、それはできない。


「天気は?」


「まだ晴れ」


「そうか」


 短く返事をして、息を呑む。

 やるべき準備はすべて終えているが、結局のところ今回の作戦が成功するかどうかは。


「まさしく、上位存在のみぞ知る、だな」


「……そのセリフだけでも怒りそうだな」


 彼女の呟きに確かに。と答える代わりに、秤はハンドルを握り直した。

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